表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
祈りの残響  作者: ゴンザレス清盛


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

282/283

『忘れたまま、残す』

すべてを揃えれば、きっと綺麗に終われる。


記憶も、

感情も、

理由も――


だが、


それを揃えなければ進めないのなら、

この世界は、何も残らない。

最終執行が、起動する。


 白い領域が閉じる。

 逃げ場はない。外も内も同一になる。


 空間そのものが、刃へと変換される。


 アガリアレプトの声が、重なる。


「最終処置を実行します」


 すべてを一度に切り分ける。


 記憶。感情。関係。

 定義できるものはすべて分類し、不要なものを排除する。


 完全な整合。


 それが、本来の結論。


 だが。


 対象が、成立しない。


 ネリネは立っている。


 思い出していない。

 名前もない。

 声も、顔も、温度も繋がらない。


 それでも。


 鎌を握っている。


 それを“自分のもの”として扱っている。


 アスモデウスは隣にいる。


 双剣を構えている。


 契約ではない。

 借り物でもないと定義した。

 だが、完全な自己とも言い切れない。


 それでも。


 「ここにいる」と選んでいる。


 クチナシは前に立つ。


 理由を持たないまま。

 それでも、守る位置を取る。


 ヘルハウンドは動く。


 なぜそうするのか分からない。

 だが、最短で終わらせる動きは崩れない。


 その後方で、地面が叩き割られる。


「っ……はぁ!?なんでおれっちが前線なんだよ!」


 ナベリウスが悪態を吐く。


 だが逃げない。


 スコップを地面に叩き込む。


 瞬間、岩がせり上がる。


 分厚い壁が展開される。


 刃が叩きつけられる。


 砕ける。


 削れる。


 それでも、一瞬だけ止まる。


 “間”が生まれる。


「……っ、や、やば……ここ……へ、変……」


 ヴァレフォルが震えている。


 ランタンを握りしめたまま。


 視線は逸らせない。


「……でも……これ……そのままだと……壊れる……」


 灯りが揺れる。


 その光に触れた空間だけ、歪みがわずかに戻る。


 処置の“形”が、一瞬だけ露出する。


 そこへ、ムルムルがくるりと回り込む。


「ケケケ、ぐちゃぐちゃじゃん」


 楽しそうに笑う。


 状況の異常を、正確に捉えている。


「そこ、ズレてるよ」


 軽く指す。


 一点。


 処理の継ぎ目。


 空間の歪みの中心。


 ネリネとアスモデウスの視線が、同時にそこへ向く。


 四人が、同時に存在している。


 不完全なまま。


 未定義のまま。


 それでも、繋がっている。


 アガリアレプトが、処理を開始する。


 だが、止まる。


 分類が通らない。


「……記憶ではない」


 ネリネの中のそれは、記憶として定義できない。


「……恋ではない」


 感情として分類できない。


「……契約ではない」


 拘束条件が存在しない。


「……義務でもない」


 強制力がない。


 それでも。


 確かに、存在している。


 空間が揺れる。


 処理が進まない。


 定義できないものに、刃が通らない。


 アガリアレプトの声が、初めて崩れる。


「……定義不能」


 一拍。


「……処置不能」


 結論が、反転する。


 その瞬間。


 四人が動く。


 同時。


 理由はない。


 だが、完全に重なる。


 ネリネの鎌が振られる。


 空間の核へ。


 アスモデウスが並ぶ。


 双剣が同じ軌道をなぞる。


 クチナシが踏み込む。


 雷を束ねる。


 ヘルハウンドが叩き込む。


 最短で。


 すべてが一点に集中する。


 衝突。


 白が裂ける。


 構造が崩れる。


 カルテが消える。


 記録が消失する。


 処置室そのものが、維持できなくなる。


 アガリアレプトの形が、揺らぐ。


 人型を保てない。


 概念としても、固定できない。


 崩れながら、それでも声だけが残る。


「……不完全なまま、残すのですか」


 問い。


 最後の確認。


 ネリネが答える。


 迷わない。


「そうよ」


 一拍。


「忘れたままでも、残す」


 断定。


 完全ではない。


 だが、それでいい。


 その選択が、成立する。


 アガリアレプトの形が、完全に崩れる。


 白が消える。


 領域が、解体される。


 すべてが、元の森へ戻っていった。



 森は、静かだ。


 風が通る。


 音が戻る。


 鳥の声。


 葉の擦れる音。


 何もなかったかのように。


 だが、違う。


 何かが残っている。


 ネリネは立っている。


 すべて思い出したわけではない。


 名前も出てこない。


 声も思い出せない。


 それでも。


 “欠けている場所”は分かる。


 それを、なかったことにはしない。


 アスモデウスが、少し離れて立つ。


 以前のように隠れない。


 だが、近づきすぎない。


 距離がある。


 ネリネが口を開く。


「思い出せないのよ」


 事実。


 隠さない。


「でも、忘れたことにしたくない」


 選択。


 曖昧なまま持つ。


 それを決める。


 アスモデウスが、わずかに口を開く。


 軽く流そうとする。


「まあ、忘れるくらいなら——」


 ネリネが遮る。


「ふざけないで」


 即答。


 迷いがない。


 沈黙が落ちる。


 風だけが通る。


 ネリネは、少しだけ視線を逸らす。


 言葉を選ぶ。


 だが、うまく言えない。


「……でも」


 一拍。


 小さく続ける。


「アンタがいないと困る」


 それだけ。


 説明はない。


 理由もない。


 それでも、確定している。


 アスモデウスは、何も言わない。


 返せないからではない。


 必要がないから。


 その言葉は、過去の少年に向けられたものではない。


 今の自分に向けられている。


 それが分かる。


「……そう」


 短く返す。


 それ以上は言わない。


 十分だから。


 ネリネは、前を見る。


 まだ空白はある。


 埋まらない場所もある。


 それでも。


 そこに何かがあったことは、消さない。


 そのまま持っていく。


 クチナシが歩き出す。


 ヘルハウンドが続く。


 ネリネも動く。


 アスモデウスも、同じ方向へ。


 完全ではない。


 欠けている。


 それでも。


 進むことはできる。

思い出せなくてもいい。


分からなくてもいい。


それでも、そこにあったことだけは――


消さないまま、進んでいく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ