表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
祈りの残響  作者: ゴンザレス清盛


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

278/283

『最終執行、未完』

それは、治すための場所だった。


切り分け、整え、戻すための構造。


だが。


不完全が残った瞬間、

それは排除のための装置に変わる。

 白が、歪む。


 整っていた診療所の構造が、機能を変える。

 治療のための配置が、執行のための配置へと再編される。


 壁に並んでいたカルテが浮く。

 名前のない記録が、無数に剥がれ上がる。


 それぞれが“判断結果”を持ったまま、空間に展開される。


 床が割れる。


 下にあったはずのない構造が露出する。

 処刑台に似た段差。拘束のための位置取り。


 診療所ではない。


 処理施設。


 アガリアレプトが中央に立つ。


 執行杖が、わずかに上がる。


「不安定な感情は、世界を損傷します」


 定義の再提示。


 揺らいだ分類を、強制的に上書きする。


「処置を完了します」


 命令が下る。


 カルテが動く。


 記録が刃に変わる。


 紙ではない。


 定義そのものが、切断機構として機能する。


 記憶の切片が鋭利になる。


 形を持たなかった断片が、刃として再構築される。


 ネリネへ向かう。

 アスモデウスへ向かう。


 “統合不能”と判断された要素を、直接削るために。


 同時に。


 空間そのものが圧を持つ。


 立っているだけで、内部が削られる。


 理由を保持できない。

 意思を維持できない。


 “残す”という選択そのものが、侵食される。


 少し後方。


 ヴァレフォルが肩を震わせる。


「……や、やば……き、きてる……」


 逃げたい。


 だが、離れない。


 ナベリウスがその横で一歩引く。


「いやいやいや無理だろこれ!おれっち前出る役じゃねぇって!」


 口では拒否する。


 だが、その場からは動かない。


 ムルムルは、さらに外側でふわりと浮く。


「ケケ……全部まとめて切る気だねぇ」


 軽い声。


 だが、見ている場所は正確。


 前線。


 クチナシが踏み込む。


 躊躇がない。


 刃の軌道に入る。


 避けるのではなく、受ける。


 当たる。


 だが、止まらない。


 切られたはずの“理由”が、完全には落ちない。


 動きだけが残る。


 前に出る。


 ヘルハウンドが並ぶ。


 同時に動く。


 最短。


 処置の中心へ。


 アガリアレプトへ。


 回避ではない。


 処理の“間”を叩く。


 完全な防御は存在しない。


 だが、完全な処置も成立していない。


 そのズレを突く。


 衝突が起きる。


 空間が揺れる。


 カルテの一部が裂ける。


 記録が破損する。


 処置の精度がさらに落ちる。


 ネリネは立っている。


 不完全なまま。


 だが、崩れていない。


 刃が近づく。


 記憶の切片が、彼女を削ろうとする。


 だが、完全に通らない。


 “分からないまま残す”という状態が、刃の定義に合致しない。


 削りきれない。


 中途で止まる。


 ネリネは、それを見る。


 怖さはない。


 完全に理解できないから。


 だが。


 “消される”という結果だけは、拒否する。


 足が動く。


 一歩。


 自分の意思で。


 前に出る。


 その動きが、空間に影響する。


 処置の対象が、静的ではなくなる。


 アガリアレプトの視線が揺れる。


「対象が安定しない」


「処置精度低下」


 再計算に入る。


 だが、その間に。


 アスモデウスが動く。


 ネリネの側へ。


 並ぶ。


 今度は、隠れない。


 位置を明確にする。


 対象としてではなく。


 “ここにいる存在”として。


 刃が来る。


 それを受ける。


 完全には防げない。


 だが、通しきらせない。


 内部の構造が変わっている。


 借り物ではない。


 選び続けた結果。


 それが、干渉する。


 ムルムルが、くすりと揺れる。


「ケケ……いいねぇ、それ」


 ヘルハウンドが踏み込む。


 距離がゼロになる。


 アガリアレプトの処理範囲の内側へ入る。


 そこで初めて、物理的な衝突が成立する。


 掴む。


 叩きつける。


 処理ではない。


 破壊。


 ナベリウスが叫ぶ。


「は!?そこ入るの!?おれっち絶対やらねぇからなそれ!!」


 だが、視線は逸らさない。


 戦況は見ている。


 それでも完全には崩れない。


 アガリアレプトは“概念”として残る。


 だからこそ。


 処置を完了させようとする。


 領域がさらに歪む。


 白が濁る。


 診療所と処刑場が、完全に重なる。


 逃げ場がなくなる。


 全域が執行対象になる。


 ヴァレフォルが小さく息を詰める。


「……む、無理……これ……」


 それでも離れない。


 クチナシが前に出る。


 ネリネの前に立つ。


 理由はない。


 説明もない。


 それでも、そこに立つ。


 行動だけが残る。


 ネリネは、その背を見る。


 分からない。


 でも。


 そこにあるものだけは、確かにある。


 アガリアレプトが最後の処置を宣言する。


「最終執行に移行」


 すべてを一度に切り分ける準備。


 空間全体が、刃になる。


 だが。


 完全ではない。


 崩れ始めている。


 定義が揺らいでいる。


 “残ってしまうもの”が、処理を拒んでいる。


 ムルムルが、ぽつりと落とす。


「ケケ……これ、終わらないやつだ」


 決戦の前提が、ここで揃う。


 完全な処置と、不完全な残存。


 その衝突が、次に繋がる。

完全に整えることができないなら、

世界はそれを切り捨てようとする。


それでも。


残るものは、消えない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ