表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
祈りの残響  作者: ゴンザレス清盛


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

215/283

『綺麗に壊れた、その外側』

すべてが残るわけではない。


選ばれたものだけが残り、

選ばれなかったものは零れ落ちる。


名前も。

形も。

記憶さえも。


だが。


消えたわけではない。


ただ、触れられない場所へ移っただけだ。


そこに立つ者がいる。


壊れる前と、壊れた後の――その“途中”に。

 誰もいない。


 そう見えているだけだ。


 そこに、いる。


 ずっと。


 最初から。


 終わるまで。


 その外側に。


 ナアマは、立っていた。


 風は、触れない。


 音も、届かない。


 血の匂いも、ここまでは来ない。


 戦場の“途中”だけを、切り取った場所。


 その縁。


 そこに、いる。


 黒い傘が、静かに開かれている。


 花びらのような影が、わずかに揺れる。


 濡れない雨みたいに。


 落ちずに、そこにある。


 ナアマは、見ていた。


 クチナシを。


 アンドロスを。


 そして。


 “落ちたもの”を。


「……そう」


 小さく、呟く。


 柔らかい声。


 けれど、温度はない。


「残したのね」


 誰に向けた言葉でもない。


 ただ、確認するように。


 視線が、戦場の奥をなぞる。


 もう、そこには何もない。


 少女も。


 花も。


 あの一瞬も。


 形としては、どこにも残っていない。


 けれど。


 確かに、“残っている”。


 ナアマは、それを知っている。


 見ていたから。


 壊れる前を。


 壊れた瞬間を。


 そして。


 壊れたまま、変わったものを。


「全部じゃなくていい、か」


 一拍。


 わずかに、首を傾げる。


「ずいぶん、都合のいい祈りだこと」


 否定でも、肯定でもない。


 ただ、そういうものとして置く声。


 黒い傘の内側で。


 小さな影が、もぞりと動く。


 ムルムルが、顔を出す。


 片目のボタンが、きらりと光る。


「……いたか?」


 小さく、囁く。


 さっきのネリネの言葉を、なぞるみたいに。


 ナアマは、微笑む。


 変わらない、柔らかい形で。


「ええ」


 一拍。


「いたわ」


 即答だった。


 迷いも、濁りもない。


「でも」


 少しだけ、目を細める。


「あなたたちは、もう思い出せない」


 それが、この世界の“継ぎ目”。


 残るものと。


 零れるもの。


 繋がるものと。


 消えるもの。


 その境界。


 ナアマは、ゆっくりと視線を上げる。


 クチナシの背中。


 遠ざかっていく。


 振り返らない。


 でも、確かに何かを抱えている背中。


「……いいのよ、それで」


 小さく言う。


 誰にも届かない声で。


「全部、持っていかれたら」


 一拍。


「壊れてしまうもの」


 傘が、わずかに揺れる。


 黒い花びらが、音もなくほどける。


 だが、落ちない。


 途中で止まる。


 ナアマは、そのまま視線を落とす。


 何もない地面。


 けれど、そこに。


 “あったはずのもの”を見るように。


「……ねえ」


 今度は、誰かに向けて。


 でも、やはり誰にも届かない。


「あなたは、どう思ったのかしら」


 一拍。


 返事はない。


 当然だ。


 ここには、もう何もいない。


 それでも。


 ナアマは、少しだけ笑った。


 いつもと同じ。


 柔らかくて、空っぽの笑み。


「――綺麗に壊れたわね」


 その言葉だけを残して。


 輪郭が、ほどける。


 黒い傘が、閉じる。


 花びらが、静かに消える。


 ナアマの姿は、どこにも残らない。


 最初から、いなかったみたいに。


 ただ。


 わずかな違和感だけが。


 そこに、残っていた。

それは、失われたのではない。


選ばれなかっただけだ。


思い出せないものは、消えたのと同じに見える。

だが、完全に消えることはない。


触れられないだけで、そこにある。


残ったものと、零れたもの。

その境界は、誰にも見えない。


けれど。


見ている者がいる。


壊れる前を。

壊れた瞬間を。

そして、壊れたまま変わったものを。


それを“綺麗”と呼ぶのは、きっと残酷だ。


それでも。


そう呼ぶしかない場所が、確かにある。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ