『終わらなかった戦場の理由』
終わりは、
自然に訪れるものではない。
流れるためには、
終わらせる者が必要だ。
壊す者でも、
守る者でもなく。
ただ、
終わりを選ぶ者。
それが欠けたとき。
世界は止まる。
崩れるのではなく、
終われなくなる。
これは、
終わらなかった場所の話だ。
空間を縛っていた圧が、ほどけていく。
戦場の音が、ゆっくり戻る。
剣の音。
叫び。
踏み荒らされた土。
だが。
さっきまでとは違う。
ほんの僅かに、軽い。
バルバドスは、その場で足を止めた。
消えかけていた気配が、わずかに戻る。
「……そういえば」
どうでもいいことのように言う。
視線は、クチナシへ。
「汝ら、知らないのか」
一拍。
「なぜ此方らが、ここに来たのか」
ネリネが眉を寄せる。
「……何の話よ」
バルバドスは答えない。
ただ、足元を見る。
血。
倒れた兵士。
繰り返される戦場。
「これは」
静かに。
「人間の戦ではない」
クチナシの呼吸が、わずかに揺れる。
「契約が増えすぎた」
「悪魔が入り込みすぎた」
一拍。
「流れが、歪んだ」
ナベリウスが低く呟く。
「……だから匂いが重なってたのか」
「ええ」
短く肯定する。
「このまま放置すれば」
「死も、契約も、送還も」
「巡らなくなる」
一拍。
「地獄側から見ても、“異常”だった」
ネリネが吐き捨てる。
「それで、あんたたちが来たってわけ?」
バルバドスは、わずかに肩をすくめる。
「ええ」
視線が、ヘルハウンドへ向く。
「終わらせる者」
次に、空間の奥へ。
「均衡を保つ者」
そして、自分へ。
「観測する者」
一拍。
「三体で、この戦場を調整するはずだった」
わずかな間。
言葉が切れる。
クチナシの中で、何かが引っかかる。
「……はず、だった」
バルバドスの目が、ほんの少し細くなる。
「ええ」
一拍。
「一体、壊れた」
誰とは言わない。
だが。
全員が理解する。
沈黙が落ちる。
ヘルハウンドは動かない。
ナベリウスも、アスモデウスも、何も言わない。
ネリネだけが、低く言う。
「……誰がよ」
バルバドスは答えない。
ただ、奥を見る。
「本来なら」
「戦場は、終わっていた」
一拍。
「終わらせる者が、いたから」
視線が、さらに奥へ向く。
声が、わずかに落ちる。
「だが」
「“あれ”は、選ばなかった」
その瞬間。
クチナシの視界が揺れる。
焼けた匂い。
崩れた大地。
折れた武器。
景色が流れ込む。
記憶ではない。
だが、残っている。
倒れた兵士。
積み重なる死。
その中で。
ひとつの影が立っている。
動かない。
終わらせない。
守らない。
ただ、そこにいる。
時間だけが歪む。
死が重なる。
終わらない。
終われない。
その中心に――
「……壊れた」
バルバドスの声が重なる。
景色が戻る。
クチナシは息を呑む。
「……だから、この戦場は」
言葉が、自然に出る。
「終われなかった」
バルバドスが頷く。
「ええ」
一拍。
「誰も、終わらせなかったから」
ネリネが吐き捨てる。
「……最悪ね」
ナベリウスが低く言う。
「終わらせるやつが、止まったか」
アスモデウスが、ぽつりと落とす。
「“選ばなかった結果”だね」
クチナシは、何も言わない。
ただ、奥を見る。
まだ見えない。
だが、確実にいる。
バルバドスが言う。
「進め」
一拍。
「壊した者が、いる」
ヘルハウンドを見る。
「汝が、今度はどう選ぶのか」
静かに。
「此方は、見ている」
その輪郭が、揺らぐ。
鎖が、完全にほどける。
バルバドスは、消えた。
※
静寂が戻る。
だが、もう同じではない。
クチナシは、奥を見ていた。
焼けた匂いが、まだ残っている。
遠い。
だが、そこにある。
終わらない場所。
選ばなかった場所。
足が、わずかに止まる。
行けば分かる。
知れば、戻れない。
神父のところへ。
あの夜へ。
ほんの一瞬。
引き返すという選択が、頭をよぎる。
その時。
胸の奥で、何かが引っかかる。
――残るなら、それでいい。
言葉にはならない。
だが、確かにある。
全部じゃなくていい。
何も残らないのは、嫌だ。
クチナシは息を吸う。
そして。
一歩、踏み出す。
振り返らない。
言葉もない。
それで、十分だった。
ネリネが小さく言う。
「……行くのね」
返事はない。
だが、背中は止まらない。
ヘルハウンドは何も言わない。
ただ、同じ方向へ歩き出した。
壊れたのではない。
止まったのでもない。
選ばれなかった。
それだけで、
すべては終われなくなる。
だから。
進むしかない。
同じ場所で、
同じように止まらないために。
全部を救えなくてもいい。
全部を終わらせられなくてもいい。
それでも。
何かを残すために、
何かを終わらせる。
その選択だけが、
次へ繋がる。
そして――
その先にいる。
終わらせなかった者のところへ。




