第4話 衝撃の質問
月曜日。「ウィスキーバー TOMO」は定休日だ。今日はいつもよりお寝坊ができる。那津はアラームをかけずに惰眠を貪った。
起き出したのは10時ごろになった。スイはまだ寝ている。お兄ちゃんも多分まだ寝ているだろう。昨日の「TOMO」閉店後、那津とスイをお家まで送ってくれたあと、保さんとふたりで深夜営業のバーに行っていた。デートである。
毎日のルーティンをこなしてパジャマのままリビングに行くと、薄暗く、人の気配はなかった。ベランダに続くガラスドアにかかっている南向きのカーテンを開けると、陽の光がふんだんに入ってくる。那津はその心地のよい暖かさに目を細めた。
さて、着替えてごはんの支度だ。時間的にブランチになるだろうか。お兄ちゃんの分は、起きてきてから用意しよう。ごはんは人数分炊けているはずだし、お味噌汁は温めるだけにしておいたら、卵料理だけ作ったらよい。
自室に戻ろうと廊下を歩いていると、スイが那津の部屋から出てきた。
「あ、スイ、おはよう」
「にゃあ」『おはようにゃ』
那津は腰をぐいと曲げてスイを抱き上げる。柔らかな背中に頬ずりすると、ここ数日のストレスが解かれていく。那津だってストレスぐらい溜まるのだ。これでも客商売なので、気を張っているのである。
「にゃ、にゃあ」『那津、スマホになんか届いていたみたいだったにゃ』
那津のスマートフォンは通知音を切ってバイブレーションにしている。だが猫の聴覚は人間の3倍以上あるといわれていて、それは猫又であるスイも例に漏れないので、ぶるぶると震える音が聞こえたのだろう。確か朝起きたときに時間を確認して、そのままベッドに放置していた。
「ありがとう。スイ、降ろしたほうがええ?」
「にゃ」『そうして欲しいにゃ』
「はーい」
那津はスイを床に降ろす。スイは優雅にリビングに向かった。そのしなやかで美しい後ろ姿にうっとりし、「あ」と思い出して慌てて自室に入る。
やはりスマートフォンはベッドの上にあった。取り上げて通知を見ると、チャットSNSにメッセージが届いていた。那津はほとんどSNSに登録していないので、連絡を取り合うのはもっぱらチャットSNSである。
「あれ、出口さん?」
深川さんたち保さんファンクラブの一件が落着したとき、出口さんと保さんとお兄ちゃんは連絡先を交換したのだが、その場にいた那津も流れで出口さんと交換していたのだ。
なんだろう。リストのいちばん上に表示されている出口の名前をタップする。アイコンにしているのは、ガーベラの写真だった。お花屋さんを覗いたときに一目惚れして3本購入したという、ピンクの可愛らしいガーベラだそうだ。出口さんの雰囲気にぴったりだ。
おはようございます。朝から失礼します。
鍵口さんから気になる話を聞いたので、メッセージをお送りさせてもらいました。
鍵口さんは「TOMO」以外のバーにも行きつけがあって、そこで聞いたらしいんだけど、友永くん、えっと、蛍くん、実は心が女性だというのが嘘だって。
あたしは直接聞いたわけじゃないから分からないけど、もしそれが本当だったら、どうしてなんだろうって。
おかしなことを言ってごめんなさい。でもどうしても気になって。
那津の手が震える。くらりとめまいがする。どういうことなのだろう。お兄ちゃんが本当は中身も男性だと、そういうことなのだろうか。
いや、それはよいのだ。どちらでも、お兄ちゃんが那津の大事なお兄ちゃんであることに変わりはない。
問題は、それがもし本当のことだとして、どうしてお兄ちゃんはそんな偽りをしているのかということだ。
分からない。那津にはなにも分からない。あんなにも信頼しているお兄ちゃんが、那津すらも騙していた? まさか。
いや、やはりまだ分からない。そもそもこれが本当のことなのか、まずはそれからだ。
おはようございます。
わたしも初耳です。
驚いて悩んでいますけど、確認できたらしようと思います。
またお知らせできたらと思いますので、このことは他言無用でお願いできましたら幸いです。
よろしくお願いします。
那津がそう返事を送ると、すぐに既読になり、お返事が届いた。
分かりました。ありがとうございます。
ご無理はしないでくださいね。
那津はまたスマートフォンをベッドに置いた。どうしよう、お兄ちゃんに聞くにしても、こんなセンシティブなこと、どう聞いたらよいのか。よい方法が思い浮かばない。
とりあえず、那津はいつも通りに過ごそう。お兄ちゃんに怪しまれたりしないように。
那津は小さく息を吐き、部屋着のスェットに着替えようと、作り付けのクローゼットを開けた。




