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第6話 海老芋の笑顔

 数日後の19時ごろ、お兄ちゃんのご祖父母が、お客さまとして「ウィスキーバー TOMO(トモ)」に来てくれた。


「わし、普段は麦焼酎なんや。ウィスキーなんてハイカラなもん、滅多に飲まんのやわ」


「わたしはお酒自体、そんなに。それでも飲めるもんてあるんやろか」


 カウンタ席に並んで掛けたご祖父母は、戸惑いつつそんなことを言った。お兄ちゃんは笑いながら。


「そんな肩肘張ることあれへんて。ほな、祖父ちゃんには一般的に水割り、祖母ちゃんにはコークハイかジンジャーハイ作ろうか。祖母ちゃん、コーラとジンジャーエール、どっちがええ? どっちも飲みやすいで。好きな常連もおるし」


 出口(でぐち)さんのことだろうか。出口さんはこの「TOMO」を気に入ってくれて、あれからも毎週金曜日に来てくれているが、ウィスキーそのものの味はやはりそこまで得意ではない。なのでいつも、コークハイかジンジャーハイを美味しそうに飲んでいる。


(ほたる)、済まんけど、わし、できたらあったかいのがええわ。湯で割るんてできひんやろか」


「できるで、ウィスキーのお湯割り美味いで。ほな祖父ちゃんはそれで、祖母ちゃんは?」


「わたし、ジンジャーエールのやつ、もろてええ?」


「了解」


 お兄ちゃんは軽やかにドリンクを準備する。耐熱ガラス製のマグカップにウィスキーを注ぎ、お湯を入れる。タンブラーには氷を詰めて、ウィスキーとジンジャーエールを合わせた。


 ふたりに用意したウィスキーは、サントリーの「角瓶(かくびん)」。ほのかな甘さとコクがあり、すっきりとしたドライな飲み口で、バランスの良い一品だ。


 ウィスキーを飲み慣れないということだったので、外国産よりも国産のものがよいだろうと、お兄ちゃんが選んだ。親しみやすいだろうという理由だった。


「祖父ちゃん祖母ちゃん、晩ごはんは食ってきたんか?」


「ああ、「鳥造(とりぞう)」で鶏食ってきたわ。もうこの歳やからな、そんな量は食われへん。せやから美味いもんを少しだけな」


「ああ、あっこ美味いよな。おれ、親鶏の炭火焼き好きやわ」


 「浪花屋鳥造(なにわやとりぞう)」さんは、大阪を拠点に展開する炭火焼き鳥のお店で、店舗の多くは西日本にある。


 串打ちの焼き鳥ではなく、薩摩(さつま)などに多いバラ焼きである。名物とされているのは親鶏で、弾力のある歯ごたえがくせになる。噛みしめるたびにぎゅっぎゅっと濃い旨味が飛び出すのだ。鳥刺しや他の鶏料理も豊富である。


 那津(なつ)も何度かお兄ちゃんと行ったことがある。ただ長居店は「TOMO」と同じ月曜日定休なので、お店を始めてからはお盆休みなどの連休に行けるかどうかになっていた。


「親鶏もちろん美味いんやけど、もう歯が追いつかんでな。でも若鶏も充分美味いやろ」


「せやな、炭火焼きなんがええよな。はい、お湯割りとジンジャーハイ、お待たせ」


 ほっかりと湯気を上げるマグカップをお祖父さまに、しゅわしゅわと小さな泡が上がるタンブラーをお祖母さまに、コースターを添えて出した。


「ありがとう」


 ご祖父母は揃ってお礼を言い、「お疲れさま」とグラスを軽く重ね、そっと口を付けた。


「お、思ったより飲みやすいな」


 お祖父さまが目を見張る。ウィスキーはお湯で割ると、角が取れてまろやかになるのだ。ぐっと飲みやすくなると思う。ただ湯気とともにふわりと香りが上がるので、それが苦手な人には厄介だろう。


「こっちも。ジンジャーエールやからか、ジュースみたい」


「祖母ちゃん、薄めに作ってあるけど、一応酒やからな、ジュースみたいな飲み方には注意やで」


「あ、そやね」


 お祖母さまは慌てて、タンブラーから口を離した。


「飲みやすいから、ついつい。危ないわぁ」


 お祖母さまはそう言って楽しそうに笑う。よかった、控えめだが、すてきな笑顔だ。


「祖父ちゃん祖母ちゃん、なっちゃん手製の惣菜はどうや? 酒飲むんやったら、なんか軽くでも食いながらのほうがええし」


 ふたりの目線が那津に向く。那津はにっこりと笑って小さく頷いた。


「はい。今日のお惣菜は、カリフラワーとブロッコリのおかかマヨネーズ和えと、海老芋の煮っころがしと、かぶと厚揚げの煮物です」


「あら、海老芋なんて、ごちそうやん」


 お祖母さまが目を輝かす。


「はい。今は最盛期で、少しお求めやすくなっているので、思い切っちゃいました」


 海老芋は京野菜として有名だが、なにわの伝統野菜のひとつでもある。大阪では主に河内(かわち)地方で栽培されている。食感は里芋のようにねっとりしているが、里芋よりも煮崩れしにくいので、煮物に向いているのだ。


「お父さん、わたし海老芋いただきたいわ」


「頼んだらええがな」


「はい。ほな、海老芋いただける?」


「はい、お待ちくださいね」


 那津は小鉢に海老芋の煮っころがしを盛り付けて、お祖母さまに出した。


「どうぞ、お待たせしました」


「あら、とってもきれいに煮えてる! 那津さん、お料理上手なんやねぇ」


「ありがとうございます」


 お祖母さまは割り箸を割り、海老芋をそっと口に運ぶ。そして「ふふ」と表情をさらに和ませた。


「味もめっちゃ美味しいわぁ、すごいわねぇ」


「ほんまですか? ありがとうございます」


 那津は心の底から喜びを感じる。お兄ちゃんのご祖父母なのだから、やはりめいっぱい「TOMO」を楽しんで欲しいのだ。

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