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第4話 プライドのありか

 ご祖父母は顔を見合わせ、ふっと微笑み合う。


「母さん、わしらは、思い込みを啓太(けいた)に押し付けてしもたんかも知れんな」


「そうやねぇ」


 そう、那津(なつ)たちの友永(ともなが)家は幸せな家族だったのだ。


 那津は当時のことを思い出しながら、ボウルで切り干し大根を洗い、そのままひたひたの水に浸す。乾燥わかめも別のボウルで水戻しをする。


 お母さんもこうして、那津たちに美味しいごはんを作ってくれた。お母さんはお父さんと再婚してからは、雇用形態を時短パートに変え、家事一切を担ってくれていた。


 中学校では部活が必須だったから、お兄ちゃんも那津も、部活が終わってお家に帰り着いたら、お家は玄関までよい芳香で満たされていた。お母さんが作ってくれる晩ごはんの匂いだ。


「おかえり。もうすぐごはんできるから、手ぇ洗っといで」


 お母さんの優しい声が届く。お腹ぺこぺこー、そんなことを言いながら、洗面所に駆け込んだものだった。


 高校は進学校に進んだ那津は、お勉強を理由に帰宅部を選んだ。放課後は学校の図書室で復習と宿題をして、お家に帰るのは17時ごろに決めていた。


 そして、お母さんのお料理をお手伝いするのが習慣になった。お料理は科学、なんて言葉を聞いて、お勉強の延長線上のようで興味が沸いたのだ。


 食材もそうだか、調味料の「さしすせそ」。お砂糖、お塩、お酢、お醤油、お味噌、それらや他の調味料も掛け合わせて味が完成する、その過程と結果がおもしろかった。


 お母さんにいろいろなお料理を教えてもらって、それがとても楽しかったのだ。お母さんだから、ということも大きかったと思う。今でも大切な思い出だ。


 そして部活を終えたお兄ちゃん、お仕事を終えたお父さんが帰ってきて、揃って食卓を囲む。その日あったことなどを話したりしながら、笑顔が溢れる空間になる。


 なんの変哲もない、一般的な家庭だったと思う。だが、それがよかった。不満なんてあるわけがなくて。


 だが、両親の死で、友永家は一変してしまった。失ったものはあまりにも大きくて、那津は10年以上経った今でも引きずってしまっている。


 それでもお父さんとお母さんは幸せなまま逝けた、そう信じたい。そうでなければ、那津の心が耐えられないのだ。


 当時のことを思い出すたびに、胸が締め付けられる。それでも顔を上げて、前を向いて、これまでやってきた。それはそれまでの幸せが土台になっている。大事な大事な、友永家の時間。


 友永家は、お兄ちゃんとスイ、那津とで今も続いている。きっと、これからも。


 那津は戻した切り干し大根の水分を軽く搾り、ごま油を引いたフライパンで炒める。しっかりと油が回ったらわかめを入れ、さっと炒めたら、日本酒とみりん、お醤油で味を整え、削り節とすり白ごまをたっぷりとまとわせた。


「実は、わしらな、啓太がまどかさんと再婚してから、年に1度、興信所に頼んで、様子を調べてもらってたんや」


「そんなことしとったんかいな」


 お兄ちゃんがかすかに顔を歪め、お祖父さまは「すまん」と小さく頭を下げた。


「あんまようないことは分かってた。でも啓太の再婚を反対してあんな別れかたして、ほいほいと連絡を取ることは、わしにはできんかった」


「そういうのを、しょうもないプライドっちゅうんや」


 お兄ちゃんがばっさりと言うと。


「そうなんやろな、意地にもなっとったんや」


 お祖父さまは苦笑する。図星だったから、そうするしかできないのだろう。


「わたしはね、言うてたんよ、そんな意固地にならんで、連絡してみたら? って。でもねぇ、この人にはこの人なりの考えとかね、あるんかなぁって、静観してたんやけどね」


 お祖母さまの表情は痛ましいものだった。そう、その結果が今なのだから。


「啓太とまどかさんが事故で亡くなったって、その年の調査で聞いて、目の前が真っ暗になった。お父さんがいくら拒絶しても、わたしだけでも会いに行ってたら、そうも思った。わたしはね、よくも悪くも昭和の女で、家長であるお父さんに逆らおうとか、そういう思考がそもそもないんよ。ほんまにしょうもないことしてしもた」


 育った時代によって培われる価値観というものは、確かにあるのだろう。ご祖父母さまはきっと70〜80歳代。女は3歩下がって、女は男を立てて、と育てられた世代だ。


 もちろん、そうではないお年寄りもたくさんいるだろう。時代が進むに従って価値観をアップデートできる人だっている。それは環境もあるだろうが、大きなのは人間性なのだと思う。


 お祖母さまはそれができなかった。自らの価値観のままお祖父さまに唯々諾々としてきて、今に至ったのだ。


「わしらも、もうそんなに長くない。遺産言うたかて、一般的なサラリーマン家庭やから、そんな多いわけやない。これからも生活に使うことになるから、最後にはどれだけ残るんかも分からん。けど、わしらには(ほたる)に相続して欲しい気持ちがあることを知っといて欲しかったんや。今やもう、わしらに連なるんは、蛍だけなんや」


 ご祖父母にとって、孫はお兄ちゃんだけ。お父さんはひとりっ子だったから、ご祖父母の遺産を相続する権利を持つのは、お兄ちゃんだけなのだ。


 那津はお父さんと普通養子縁組を結んでいる。だがご祖父母との血縁関係がないので、相続人にはなり得ない。なのでご祖父母没後は、お兄ちゃんしか相続人がいないのだ。


 お父さん、ご祖父母にとっては息子を亡くした今、拠り所はお兄ちゃんだけになっていたのだ。

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