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悪役令嬢ですが、泣き落としには法と魔法で対処します  作者: ちわいぬ
第8章 薔薇と王冠編(ルーカス/レナート/クラリス)

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第385話 黒曜宮「報せ」

夜。


黒曜宮は静かだった。


静かであること自体が、

ここでは秩序だった。


回廊の灯りは一定。

足音は抑えられ、

声は低い。


騒がないことが、

この宮の規則だった。



ルーカスは執務机の前に立っていた。


座っていない。


座ると判断が遅れる気がした。


机の上には航路図。


王船。

海軍船。

港までの距離。


すでに出航して二日。


海は順調なはずだった。


その時。


扉が叩かれる。


一度。


二度。


三度。


規程の回数。


クロイツだ。


「入れ」


扉が開く。


クロイツは入室すると同時に言った。


「急報です」


封書を差し出す。


海軍旗の封蝋。


ルーカスは受け取った。


読む。


数行。


それだけ。


だが、空気が変わる。



落水。


王太子。

境界神の聖女。

原種。


三名。


海上。


捜索中。



ルーカスは紙を机に置いた。


顔は変わらない。


変わらないが、

沈黙が重くなる。


クロイツが言う。


「海軍船より直接です」


「王船ではありません」


「……正しい順序だ」


ルーカスは低く言った。


王船が報せる前に、

海軍が動いた。


それはつまり。


事故が起きた瞬間、

海軍が事態を理解したということだ。


ルーカスはもう一度紙を見る。


三名。


王太子。


クラリス。


ロウ。


視線が、そこに止まる。



ルーカスは椅子に座らない。


立ったまま言う。


「生存の可能性」


クロイツが即答する。


「海況によります」


「現在、波高三」


嵐ではない。


だが人には厳しい。


クロイツは続ける。


「海軍船が即時捜索」


「灯火増設」


「王船も捜索に参加」


ルーカスは短く頷いた。


「……レナートか」


クロイツは否定しない。


海軍がそこまで早く動く理由。


医師として乗船している伯爵家の子息。



沈黙。


長くはない。


だが、決断には十分だった。


ルーカスは言う。


「記録は」


「事故」


クロイツが頷く。


「現時点では」


「当然だ」


ルーカスの声は静かだ。


だが硬い。


「薔薇の線は」


「まだ出ていません」


クロイツが言う。


「だからこそ」


ルーカスが続けた。


「出すな」


事故は事故。


そう扱う。


今は。


今は、それが最善だ。



ルーカスは窓へ歩く。


黒曜宮から海は見えない。


それでも視線は港の方へ向く。


クラリス。


ロウ。


レオンハルト。


三人の影が頭をよぎる。


だが感情は置く。


置かなければ、線が歪む。


ルーカスは言う。


「神殿へ」


クロイツが答える。


「灰の司祭へ連絡済み」


早い。


ルーカスはわずかに息を吐く。



クロイツが次の書類を差し出す。


「もう一件」


ルーカスは受け取る。


封蝋。


アルヴェーン公爵家。


ルーカスの眉がわずかに動く。


「これは」


「本日届いたものです」


クロイツが言う。


「聖女殿下から、公爵家宛」


ルーカスは封を見つめた。


まだ開かれていない。


クラリスが書いた手紙。


出航前。



ルーカスはしばらく何も言わない。


やがて、低く言った。


「……届けろ」


クロイツが確認する。


「今夜ですか」


「今夜だ」


ルーカスは視線を上げた。


「父親は、先に知るべきだ」


クロイツが一礼する。


「承知しました」


扉が閉まる。



黒曜宮は、また静かになる。


だが静けさは変わった。


沈黙の種類が違う。


嵐の前ではない。


嵐の中の静けさ。


ルーカスは窓の外を見た。


見えない海へ。


そして、短く言った。


「……生きていろ」


命令でも祈りでもない。


ただの言葉だった。


黒曜宮の夜は、

まだ終わらない。

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