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再び、珍しいもの何でも買います。リーリーのお店

 テントの横を通り過ぎて、僕らは街へと続く道をゆっくりと歩き出す。

 草原の中を吹き抜ける風が、ほんの少しだけ心を軽くしてくれる気がした。


 しばらく無言で歩いていたが、レインがふとこちらを見た。


「ねえ、ハルト」


「ん?」


「さっき言ってた“いいアイディア”って、何?」


「ああ、それね」


 僕はポケットを探って、一つの物を取り出した。

 革製の、使い慣れた長財布。日本で使っていたものだ。


「……それ、何?」


「財布。元の世界のお金が入ってる」


「えっ、でも……この世界じゃ、使えないでしょ?」


「うん。たぶん、そのままじゃ使えない。でも、売るって考えたらどうかな」


「売る……?」


 僕は財布を開いて、中から数枚の紙幣を取り出した。

 一万円札。五千円札。千円札。合わせて3万円ほど。


「紙……これが、お金?」


 レインは目を丸くして紙幣を見つめていた。


「信じられない……紙なのに、価値があるの?」


「僕の世界では、ちゃんとした国が保証してる。……これさ、“透かし”って言って、光にかざすと模様が浮かび上がるんだ」


 僕は紙幣を太陽に透かしてみせた。

 レインは驚いたように口元を押さえ、感心したように何度も首を傾げている。


「うわ……本当だ、何か見える。これ、どうやって作ってるの?」


「さっぱり。でも、精巧なのは間違いない。……それに、こっちもある」


 そう言って、次はコインを取り出した。百円玉や五百円玉。小銭入れの底にいくつか残っていたはずだ。


「こっちは金属。見た目もきれいだし、なにより“異世界の硬貨”って言えば――」


「……リーリーなら、買ってくれそう」


 レインが笑って言った。

 僕も、思わず頷いた。


「あの人、珍しいものに目がないからね」


「時計を売ったとき、興味津々だったもんね。あの感じなら、きっと今回も――」


「うん、きっといけると思う。でも、まずはギルドに行こう」


「ギルド?」


「ゴブリンの耳とナイフ。懸賞金を換金できるって言ってたでしょ」


「あっ、そうだったわ。そっちが先ね」


「あと、ギルドに行けば他の冒険者の話も聞けるかもしれないし……このまま何も知らずに突っ込むのは、ちょっと怖いからね」


「確かに……。ハルト、ちゃんとしてるじゃない」


「ありがとう。でも、内心ビビってるんだよ。めちゃくちゃ」


 レインはふふっと笑った。


「いいのよ。そういうところが、ハルトらしいんだから」


 僕は少しだけ苦笑しながら、歩調を少しだけ早めた。


 目指すは街の中心――冒険者ギルド。


 僕らは街の中心部にある、冒険者ギルドの建物の前に立っていた。


 想像していたより、ずっと立派な建物だった。

 石造りの堂々とした造りに、大きな木の扉。

 扉の上には剣と盾の紋章が彫られていて、いかにも“戦いに生きる者たちの拠点”といった雰囲気がある。


「すご……」

 思わず声が漏れた。


「うん、立派ね。さすが迷宮都市のギルドって感じ」


 レインも感心したように建物を見上げている。


 中へ入ると、暖かい木の香りと、活気のあるざわめきが迎えてくれた。


 受付らしきカウンターの前には列ができていて、僕らはその最後尾に並ぶ。

 周囲には、いかにも熟練といった風の冒険者たちが何人もいて、食事をしながら話していたり、掲示板を眺めていたりする。


「みんな、冒険者なんだね……」

 僕が呟くと、レインが小声で返した。


「うん、すごい雰囲気。なんだか、ちょっと緊張してきたかも」


 やがて順番が回ってきた。


 受付に立つと、女性のギルドスタッフが優しい笑顔で出迎えてくれた。

 歳は20代後半くらいだろうか。髪を後ろでまとめ、制服姿がきりっとしている。


「いらっしゃい。依頼かしら? それとも換金?」


「えっと……ゴブリンを倒したので、耳を……」

 僕は皮袋からゴブリンの耳を取り出して、カウンターにそっと置いた。


 女性スタッフが目を落とすなり、くすっと笑う。


「ふふ、なるほど。両耳持ってきたのね。新米さんかしら?」


「えっ、そんなに分かります?」


「ええ、耳の切り方が少し荒いのと、両方持ってきちゃうのは初心者さんの定番ね。

 換金対象は基本、右耳だけで大丈夫なの。右手で武器を持つ人が多いから、右側の方が剥ぎやすいでしょ?」


「……あ、なるほど」

 妙に納得した。確かに、逆側は剥ぐのに苦労した気がする。


「それと、これは?」

 女性は横に置いていたさびたナイフに目を向けた。


「あっ、それも拾ったんです。換金できるかと思って……」


「気持ちは分かるけど、うちでは武器の買取はやってないの。

 でも、鍛冶屋さんに持っていけば、くず鉄としてならいくらかになるかもしれないわ」


「なるほど……ありがとうございます!」


「初勝利、おめでとう。2体分で20ルアね」


 そう言って、銅貨を2枚を手渡してくれる。


 小さな茶色い硬貨。だけど、重みが全然違って感じた。

 自分たちの手で、命懸けで手にした報酬だ。


「ありがとうございました!」

 僕とレインは、ぺこりと頭を下げてギルドを後にした。


 次に向かったのは、昨日装備を買った鍛冶屋「ガストンの鍛冶工房」だ。


 扉を開けると、ガン、ガン、と金槌の音が奥から聞こえてくる。


「おう、坊主に嬢ちゃんか。無事戻ったみたいだな」

 がっしりとした体格の店主・ガストンが顔を出した。


「はい。今日はさびたナイフを売りに来ました。もしかしたら買い取ってもらえるかもと思って・・・」


「ああ、なるほどな。見せてみろ」


 僕らが持ってきたさびたナイフを手に取ると、ガストンはふんっと鼻を鳴らした。


「まあ、これは素材用だな。くず鉄としてなら――1本5ルアでどうだ?」


「お願いします!」


「ふっ、わざわざこんなもん持って来るのは、冒険者始めたばかりの証拠だな」

 ガストンはそういいながら銅貨を一枚渡してくれた。

 言い方はぶっきらぼうだったけど、どこか優しい声色だった。


「また来いよ。装備の手入れは怠るなよ?」


「はい、ありがとうございました!」

 僕らがお辞儀をすると、ガストンは大きな手をひらひらと振って店の奥の工房に戻っていった。


「よし、あとはリーリーのところだね」


「ついにあの店にまた行くのね……なんだかちょっと緊張するかも」


「僕もちょっと」

 二人で顔を見合わせて笑った。


 昨日は多少迷ったが、今日はレインがちゃんと道を覚えていたのであっという間に店の前までついた。


「よし、じゃあ……行こうか、レイン」


「ちょっと待って。ハルト、いくらで売るつもり?」

 そうだった。

 昨日はいきなり値段を聞かれて、慌ててしまったのだ。

 あらかじめ値段を決めておいたほうがいい。


「 うーん、どうだろ。高く売れたらうれしいけど、あんまり吹っかけすぎてもさ。たとえば……300ルアくらいだったらすごく嬉しいなって感じ」


 使っていた財布は社会人になってから買ったもので、若者向けとはいえ数万円したブランドものだ。

 この世界の硬貨を入れるには不便なのでリーリーがその点を評価してもらえるかはわからないが紙幣と硬貨は珍しいはずだ。


「うーん、それだとちょっと控えめすぎない? 見たこともない世界のお金よ? きっとリーリーなら“ほう、これは興味深い”ってなるわ!」


 レインが妙に得意げな顔をする。


「……つまり?」


「500ルアで交渉! 強気でいくべきよ!」


「そ、そう?」


 若干不安だったけど、レインの押しに流されて、結局その線でいくことになった。


「こんにちは!」

 レインが勢いよく扉を開けた。


「おや、おやおや。これはこれは、昨日の風変わりなお客様じゃないか。

 ようこそ、“風変わり骨董の館”へ――ハーリーガーリー、略してリーリーのお店へ」


 カウンターの陰から、リーリーがひょいと顔を出す。

 今日も左右で色の違う眼鏡をかけている。オレンジと緑。昨日とは色が違う。


「ちょうど良いところだったよ。そろそろ来る頃だろうと思って準備していたんだ」

 そう言うと、リーリーはカウンターの横にある小さなテーブルと椅子を指差した。

 レインと顔を見合わせた。

 まるで僕らが来ることを予想していたかのような言い方だ。

 はったりかもしれないけど、流石はリーリーだ。


「座って座って。お茶もあるよ。とってもいい香りでね、心が落ち着くんだ。それにこのクッキー。」

 テーブルには陶器の湯のみと、小さな木の皿に載せられた花の形のクッキーがあった。


「わ、ありがとう。……あ、そういえばお腹空いてたんだった」

 レインが素直に座って、さっそくクッキーをつまむ。

 僕もレインに隣に座って一口食べてみると、口の中でふわりと溶けるような甘さと、ちょっとだけ花の香りが広がった。


 僕らがクッキーを食べている間に、リーリーは優雅な動作でお茶を淹れてくれた。

 確かにいい香りだ。

 どうやら紅茶のようだ。


「それで? 今日は何を持ってきてくれたのかな?」

 リーリーの問いかけに、僕はそっと持ってきた財布をテーブルに置いた。


「これです。僕が使っていた財布とその中身です。」


 財布の中から紙幣、硬貨、それにICカードやクレジットカード、運転免許証などを取り出してテーブルの上に並べていく。

 どうせもう使い道はないのだ。

 思い切って全部売ってしまおう。


「なるほど、異世界のお金だね」

 リーリーは鋭く言った。


「えっと、確かにそうです。よくお分かりですね。」

 リーリーに向かって自分が異世界から来たという話はしたことがない。

 昨日の時計やハルトの格好から推察したのかもしれないが、外国だとか古代の貨幣だと思わず異世界だと予想するのはどうしてだろうか。

 こっちの世界の人は意外と異世界という概念が身近なのかもしれない。


 僕の言葉にリーリーはただ微笑みを返すだけだった。


「ねえ、ちょっと待ってこれなに?」

 レインは僕の運転免許証の写真の部分を指さしていった。


「あぁ、それは写真といって・・・」


「ぷっ……これってハルトよね。変な顔してる」

 写真に驚いているのかと思ったら、まさかの顔を笑われるとは・・・。


「う、うるさいよ……免許証ってそういうもんなの!」


 リーリーはというと、無言でじっと紙幣を光にかざしたり、硬貨を指先で弾いて音を確かめたりしていた。

 真剣なまなざしはまるで学者のようで、その動作ひとつひとつに、妙な威厳があった。


「……ふむ、ふむ。なるほどなるほど」


 リーリーは眼鏡をくいっと押し上げると、真顔のまま口を開いた。


「300ルアだね」


「えっ」


「えっ」


 ハルトとレイン、見事にハモった。


「えっ、じゃなくて……え、いきなり? 値段、先に言うんだ……」


「昨日はこっちに聞いてきたのに・・・。今日は違うんだ。」


 二人で戸惑っていると、リーリーはきっぱり言った。


「値段交渉はしないよ。値段が不服なら残念ながらあきらめるよ。それだけさ」


「うっ……」

 レインはわずかに歯を食いしばるようにして、でも最後は観念したように頷いた。


「……300ルアでお願いします」

 リーリーは満足そうに頷き、カウンターの奥からまた銀貨を2枚と、銅貨10枚を取り出してテーブルの上に並べた。


「銅貨があるほうが便利だろう、それと、この袋に入れて持って帰るといいよ」

 昨日くれたのと同じような皮袋をそっと差し出してくれた。

 昨日貰った皮袋はゴブリンの血で汚れてしまったので正直硬貨をいれるのには抵抗があった。

 本当に只者ではない。


「ありがとう、リーリー」

 お礼を言って皮袋と硬貨を受け取り、席を立つ。

 レインは立ち上がる前に、さっと残っていたクッキーをすべてつかみ取り口に入れた。

 値段交渉ができなかったせめて一矢報いてやろうという気概だろうか。

 それとも単純にお腹が減っていたのかもしれない。


「ありがとう、リーリー」

 もごもごと口を動かしながらレインも少し遅れてお礼を言った。


「また風変わりなものがあったら、持ってくるといい。私は、風変わりなものが好きだからね」

 リーリーはニッコリと笑って言った。

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