汚れた体と、新しい服
店を出て少し歩いてから、レインが小さな声で呟いた。
「ねえハルト……さっきの値段、やっぱり聞かれてたんじゃない?」
「う……やっぱり?」
「だってピッタリ300ルアなんだもん。タイミングもバッチリだったし……」
「まさか、リーリーって……扉越しの声まで聞こえるの?」
「さあ、でも次からは宿屋で値段を決めてから来ましょう」
「そうだね。でも300ルアだよ」
僕は思わず、ニヤついてしまった。
「そうね、300ルア!これでまたご馳走が食べれるわ!」
レインも満面の笑みだ。
「ちょっと待って。ご馳走は確かに食べるかもしれないけど、このお金は計画的に使おう。」
「そうよね。全部で……330ルアか。なかなかの大金だわ」
レインが頬を綻ばせる。
「何かあったときのために――」
「うん、最低150ルアは残しておきましょ。一日分の部屋代と食事で50ルア。そしていざという時の回復魔法のための100ルア」
「同感。じゃあ、残りの180ルアをどうするかだね。
今日の冒険で思ったけどいくつか買いたいものがあるんだ。」
「聞かせて、何となく一つは予想できるわ」
「そうだね。まずはバックパックだね。素手でナイフを持って帰るのは野蛮すぎるよ」
「そうよね。私も大型のやつを宿屋に置いてあるけどあれはダンジョンじゃ嵩張って動きに支障がでるから、1つずつ買いましょう」
「それから、水筒、装備の手入れ用の布と油、剥ぎ取り用の小型ナイフ。」
レインはうんうんと小さく頷きながら聞いてくれた。
「それと・・・」
「それと?」
「僕の服」
昨日から着っぱなしだった服は今日の冒険もあっていい加減気持ちが悪くなってきた。
「確かに必要ね。それならギルドの方に戻りましょう。ギルドの周りにはお店が多かったしきっと色々と揃うわ」
確かに、先ほど言ったギルドの周りはバザーのようになっており露店のような形の店がいくつかあった。冒険者をターゲットにしているから色々と揃えそうだ。
「よし、そこに行こう」
僕らはその後、いろいろな露店をめぐって一通りの物を買った。
バックパックは冒険者向けの頑丈な帆布製。
あまり嵩張らないものを買った。
2つで20ルア。
水筒は皮製で、筒というより袋だった。
レインが飲み方を教えてくれたけど、飲むのにコツが必要でしばらくは飲むたびに顔を濡らす気がする。
宿屋でいったら水を入れてくると思う。
2つで10ルア。
服はとりあえず、襟付きシャツとズボンを一着づつ。
どちらも地味だけど動きやすそうなものを選んだ。
それと、布製の肌着。
こっちの世界のパンツはゴムではなくひもで縛るようだ。
全部で30ルア。
装備用の手入れ布と油、それから剥ぎ取り用の小型ナイフはガストンの店に戻って買った。
ナイフは片刃で切れ味が良いらしく、いざという時は武器として使えるらしい。
一旦は一本だけ買って僕が持つことにした。そのうちレイン用にも買っても良いかもしれない。
ナイフは30ルアで布と油は8ルアだった。
合計で98ルア。
あっという間に100ルア近くがなくなってしまった。
ゴブリン10体分だと思うとなかなかだ。
一通りの買い物が終わったころには夕方になっていた。
僕らは宿屋に向かって歩き出した。
「結構、使っちゃったね。」
「どれも必要なものだからしょうがないわ」
レインは明るく言った。
「でも、僕の服はもう少し余裕が出てきてからでもよかったかも・・・」
「何言っているの、汗臭い召喚獣なんて格好がつかないじゃない。
だから必要経費よ」
レインは笑っていった。
「ねえ、僕って今少し匂うかな」
恐る恐る聞いてみた
「秘密」
レインは言ったあとコロコロと笑った。
「ねえ、それで思ったんだけどお風呂ってないのかな?」
「お風呂、そりゃあるところにはあるけど・・・。
お風呂に入りただなんて、ハルトって意外といい暮らししてたのね」
「そりゃ、床で眠るよりかはいい暮らしをしてたよ」
「そうだった。大丈夫。迷宮で稼げるようになったら今の部屋も卒業よ」
「そうだね。まあしばらくは我慢するよ」
2人部屋は50ルア、今の部屋なら30ルアで済む。
その差はゴブリン2体分だ。
とても今は贅沢を言ってられない。
「お風呂はないけど、お湯と布は貸してもらえるはずよ。昨日はすっかり忘れてたけど」
「それはいいね。じゃあ、急いで帰ってすぐに頼もう!」
今日聞いた話の中で一番いい話かもしれない。
レインを追い抜いて、早歩きで宿屋に向かった。
「あ、待ってよ」
レインも負けじと早歩きになった。
最終的に僕らはほとんど走りながら宿屋に戻った。
宿に戻ってすぐ、カウンターに直行して店主に声をかけた。
「タオルと水桶、お願いできますか? 部屋で体を拭きたいので」
「おう、任せろ。冒険者は汚れをそのままにしちゃダメだからな」
気のいい宿主は、にやりと笑ってタオルと桶を二組ずつ渡してくれた。
「2つで4ルアだ」
あ、お金がかかるのかと一瞬思ったが、よく考えたら当たり前か。
大人しく4ルアを払ってタオルと桶をもらう。
部屋に戻ると、荷物を部屋の隅に置いて、タオルと桶を床におく。
「さて、じゃあ――僕は部屋の外で待ってるから先に使っていいよ、レイン」
「いいの? ハルト、汗くさくない? 私より必要そうだけど?」
レインはからかうように言った。
「う……言い返せない……でも、レディーファーストってことで」
「ふふ、ありがとう。じゃあ、遠慮なく!」
レインがさっそくマントに手をかけたので、僕は慌ててバタバタと部屋を出た。
扉が閉まる音と同時に、向こうから笑い声が漏れてくる。
やれやれ、なんだか随分とレインにからかわれるようになった。
まあ、良いパーティになってきたということなのかもしれない。
「ふふ、ありがとう。じゃあ、遠慮なく!」
数分後、さっぱりした顔のレインが戻ってきた。服も着替えたようだ。
「ふぅ……さっぱりした~。次はハルトの番よ」
「ありがとう。じゃあ……いってきます」
部屋に戻ると、まずは使ったタオルと桶を片隅に寄せた。
濡れたタオルで体を拭きながら、しみじみと思う。
――たったこれだけのことが、こんなに気持ちいいなんて。
もっと稼げるようになったら、風呂付の宿屋に移動しようと心に誓った。
体をふいた後はさっそく今日買った服に着替えた。
今まで着ていた服と比べるとゴワゴワしているような気がしたが、着られないことはなかった。
「ありがとう、レイン。終わったよ」
扉を開けてレインに声をかける。
「結構似合ってるわよ」
レインは僕の格好を見て言った。
「ありがとう、レイン。これで僕も風変わりな冒険者から卒業だね」
「あら、それはどうかしら」
レインはクスクスと笑った。




