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異世界で、君を守る召喚獣になる  作者: 田中ゆうひ


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やれやれ、僕は召喚獣になった

 翌朝。


 眩しい光で目が覚めた。

 カーテンの隙間から射し込む陽光が、僕を眠りから引き戻した。


 身体はまだ少し重かったが、傷の痛みはもう残っていなかった。

 回復魔法の力は本当にすごい。


 隣のベッドでは、レインが静かに支度をしていた。

 僕が起きたことに気づくと、小さく会釈するように顔を下げる。


「……おはよう、ハルト」


「おはよう、レイン」


 短い挨拶だけが交わされる。昨日とは何かが違う。言葉が、重い。


 宿代と朝食代をいつものように支払い、食堂のいつもの席に座る。


 出てきたのは、パンと温かいスープ。いつもと同じ朝食のはずなのに、味気なく感じた。


 レインはずっと黙っていて、パンをちぎっては口に運んでいた。


 思い切って口を開いた。


「……昨日、ずっと考えてたんだ」


 レインはスプーンを止め、ハルトの方を見た。


「僕がこの世界に来て、レインと話して、召喚獣になるって決めたとき……正直、嬉しかったよ。自分の居場所ができた気がして」


 レインは視線を落としたまま、かすかに唇を噛む。


「……魔法が、そうさせたのかも」


 僕は続けた。


「初めてダンジョンから帰ってきた夜、葡萄酒を飲んだとき、すごく美味しいって思ったんだ」


 レインが顔を上げる前に、僕は笑いながら言った。


「魔法が葡萄酒の味を変えてくれるってこと、あるのかな?」


 それは、冗談のようでいて、真剣な問いだった。


「……」


 レインは答えなかった。


「晩御飯を食べながら、お互いの過去を話したとき……僕は、まるで心が通じ合ったような気がして、すごく嬉しかった」


 ようやく、レインの瞳がハルトを正面から見据えた。


「ルミナフラウの花を見ながら食べたクッキー、あの時、すごく特別な味がしたんだ」


 そして、少し言葉を詰まらせながら、僕は続けた。


「たしかに、恐怖を感じたとき、君の顔を見ると安心できたことがある。

 でも、それが全部魔法のせいだったとは僕は思わない」


「……」


「僕を変えたのは、君との冒険だよ。

 魔法は……きっかけにすぎない」


 静かに、でも確かな言葉で、そう告げた。


 レインの唇がかすかに震える。


「……そう信じたい。だけど、信じられないの」


「なら、確かめよう」


 僕はそっとレインに向き直った。


「僕との“パス”を、一度切ってみてくれない?」


 レインが息を飲む。


「……できると思う。でも、言葉が通じなくなると思うわ」


「それでもいい。確かめたいんだ、僕がどう感じるのか」


「……召喚獣をやめるってこと? それが、ハルトのためになるなら……」


「違う、そうじゃない。君の召喚獣はやめないよ。

 パスを切っても、一緒にダンジョンに行く。

 それだけだよ。

 ……信じて」


 ハルトの真っすぐな眼差しに、レインはしばらく黙っていた。


 そして、意を決したように、杖を取り出した。


 ハルトの額にそっと杖の先を当てる。


「……」


 魔力の流れが断ち切られた瞬間、僕ははっきりと“何かが消えた”ことを感じた。


 温かい毛布の中にいたのに、ふいに冷たい風に晒されたような、そんな感覚。


 目の前には、変わらないレインの顔があった。


 でも——言葉が出ない。


 何かを言おうとしても、喉の奥から違う音しか出てこない。まるで“こちらの言語”のスイッチが切られたような感覚だった。


「*****」


 レインが何かを言った。表情や声のトーンから、それが「大丈夫?」という意味だと、なんとなく分かる。


 僕は、少し困ったように笑いながら、日本語で答えた。


『大丈夫。……でも、やっぱり言葉は忘れちゃったみたい』


 レインは驚いたように目を見開いたが、すぐに複雑そうな顔でハルトを見つめ返す。


 その時、僕はゆっくりと手を差し出し、レインの手をそっと握った。


 そして、何も言わずに立ち上がると、そのまま外へと歩き出した。


 レインは一瞬驚いたように立ち止まったが——すぐにハルトの手を握り返し、あとに続いた。


 言葉は通じない。でも、確かに“通じ合えるはずだ”。


 その思いだけが、僕を支えていた。


 ダンジョンへ向かう道を、僕たちは手を握ったまま歩いた。

 少しでも手を離したら、レインがどこかへいなくなってしまうような気がして。

 言葉は交わさなかった。いや、交わせなかった。

 だから、ただ無言で、手の温もりだけを頼りに歩いた。


 ダンジョンの入り口に着いたときも、言葉はなかった。

 階段の前で立ち止まった瞬間、自分の足がわずかに震えているのに気づく。


 ――怖い。


 昨日、僕は背中を刺された。

 今度は――殺されるかもしれない。

 そんな現実味のある恐怖が、喉奥までせり上がってくる。


 それでも、一歩を踏み出した。


『……守る。僕は、レインを守る』


 誰に言うでもなく、そう口の中でつぶやいて。

 そして、ダンジョンの闇へと足を踏み入れる。


 薄暗い中、手をそっと離す。

 僕はショートソードを引き抜いて構え、いつものように右の道を指差した。


 言葉が通じないとわかっていても、僕はあえて声をかけた。


『こっちの道に行こう。大丈夫、レイン。僕がいるから』


 レインは黙って頷いた。


 ……それだけで充分だった。分かった、と言ってくれた気がした。


 しばらく進むと、前方にゴブリンの姿。

 こちらに気づき、走り寄ってくる。


 距離がある。今なら先制できる――


『レイン、魔法の準備を!』


 盾を構えながら、叫ぶ。


 ゴブリンが近づいてくる。


 いつもならそろそろ魔法が飛んでくるはずだ。


 ちらりとレインの方を見る。

 集中しようとしているようだったが、上手くいっていないらしい。

 レインの焦りが伝わってくる。


『大丈夫、僕が倒すから』


 たとえ通じなくても、そう言いたかった。


 ゴブリンが突進してくる。

 汗が盾を握る手に滲んだ

 何度も経験してきた攻撃――それでも、今日は少しだけ怖かった。

 大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせるように盾を構え、受け止める。


 そして、反撃――ショートソードの斬撃は、しっかりと当たった。


 もう一度、ゴブリンの攻撃。今度も盾でしっかりと防ぎ、

 とどめの一撃を打ち込んで、ようやく動かなくなった。


 戦闘が終わると、レインが何かを言ってきた。

 その表情と声色から、謝っているのだとわかった。


 僕は笑って頷くと、剥ぎ取りナイフを手に取り、レインに身振りで「見張りを頼む」と伝える。


 剥ぎ取り中、いつもなら感じない不安が胸をよぎる。

 もしかしたら、敵が現れるかもしれない――


 それでも、レインの気持ちはもっと不安だろう。

 魔法使いは敵が迫っている状態で目を閉じ、集中しなければならない。

 無防備なその時間が、どれほど怖いことか。


 僕がいるから大丈夫と思って、目を瞑っていたはずだ。


 耳を剥ぎ取り終えて、立ち上がる。


 僕は盾を指差し、それから自分の胸を拳で軽く叩いた。


『僕が君を守るから、安心して』

 日本語で、そう言った。

 通じないのはわかっている。

 でも、言いたかった。


『たとえ、パスが繋がってなくても僕が守る』

 そう伝えたかった。


 レインはただ僕の顔を見て、頷いてくれた。


 さらに奥へと進む。曲がり角を抜けた先で、再びゴブリンと遭遇。


『来るよ』

 今度の個体は少し大きい。


 手には湾曲した片刃の剣を持っていた。


 距離が近い。盾を構えて応戦する。

 一撃、しっかり防ぐ。

 反撃の斬撃――だが、後退して避けられる。


 ゴブリンと距離が空く。

 レインの魔法は来ない。


 後ろにいるレインが今どういう状態か分からない。

 それでもきっと魔法で援護してくれると思った。


『信じてるよ』

 声に出していった。


 再び襲いかかってくるゴブリン。盾で受け止め、反撃しようとした瞬間――

 剣で弾かれ、ショートソードが手から滑り落ちた。


 焦りが胸をよぎる。


 ゴブリンの攻撃がくる。


 だが――相手の攻撃のタイミングに合わせて、盾を払い上げるように使い、相手の腕を跳ね上げた。


 胴体が無防備になる。

 すかさず、その胴体に足を乗せて体重をかけるようにして、全力で蹴り出す。


 ゴブリンが後ろに転がった瞬間――


「*******」

 レインの力強い声が聞こえる。


 ファイアーボールがゴブリンに直撃する。

 体が燃え上がり、やがて動かなくなった。


 振り向いて、笑顔を向けた。


『流石レイン、花形魔法なだけあるよ』


 通じなくても、レインも笑って頷いてくれた。


 弾き飛ばされたショートソードを拾い、耳を剥ぎ取る。

 ゴブリンが使っていた湾曲した片刃の剣もリュックに入れる。

 結構しっかりした作りなので高く売れるかもしれない。


 他に目ぼしいものがないかとみてみると、ゴブリンの腰には皮袋がついていた。

 開けてみると――銀貨が一枚。


 驚いて顔をあげ、レインに見せた。


 レインは目を丸くし、驚きと喜びの入り混じった表情を浮かべた。


 僕は帰る方向を指差す。


 今日は、ここまでにしよう。十分すぎる成果だった。


 レインも頷き、僕たちはふたり、無事にダンジョンから抜け出した。


 ダンジョンの外に出た瞬間、レインの顔にも自然と微笑みが浮かんだ。


 言葉を交わさなくても、それぞれが互いの表情だけで思いを読み取れるようになっていた。

 まだ完璧に通じ合っているわけじゃないけれど、それでも、今の僕らにはそれで充分だった。


 レインの手を掴み、そっと握る。

 レインも握り返してくれた。


 言葉を交わさなくても、思いは伝わる。

 そう思えた。


 そのまま、迷宮都市への道を並んで歩いた。

 昼の陽射しが背中をあたたかく照らし、風が木々をわずかに揺らしている。


 やがて、街の高い壁が見えてきたところで、僕は立ち止まった。


 空は澄み切った青。

 まるで、今の心を映すかのように。


 急に立ち止まった僕をレインが不思議そうに見ている。

 僕は、レインに向き直って自分の胸を指差し、次にレインの杖をそっと指さす。


『――もう一度、パスを繋ごう』


 日本語で言ったその言葉は、レインには意味が伝わらなかったかもしれない。

 けれど、その表情からすべてを感じ取ってくれたのだろう。


 レインは静かに頷き、集中に入った。


 すっと目を閉じ、小さく呟くように詠唱を始める。

 そして、僕の胸へと杖をそっと当てた。


 一瞬、胸の奥にじんわりと温かいものが広がった。

 それと同時に、ハルトの視界に細く淡い光の筋が現れる。

 僕とレインを結ぶ、パスの光。


 それは、かすかで儚い――けれど、たしかな絆の形だった。


 僕は、深く息を吸って、レインをまっすぐに見つめる。

 伝えたい思いがあった。

 パスのおかげでちゃんとこっちの言語で言葉にできそうだ。


「レイン、今日ダンジョンに行って分かったよ。

 やっぱり、魔法のせいなんかじゃない。

 僕の本心から、君を守りたいって思ったんだ」


 どうしてそんなふうに思えるのか。

 その理由は、とても単純だった


「……レイン。君のことが好きだ。

 だから、君を守りたいんだ。」


 レインの瞳が見開かれる。

 驚き、そしてすぐに、感情が溢れ出すように駆け寄って――


 ぎゅっと、僕を抱きしめてきた。


「私も……! 私もハルトが好き……!

 私も、ハルトを守る。

 もう、絶対に怪我なんてさせない。

 ずっと一緒よ……ずっと」


 ふたりは、ただ静かに抱き合った。


 もう、言葉は要らなかった。

 感じていた。

 同じ思いが、同じ気持ちが、そこにあることを。


「レイン、君の召喚獣になるよ」

 僕は小さく笑って言った。

「僕に何ができるかは、まだ分からないけど――」


 レインは、微笑みながら顔をあげた。


「バカね、もうたくさん守ってもらったわ。

 ハルトは私の召喚獣よ。

 いちばん強くて、やさしくて……ちょっと不器用な」


 僕は肩をすくめ、レインに向かって微笑んだ。


 やれやれ。僕は召喚獣になった。


 後悔はない。


 むしろ、誇らしさがあった。


 そして、もう一度、手を繋いで歩き出した。


 笑いあいながら、歩幅を揃えて。


 この先に何が待っていようと――


 きっと、大丈夫だと思えた。

【あとがき】


ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。


この物語『異世界で、君を守る召喚獣になった』は、ここで第一部完結となります。

ハルトとレインの冒険はまだまだ続いていきますが、続きについては一旦未定とし、今作は「完結扱い」とさせていただきます。

ただ、二人の旅路は、僕の中でまだ終わっていません。いつか必ず続きを書きたいと思っています。


現在は新作『融合スキルで武器無双!ゴブリンソードから伝説へ』を毎日更新中です。

地味なスキルでコツコツ成長していく物語を描いていますので、もしよければこちらも読んでいただけると嬉しいです。

https://ncode.syosetu.com/n3315ki/


今まで応援してくださった皆さまに、心より感謝申し上げます。

また別の物語で、皆さまとお会いできる日を楽しみにしております。

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