ルミナスフラウの夜
街について、最初に向かったのは鍛冶屋。
いつものガストンの店だ。
ショートソードを差し出すと、ガストンは一瞬、複雑そうな表情を見せた。
「こいつは……ゴブリンが持っていたのか。
ま、刃こぼれはしてるが、研ぎ直せば使えるだろう。
80ルアで引き取ってやる。」
「ナイフもあります。」
「こっちは5ルアだな。
合計で85ルアだ。」
礼を言って硬貨を受け取る。
喜びつつも、どこか胸の奥が少しだけ痛んだ。
続いて冒険者ギルドへ向かうと、いつも以上に混んでいた。
「私たちみたいに祭りの前に換金しようって冒険者が多いのかも」
順番を待ち、耳4つで40ルアを換金してもらう。
いつもはすべて銅貨で支払われるが今日は銅貨2枚、青銅貨20枚を渡された。
「お祭りでしょ?
小銭があったほうが便利だから、20ルア分は青銅貨にしといたわ」
受付の女性が言った。
「ありがとうございます!」
換金が済み、一度宿に戻る。
リュックを部屋に置き、店主に頼んでお湯とタオルを借りた。
交代で身体を拭き、着替えを済ませ――
「よし、出発ね! お祭りよ!」
レインが声高々にいった。
「うん、でも予算を決めておこう」
まさか、お祭りで破産はしないと思うけど念のためだ。
「もう、ハルトは真面目なんだから。
でもそうね。お金のことはしっかりしないといけないわね」
部屋の中でジャラジャラと硬貨を数える。
今日の儲けは125ルア。
新記録だ。
お湯代で先ほど4ルア払い、明日の宿代と朝食代でさらに40ルアを避けておく。
「残りは81ルアね。
すごい進歩だわ、私たち!
どうする、ハルト?」
レインの瞳は期待に輝いていた。
言わなくてもレインが言いたいことが分かった。
僕もお祭りでケチケチするのは嫌だった。
「じゃあ、81ルアが予算で、残ったら全部パーティ共通貯金にしちゃうのはどうかな?」
「そう来なくっちゃハルト!」
レインは飛び上がって喜んだ。
「そうだ、81ルアはハルトの方の袋に入れておいてよ」
レインから硬貨を受け取る。
確かに、レインの皮袋にはいざという時の150ルアも入っている。
落としたりしたら大変だ。
「了解、じゃあ今度こそ・・・」
「お祭りに、出発ね!」
レインが再び宣言した。
そして僕たちは、ルミナフラウの花が咲き誇る、西区の祭りへと向かった。
西区の広場に足を踏み入れた瞬間、二人は思わず立ち止まった。
満開のルミナフラウの木が、広場の中心に堂々と立っていた。淡い紫の花が、十字のような四枚の花弁を開き、夕暮れの空を背景に優しく揺れている。
「……きれい……」
レインがぽつりと呟く。
「うん、すごく神秘的だね」
確かにこんな綺麗な花なら、女神の癒しの力って話もちょっと分かる気がする
花をしばらく見上げていると、ふわりと香ばしくいい匂いが鼻をくすぐった。
「……おなかすいたかも」
レインがポツリと言った。
「確かにね。ちょっと見て回ろう」
広場には数多くの露店がルミナフラウの木を中心に大きくぐるりと取り囲むように、所狭しと軒を連ねていた。
匂いにつられ、一軒の露店にたどり着く。
覗いてみると、どうやら串焼きのお店らしい。
串のサイズによって値段が違うようで、一番大きい串はこぶし大の肉が四つほど刺さっており、値段は8ルア。
食べ応えがありそうだ。
「一番大きいのを頂戴!」
レインが元気よく言った。
僕も負けじと大きい串をもらう。
「こんなに大きな串にはお酒が必要ね。」
レインがニヤリと笑って言った。
別の屋台でエールを売っていたので買う。
木のジョッキに並々とエールが注がれる。
ジョッキを返すと1ルア返してくれるそうだ。
「たまにはエールもいいわね」
レインが幸せそうにエールの泡を見て言った。
「そうだね、お祭りだし、こういうのもアリでだね」
二人は、広場に並べられた簡素なベンチとテーブルに座って、さっそく食べ始めた。
肉は焼き立てで、香辛料も効いており絶品だ。
「おいしいわね!」
レインが感動した声で言った。
「うん、すごくおいしいよ、これ!」
普段の宿屋の料理もかなりおいしい部類だけど、
外の風にあたりながら食べる串焼きは特別においしく感じた。
これをエールで流し込んだら最高だろうと思って、エールを一口飲む。
「……ぬるい……」
麦の香りは良かったが、体が冷えたエールを期待していたので思わず声が漏れてしまった。
宿でだされる葡萄酒だって常温なのでこっちでは常温が当たり前なのかもしれない。
「何言ってるの、普通のエールじゃない」
レインが不思議そうにいった。
「うーん……僕のいた世界だとエールはキンキンに冷えているイメージなんだけどな」
そういえばエールは常温で飲むほうが美味しいみたいなことをテレビでやっていたのを見た気がする。
そもそも、ビールとエールの違いもあまりよく知らない。
あまりお酒について、詳しく学んでこなかったので今となってはもう確かめようがないが、それでもキンキンに冷えたビール的なものを期待したので少しがっかりした。
「そうだ、いつかレインに氷の魔法を覚えてもらって、それでエールをキンキンに冷やしてみようよ」
そうすれば、常温と冷やしたもののどちらが美味しいか飲み比べができる。
「そんなことのために魔法を使うなんてバカらしいわよ」
レインはあきれながらいったが口調はどこか優しかった。
少し休んだ後、再び露店巡りを始めた。
ふと、ダンジョン入り口の救護テントと同じ紋章がついた屋根の露店が目に入り、覗いてみる。
そこではルミナフラウの花の形をしたクッキーが売られていた。
白い衣装の年配のシスターが、にこやかに対応している。
教会が出しているお店のようだ。
クッキーは手のひら大で一枚1ルア。
2枚分の料金を支払うと、シスターが視線でさりげなく横の壺を示した。
どうやら寄付の催促をされたみたいだ。
さらに1ルアを取り出してツボに入れる。
シスターは深く頷いて、やわらかな笑みを返した。
クッキーをかじりながら再び露店を物色する。
「素朴な味だけど悪くないわね」
レインがポリポリとクッキーを齧りながら言った。
「そうだね」
確かに味は思ったより甘くなく、まさに素朴な味わいだ。
ただ、そんなクッキーもルミナフラウの花の下で食べていると、それだけで特別な気がした。
続いて、腸詰の焼き屋台へ。
一本2ルア、二本買う。
一口齧ってみる。
「わ、けっこう辛いね!」
「これは追加のエールが必要ね!」
レインも一口齧りながらまたもニヤリと笑って言った。
先ほどのエールの店に行き、お代わりのエールを注いでもらう。
お代わりの場合は一杯4ルアだ。
そのままエールを片手に露店を回った。
キノコとチーズの串焼きが一本、2ルア。
ひき肉と野菜を包んだパンが一個、3ルア。
リンゴのような小さな果物が一つ、1ルア。
美味しそうなものを見つけては、次々と買って胃の中に詰め込んでいった。
お腹も心も満たされていく。
「流石にお腹が膨れてきたわね」
レインが満足そうにお腹をさすりながらいった。
「うん、だいぶ満喫したね」
僕らは一度、エールの店に戻り、ジョッキを返して2ルアをもらい、
食べ物以外の露店を回ってみることにした。
ふと一軒の露店の前でレインが足をとめた。
「これ、可愛い……パーティのお金、これに入れようかしら?」
視線の先にはルミナフラウの刺繍が施された小さめの皮袋があった。
「いいね。最近はルアも増えてきたしね。」
皮袋は4ルア。
嬉しそうに受け取るレイン。
さっそく、僕が持っていた今日の予算を移し替えた。
数えてみると残りは30ルアちょうどだった。
次の露店を見てみようと歩き始めようとすると、広場の中心から歓声が上がった。
振り返ってみると、どうやらライトアップが始まったらしい。
ルミナフラウの大木の周囲に、ふわりと浮かび上がる光の球。
あれが魔導灯だろうか。
ふわふわと宙に浮き、満開の花々を照らし出す。
紫の花が金色の光に包まれ、まるで星々が地上に舞い降りたよう幻想的な風景だった。
「……すごい……」
レインがあっけにとられたように呟いた。
しばらく幻想的な風景をただ黙って眺めていた。
「来年も絶対見に来ましょう」
レインがいった。
「うん……来年も、絶対見よう」
僕は頷きながら、ふと昼間のショートソードのことを思い出していた。
きっと誰かのものだったのだろう。
それを今、自分たちは持ち帰ってきた。
だけど、きっと自分たちは大丈夫。
レインの横顔を見ながら、そう自分に言い聞かせた。
祭りの余韻に浸りながら、宿へ帰る。
道すがら、ふと話題は“好きな食べ物”へ。
「ねえレイン、好きな食べ物ってなに?」
「言わなくてもわかるんじゃない?お肉よ!」
「そうじゃないかと思ってたよ」
僕は半笑いで言った。
宿で食事するときはレインはいつも必ずお肉から手を付けていた。
「村じゃあまり食べられなかったのよ。
そういうハルトは好物のたこ焼きがお祭りに売ってなくて残念だったわね。」
レインがおどけたように言った。
「勝手に好物にしないでよ。
あくまで僕の世界のお祭りの定番ってだけだよ。」
「じゃあ、何が本当に好きなの?」
「うーん、やっぱりお寿司かな。」
「お寿司?それってどんな食べ物なの?」
「えーっと、生の魚を薄く切ってお米に乗せた食べ物・・・」
言っている途中でもしかして引かれるかもと思った
「……っ」
案の定、レインが固まっている。
「ハルトって、やっぱりちょっと変なもの好きよね……」
「いやいや、絶対食べたらレインも好きになるって!」
「食べないわよ。
ハルト、そんなの食べたらお腹壊すわよ・・・」
レインはもはや心配そうな口調でそういった。
そんな話をしながら、宿の部屋にたどり着いた。
「おやすみ、レイン」
「おやすみなさい、ハルト」
夜の挨拶を交わし、床に寝転がる。
そういえば明日は何の話しようか、って言おうとしたけど
瞼が重く、そのまま意識を手放した。
部屋には静かな呼吸だけが残り、窓の外ではまだ、祭りの灯が揺れていた。




