第239話 ラックラビット
「皆、あっという間にいなくなってしまったな……」
スタートと同時に、全員全力ダッシュで森に入って行った。
流石は普段から狩りを生業にしている獣人だけのことはある。この辺の森など庭のようなものなのだろう。我先にと狩場へと向かっている。
『お主は全力で走らぬのか?』
俺の横を並走するダキーニが話し掛けてくる。皆が走っているのを見て自分も走りたいと言い出したのだ。
「お前がついてこられるのか?」
小さな身体で目一杯四肢を伸ばして走る。その姿はどこかほっこりするのだが、これ以上飛ばすと置き去りにしてしまいそうだ。
「そもそも、俺に勝ち目がない勝負なんだよ」
勝負を受けた時から、半分勝つのは諦めていた。
戦闘力という面で見れば、俺はかなりの強さを誇っているし、ベックさんに遅れはとらないだろう。
「冒険者時代には素材収集で森に入ることもあったが、フェニやパープルを頼りにしていたからな」
だが、一人で何でもできるわけではなく、足りない部分を従魔に補ってもらっていた自覚はある。
そんな俺が、狩りで生計を立てている獣人相手に森で競うのは不可能だろう。
「まあ、勝てなくても一向に構わないんだよ」
今回の勝負の目的は、ベックさんに勝ってもらって兄権を彼に返上すること。
俺は別にキャロルの兄ではないし、彼らの対立に巻き込まれるつもりもない。
『そうなのか? あの獣人の娘はお主を慕っているようだったが?』
「あいつはいつだってわがままで周囲を引っ掻きまわすからな」
屋敷でセリアや俺と三人ですごした時間を思い出すと口元が緩む。それだけ俺たちの生活にキャロルが溶け込んでいる証拠だった。
そんなことを考えながら森を探索していると……。
「見つけた」
『むっ?』
俺たちは立ち止まると茂みに注目する。
『ピスピス』
そこにいたのは少し色が普通と違う野ウサギで、鼻を鳴らし草を食べている。その姿がとても愛らしくいつまでも見ていたくなる。
『うむ。旨そうな小動物である』
ダキーニはよだれを垂らすとそんな感想を口にした。
こいつは霊獣という話なのだが、生き物だろうと植物だろうと遠慮なく食べようとする。
『仕留めないのか?』
ダキーニがそう言うが、このような小動物を狩ったところで大した量の肉を取ることができない。
『この生き物は肉が柔らかくて美味いぞ?』
大物だけ狙えばいいかと考え、ダキーニの言葉を無視していると……。
「あっ!」
矢が野ウサギの喉を貫く。一瞬で野ウサギは絶命してしまった。
「ラックラビットゲット!」
現れたのは弓を肩に担いだキャロルだった。
彼女は仕留めた兎の耳を持つと俺に向かってピースサインをして見せる。
どうやらキャロルには動物を愛でるという考えが一切ないらしい。
「クラウスもまだまだ甘い、ウチが狙っていることに気付いていなかった」
確かにキャロルの言う通り、ダキーニと話していた分周囲への警戒が薄かったのは認めざるを得ない。
「貴族になって腕が鈍ったね?」
キャロルは憐れむような視線を俺に送るとそのまま走り去っていった。
その一言に怒りが湧き起こる。
誰が好き好んで毎日書類仕事をしていると思っているのか、キャロルにはわからないだろう。
狩猟会だって貴族の付き合いで嗜んでいるのだが、複数人グループで移動してのんびり狩りをするので上達するはずもない。
「いいだろう……」
『どうしたのだ?』
「俺の本気を見せてやる!」
キャロルにだけは絶対に勝つ。俺はそう決めると全力で狩りをするのだった。




