第237話 ベックから勝負を申し込まれる
「キャロル様、まだお稽古の途中です!」
珍しく着物を着ているキャロル。着物はおとなしい女性が着るものだという先入観があったのだが、意外と似合っている。
「まったく、ノックスからステシアにいると聞いていたのだが、このような粗暴な姿になっているとは嘆かわしい」
ベックさんは頭に手を当てると苦々しい表情を浮かべる。
「そうなんですか?」
「昔は『ベック兄様』と言いながら後ろをついてきたものなのだが……」
ベックさんは自慢するかのように話を始めた。口元が緩んでおり、幼いころのキャロルを思い浮かべているのだろう。
「クラウスの方が面倒見てくれるし、口うるさいベック兄ぃはもういらない」
ーーピシッーー
次の瞬間、ベックさんが固まる。その気持ち俺には良くわかる。
本人は何気なく言った一言でも妹からの拒絶はとても堪えるのだ。俺もセリアに拒絶された日には同じような反応をしてしまうだろう。
そんなことを考えている間にもベックさんの余裕が失われていく。
「さ、流石に人族を兄のように慕うのはおかしいだろっ!」
「クラウスは初めて会った時に口元が汚れているのを拭いてくれた」
「ああ、あったなそういえば」
幼いころのセリアを思い浮かべて咄嗟に拭いてしまったのだが、あの時のキョトンとした顔は忘れられない。
「他にも、御馳走を食べさせてくれたりする」
それは主にセリアの担当だ。セリアもキャロルのことを気に入っているので、嬉々として世話をしているのだが、扱いに関しては他の従魔と大差がない。
「ご、御馳走なら俺だって用意したじゃないか! お前が帰ってきた時に!」
比較にならないとばかりに首を横に振るキャロル。
ベックさんは唇を噛むと悔しそうに涙を浮かべ俺を見た。どうしろというのだろう?
「他にも、ウチが魔物に重傷を負わされて回復した時も抱きしめてくれたし、狩りにも付き合ってくれる」
段々ヒートアップしてきたキャロルは俺との思い出をベックさんに聞かせ始めた。
「狩りなら俺だって得意だ!」
ベックさんは胸に手を当てそう主張するのだが……。
「つまり、ベック兄ぃは兄失格」
「なん……だ……と……?」
キャロルに指を指され稲妻を受けたようなショックを受けるベックさん。妹のことを思って行動しているのに伝わらないのは同情してしまう。
このままだと収拾がつかなくなるのではないかと考えていると……。
「話は聞かせていただきましたっ!」
襖が開きシアンが立っていた。
「シアだ」
「二人とも知り合いなのか?」
突然のやり取りに驚く。
「ん、馬車で話をした自慢の幼馴染み」
そういえば言っていたが、呼び名が違ったので気付かなかった。
「駄目ですよ、キャロルちゃん!」
シアンは前屈みになると腰に手をあてキャロルに詰め寄る。
「ベック兄さんはキャロルちゃんのことを大切に思って言ってるんだから!」
口ぶりからしてどうやらシアンもここで一緒に育ったらしい。
そういえば以前、生まれてすぐに親元を離れたと言っていたが、ここのことだったのだろう。
「むぅ……」
頬を膨らませるキャロル。いつもよりも言動がさらに幼い気がする。
このまま仲裁してもらえれば助かると思っていると、ベックさんが復活した。
「良いだろう。そこまで狩りが得意というのなら……。クラウス殿! 俺と勝負してもらおうじゃないか!」
そう言って俺に指を突きつけてくる。
「どちらがキャロルの兄に相応しいか勝負しろ!」
「ええっ⁉︎」
俺はまた厄介ごとに巻き込まれてしまうのだった。




