第204話 魔技師テリーヌ
城を出て彼女が連れてきたのごく普通の店だった。
貴族区域にあるので、当然しっかりとした外見をしており、中では裕福な人間が買い物をしている。
防犯対策のアテというからには、どこか秘密の魔導具を扱う店を期待しただけに、想像を外されたと感じる。
俺は先に扉を開けようとノブに手をかけるのだが……。
「クラウス、どこに入るつもりなのですか?」
彼女はそう言って俺を止めた。
「えっ? こちらの店に用があるのではないのですか?」
てっきりここだと思ったのだが、彼女は首を横に振る。
「違いますよ、そっちの店に用があるのです」
彼女が指差した先には狭い路地がある。言われなければ気付かない、人が一人通れるかという路地でその先には何やらボロい建物が立っていた。
「本当にここに入るつもりですか?」
他の店がショーウインドウに商品を飾っているのに対し、目的の店はショーウインドウにも暗幕がかけられている。はっきり言ってとても胡散臭い。
「ええ、そのつもりですが?」
オリビア王女は当然とばかりに頷く。
俺がためらっていると、彼女は扉をノックし、中からドタバタと足音が聞こえてきた。
しばらく待っていると、扉がガチャリと開き女性が顔を見せた。
「いらっしゃい! お客さんかな?」
鮮やかな桃色の髪にパッチリとした赤い瞳。魔導師のドレスを身につけており、髪がピョンと跳ねている。
「テリーヌ。貴女は相変わらずですね」
オリビア王女は腰に手を当てると呆れた表情で彼女に話し掛けた。
「うぇっ! 王女様⁉︎」
テリーヌと呼ばれた女性は、オリビア王女を見るなり仰け反った。変装している彼女の素顔を一発で当てたことに驚く。彼女の素顔を知っている者は少ないし、変装しているのを見破れるのは相当親しい間柄ないと不可能だ。
「どうしてここにっ⁉︎」
彼女は必要以上にオリビア王女をおそれているようだ。
「貴女に相談があるからですよ」
一方、オリビア王女の方は普段通りといった様子で彼女に話し掛ける。一体どのような間柄なのか気になる。
「王女様が私に相談? 何で?」
テリーヌさんは首を傾げると涙目になる。本当に一体二人の間に何があったのやら?
「もしかして、ここに来たのはあの件について相談するつもりなんですか?」
わざわざ連れてきたからには、先程の件が関係しているのは間違いない。俺は彼女にこそりと聞いてみた。
「そっちの彼は? 王女様の護衛?」
すると、テリーヌさんは初めて俺を認識した様子でこちらを見る。
「紹介します、こちらはルミナス男爵です」
「クラウス・デ・ルミナスと申します」
俺は宮廷作法に従い彼女に一礼をする。
「へー、この若さで男爵かぁー。凄いんだね」
彼女は俺を観察すると、感心した様子でそう言った。
「彼はテイマーで、こう見えて多くのモンスターを従えているのです」
オリビア王女はテリーヌさんに俺の素性について話した。
「君があの有名人⁉︎」
テリーヌさんは驚きながら俺を指差した。
「知っていたのですか、テリーヌ?」
「そりゃ流石にね! ふーん、王女様と二人で……仲が良いんだね?」
彼女は何か含みを持たせた笑みを浮かべて俺たちを見た。
「ええ、まあ?」
「頼りにさせてもらってますので」
俺たちは首を傾げる。オリビア王女は俺にとって頼りになる上司だし、一緒にいる時間も長い。
「それで、どうして彼女なんですか?」
一見するとそれ程凄い人物には思えない。俺はなぜ彼女がここに連れてきたのか聞いてみる。
「まともな方法では解決できないからよ。彼女は変人なの」
「なっ! いくら王女様だからって失礼にも程があるよっ!」
歯に衣着せぬ答えにテリーヌさんは拳を振り上げて怒りを露わにした。
「だってそうではありませんか、変な魔導具ばかり扱ってるんだし」
「し、失礼な⁉︎」
オリビア王女の物言いにテリーヌさんが憤慨して見せる。
「彼女は一体何者なんですか?」
俺は小声でオリビア王女に話し掛ける。
「そういえば、私の方が名乗ってなかったね」
俺の呟きが聞こえたのか、テリーヌさんは一歩引くと自己紹介を始めた。
「私はテリーヌ。最年少で宮廷魔導士十席に籍を置いていた凄腕魔導師にして、現在は王都に店を構える天才魔技師だよ」
物凄い経歴なので驚いた。自信満々なわけだ。
ところが、そんなテリーヌさんを見たオリビア王女は、
「宮廷内で危険な実験ばかりするので始末書が溜まり、最後は実験の失敗で研究所を破壊して首になったのです」
「うぐっ!」
容赦ない一言で彼女の心を抉る。
「何さ……爆発なしに魔導文明の進歩はなかったんだからね!」
苦し紛れに言い訳をするテリーヌさんだが……。
「そこまで言うなら見せてあげる。私の研究の成果を!」
彼女はそう告げると、俺たちを店内へと案内した。




