『3、最新式の魔導具』
いくら仰々しい決意をしたとはいえ、少し様子見が必要だろう。
俺はベッドの淵に腰かけながら、そのようなことを考えていた。
俺はただでさえ問題児のように見られている節がある。
前世を思い出すトリガーになった行動なんてバカの極みだし、そう思われるのも仕方がないことではあるのだが。
下手をすれば死んでいた可能性すらあったのだから。
「僕はこれから真面目に勉強します!」
ともかく、そんな風に思われているのに、このようなセリフを言ったらどうなるだろう。
結果は明白である。完全におかしい奴扱いだ。
病気を疑い国内外から医者をかき集めてくるかもしれない。
もしくは暑さにやられて記憶や性格がおかしくなったと思われるか……。
うん。どっちにしろ医者を呼ばれることに変わりはない。
俺は至って正常だし、そんな無駄な労力はかけさせたくないな。
前世の記憶を取り戻しただけで、狂ってなどいないぞ。
そこまで考えた時、ふと自室に関して違和感を覚えた。
七月にしてはやけにこの部屋、涼しくない?
仕掛けを探ろうと再び部屋を見回すと、隅っこに変な器具がくっついているのを見つけた。
リルが部屋に入ってきた時に寄っていたところである。
全体が銀色をしており、上に風を送っているところとボタンが数個ついていた。
この器具がこの部屋を涼しくしているのか。
俺はドアから顔を出し、外に控えていた執事のカルスを呼び寄せることにする。
涼しい部屋に入ればいいのに、なぜ外で立っている必要があるのだろうか。
少し理解に苦しむが、誰も疑問を挟まないあたり、それが執事の在り方なのだろう。
“王族と同じ部屋に入るなんて恐れ多い”とか思ってそうだし。
「カルス、ちょっと部屋に入ってきてくれない?」
「了解いたしました」
恭しく一礼しながら部屋に入ってくるカルス。
カルスは日本人のような黒髪に黒い瞳を持つ人物で、俺付きの執事。
ちなみに実年齢は三十三歳らしいが、二十代と言っても通りそうな若々しい顔をしている。
「ちょっと聞きたいことがあってね。これ何? この部屋を涼しくしている装置みたいだけど」
前世でいえばクーラーにあたるのだが、この世界では何と言うのだろうか。
変な器具を指さしながら尋ねると、カルスは納得したように頷く。
「それは魔導具というものです。今はリレン様の魔力を吸い取って部屋を涼しくしているのです。確かにリレン様にとっては不思議な品でしょうが、この王城でもたくさんの場所に使われていますから覚えておいて損はないかと」
おお、魔力。魔法が使えるとは聞いていたが、やっぱりあるのか。
ロマンが広がるね。
そして変な器具は魔導具だったのか。ラノベでもよく出てきてたわ。
魔力が無い主人公が使おうと思ってもうんともすんともいわないやつ。
俺の魔力で動いているということは、俺には魔力はある。
まずはそれに一安心だ。魔法が全く使えないのは勘弁してほしい。
せっかく魔法が使える世界に来たんだから使ってみたいじゃん。
「でもこれリルがつけたんだよ? 誰がつけても僕の魔力を消費するの?」
「ええ。登録機能が付いてますから」
「なるほどね。でも、ずっとつけていると魔力切れしない?」
魔力は有限と相場が決まっている。確かめておいて損はないだろう。
切れたらデメリットがあるのかどうかも重要なポイントだ。
あるのなら魔力の残量には気を配っておかないといけないからね。
「そうですね。魔力が切れると体が重くなったり、無性に眠くなったりします」
カルスはそう言って微笑む。
なるほど、必要以上につけるのは避けたほうがよさそうだ。
誰もいない部屋に、貴重な魔力を使ってまで冷気を送る必要もない。
「やっぱりか。ちなみに魔力を吸い取れる範囲はどのくらいなの? この部屋全体くらい?」
「その魔導具は最新式ですが……そうですね。この部屋全体くらいでしょう」
それでも十分凄いと思うけど。この部屋だけでも前世の部屋の十倍はありそうだし。
最新式という触れ込みは伊達ではないな。
魔導具のことはある程度分かったし、今度は一番気になっているところを突いてみるか。
「魔力があるってことは、魔法も使えるんだよね?」
知ってはいるが再確認の意味も込めて尋ねると、カルスは小さく頷いた。
「ええ。まあ本格的に使えるようになるのは七歳からですけど」
「ちょっと詳しく説明してくれない? メッ……すごく気になる!」
うっかりメッチャとか言いそうになった。興奮した時は普段の倍くらい気を付けよう。
この世界に存在しない言葉なんか使ったらそれこそ頭のおかしい人だよ。
「まず、この世界の魔法は火・水・風・土・光・闇の6属性に分かれています」
まあ基本的な分割だろうな。問題はその中に何が入っているかだ。
「光魔法の中には回復魔法や聖魔法が、闇魔法の中には支配魔法や毒魔法が含まれていることも大きな特徴でしょう。普通はそれに適正というものがありまして、限られた属性しか使えないんですよ。例えば私は光魔法を使えませんが、これは光魔法の適正が無いからなんです」
「普通は?その言い方だと例外があるのかな?」
「ええ。例えば、国王様は全属性を操れますね」
お父様は全属性を使えるのか……。凄いな。さすが国王。
俺も全属性使えなきゃダメだとか言われたら嫌だな。
女神さんに剣より魔法が使いたいって言ったから、何とかなってないだろうか。
「ちなみに適正はある本を使えば分かるのですが、その本を使えるのが七歳からなんです」
「それで魔法は七歳からって事か。今から楽しみだなぁ!」
興奮で頬を上気させる俺を微笑ましい目で見つめるカルス。
生温かい視線に気づいた俺は一息ついた後、余裕の表情で尋ねる。
無かったことにする作戦だ。まあカルスには通じないだろうけど。
「ねえ、カルスって何魔法が使えるの?」
「私は風と水と氷ですね。風魔法なら安全な魔法がありますから使ってみましょうか?」
「それだよ! さすがカルス。分かってるね!」
想像以上の食いつきだったのだろう。カルスが若干、引き気味に俺から距離を取る。
さあ、初めて目の前で見る魔法だぞ……。
また子供っぽい態度を取ってしまったが、もういいだろう。
俺の見た目は好奇心旺盛な五歳児だし大丈夫だ、問題ない。
「我に眠る魔法の根源、魔力よ。この部屋に集いて風となれ。そよ風」
詠唱と共にそよ風が部屋に吹いた。部屋の冷気と混ざってとても心地よい。
「すごい……本当に風が起きた!見せてくれてありがとう!魔法上手だね」
自分の魔法を褒められ、まんざらでもなさそうなカルス。
あくまで俺から見た基準なので実際はどうだか分からないが、カルスの風は方向も強さも完璧だった気がする。
とっても気持ちよかったです。
「そういえば教育係の先生はどこにいるんだろう?」
「北の端にある図書館にいますね。昼食後にご案内いたします」
声に違和感を感じて、見るとカルスが目を見開いていた。
そんなに俺が勉強に意欲的になっているのが信じられないの?
そこまで露骨に驚かれると少し傷つくんだけど。
今までの俺とは違うんだからね?
「リレン様、昼食が出来ました……ああ、涼しい!」
ドアが開き、顔を出したのはリル。どうやら俺を呼びに来たようだ。
「まあ、魔導具を使っているからね。悪いけど、僕が部屋を出たら切っといてくれる?」
「分かりました。いってらっしゃませリレン様」
「うん。ありがとう、カルス」
前世では考えられないほどゆったりとした時間だったな。
これからはのんびり出来なさそうだから、貴重な時間だったのかも。
そんな事を考えながら、俺は食堂に向かうのだった。
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