『37、いざ、出立!』
出発の日の6鐘45分、俺は馬車の前に立っていた。
車体は赤をベースとして金の紋章が入っており、とても豪華だ。
豪華な分、この馬車が走っていれば誰でも王族が乗った馬車だと分かってしまう。
――まさかとは思うけど襲われたりしないよね?
戦慄する俺の肩が優しく叩かれた。
振り返ると、バスケットを持ったフローリ―と銀の鎧を着たフェブアーのレイン親子がいた。
後ろには馬用の餌を携えたカルスもいる。
荷物を積むのだと思って脇に避けたが、そのまま誰も動こうとしない。
「どうしたの?重いだろうし、馬車に乗せちゃいなよ」
「は、失礼します」
大げさに一礼したフェブアーの先導の下、荷物が積まれていく。
首を傾げる俺に、バスケットを積んだであろうフローリ―が近づいてきた。
「王族が乗る馬車の場合、王族の人の許可が無いと荷物を積めないんですって」
「えっ、そうなの!?」
驚いた俺がカルスに視線を送ると、カルスは小さく頷いた。
「王族が信頼している人物しか許可しない。即ち不審者に積ませないということです」
「馬車の中で爆発などが起きたら、いくら護衛がいてもお手上げですから」
フェブアーも苦笑しながら付け加える。
確かに自分の隣で爆発されたら死ぬよな。というか即死だよ。
こういうことを学ぶ度に、いかに日本が安全だったかが分かる。
こちらの世界は魔法があるだけ、とても厄介だ。
遠くから火魔法で爆発を起こされたりしたら、それだけでアウト。
ある意味最大の脅威である。
「リレン様、荷物が積み終わりました。今すぐにでも出発できます」
「分かった。朝早くからありがとね」
報告に来たメイドにお礼を言うと、フランぺのように火柱を一瞬だけ発生させる。
これは準備が終わったという合図だ。
待ってましたとばかりに、家族とボーランが城から出てきた。
どうもボーランの姿が見えないと思ったら、父上たちと一緒にいたのか。
「リレン、頼んだぞ。王族代表として領民たちを救ってきてくれ」
「僕は国王様より事情を伺っております。いざというときには頼って下さい」
父上とボーランに大きく頷くと、お姉さま2人が袋を渡してくれる。
「ここには白金貨2枚が入っているわ。いざという時には使いなさい」
「元気で帰ってきてね、リレン」
お姉さまたちは目に薄っすらと涙を浮かべていた。
俺は2人を安心させようと微笑む。
「僕は大丈夫です。必ず元気で帰ってきますから」
母上にも大きく手を振り、こみ上げてくる涙を隠すように勢いよく馬車に乗り込んだ。
ボーランとフローリーもワンテンポ遅れて入ってくる。
俺の様子を見て一瞬フリーズしたものの、何も言わずに向かい側の椅子に座った。
全員が座ったところで、御者席に座ったカルスの声が響く。
「そろそろ出発しますよ。領地巡りの旅へ・・・」
「「いざ、出立!」」
俺とボーランの声が揃う。
フローリーは涙を流しながら叫ぶ俺にギョッとした視線を向けているが関係ない。
この掛け声は2人でやろうと計画していたのだ。
別れ際のジメっとした空気が吹き飛んだ気がする。やっぱり旅の初めはこうじゃなきゃ。
しばらく朝日に照らされた王都の景色を眺めていると、門に着いた。
この門で王都を出入りする人や馬車は厳しく検査されるはずなのだが、この馬車はどんどんと脇に逸れていく。
「あれ?門で検査してもらうんじゃないの?」
「貴族専用の出口がありますからそちらに行くんです。僕の家も使ってますよ」
質問に答えてくれたボーランはリック伯爵家の跡取り息子だ。
イグルと同じく貴族という感じはしないため、俺としても話しやすい。
ボーランもフローリーも7歳だと聞いていたが、お互いが凄くしっかりしている。
貴族の跡取り息子がみんなこうだとしたら英才教育が怖いぞ。
まあ、フログのような奴もいるくらいだから、本人のやる気次第なのかもしれないが。
「リレン様は博識ですが、自国の事だと途端にダメになるというのは本当だったのですね」
フローリーがクスクスと笑いながら言う。
フェブアーめ。自分の娘にそんなことを吹き込んでいたのか。
次の休憩時間にでもお仕置きだな。
「王城の馬車とお見受けられるが、どなたか王族の方はおりますか?」
外から聞こえてきた言葉に、俺は窓から顔を出す。
「僕がいます。第1王子のリレン=グラッザドです。領地巡りに行くんですよ」
「リレン様、失礼いたしました。どうぞ、お通り下さい」
検査を担当していたであろう衛兵は、俺の顔を見るなり許可を出した。
一発で王子だと分かるくらいに俺は知られているの?
「僕、初めて王都の外に出ました・・・。まだ見ぬ外、楽しみだなぁ・・・」
ボーランが輝きに満ちた目をしたと思えば、フローリーも大きく頷いている。
俺も初めてだし、全員が王都から出るのは初めてらしい。
これは面白い旅になりそうだな。
「フローリー、今日の予定とか聞いてる?」
「聞いておりますわ。12鐘ほどに昼食休憩、18鐘ごろに宿場町に行く予定です」
フェブアーは護衛の任務のため、事前に予定を知っていると思ってた。
それを娘であり、俺たちの話し相手でもあるフローリーに話しているだろうことも。
懐中時計を見ると現在時刻は8鐘30分。休憩までは4刻ちょっとある。
さすがに何もしないのは退屈だよなぁ。みんな馬車でどんな事しているんだろう?
「ボーラン、普段は馬車で何をしているの?」
「大抵は会話をしていますよ。父上は職務が忙しく、お話する機会もなかなか無いので」
貴族当主の仕事量など知らないが、想像を絶する忙しさだろう。
リック伯爵家にとっての馬車は、父子の会話をする大切な機会なんだな。
「あ・・・期待した答えでは無かったかもしれませんが・・・」
「ううん。じゃあ僕たちも話そうか。フェブアーの事とか知りたいな」
申し訳なさそうに付け加えるボーランに首を振る。
俺の護衛隊長、フェブアー=レインの素顔とか聞けたらいいよね。
あっちもどうやら俺の情報を勝手に漏らしているみたいだし。
「分かったわ。お母さんの秘蔵情報なら沢山あるわよー」
黒い笑みを浮かべるフローリーに若干引き気味になる俺たち2人。
どちらからともなく顔を見合わせて苦笑いする。
いざ聞いてみると、面白いことや興味深い話が出るわ出るわ・・・。
女子というのはこんな細かいところまで見ているのかと思わせる内容もいくつかあった。
まず、家でのフェブアーは普段の凛々しい態度からは想像もつかないほどドジっ子らしい。
その中でも極めつけのエピソードは、砥石と間違えて炭で剣を砥いでいたことだろう。
普通、硬さなどで気づくはずなのにフェブアーは全く気付かなかったそうだ。
もうドジっ子の範疇を超えている気がするのだが。
その他も色々な話をしているうちに馬車がスッと止まる。
懐中時計を見ると12鐘40分であり、予定より40分遅れでの休憩だと分かった。
「なかなか良い平原が見つからず苦戦しましたよ・・・」
「周りが山に囲まれている平原が、王族旅行の絶対条件ですからね」
カルスとフェブアーがグッタリとした表情をしている。
その理由は、護衛がフェブアー1人しかいないからだ。
王城の守備を疎かにするのは良くないので、護衛は各郡から出してもらう予定である。
しかし、郡の境界線はいくら護衛という名目があっても越えられない。
その為、ガードン郡と第1の目的地、ドク郡の境目に行くまでは1人だけ。
つまり、安全な休憩場所を見つけるにも一苦労するという訳だ。
「わざわざありがとう。昼ご飯をゆっくり食べな・・・って言いたいところなんだけど、今から食べるのは僕が作ったものじゃないんだよねぇ・・・」
昼ご飯はフローリーが持ってきたバスケットに入っていた。
匂いからしてサンドイッチらしいが、護衛の分まであるがどうか分からない。
ましてや作った人でもない俺が口出しするのは失礼だろう。
「そう言うと思って少し多めに作っておきましたよ。どうぞ食べてください」
フローリーがそう言い、カルスに向かってバスケットを押しやった。
当のカルスは面食らったような表情をしていたが、やがて1つのサンドイッチを取る。
中にはタレに漬けられている肉が入っていて、見た目はとても美味しそう。
「ではいただきましょうか。リレン様から選んでいいですよ」
「言葉に甘えて・・・これを貰おうかな」
俺が選んだのは、見たことが無い魚が挟んであるサンドイッチだ。
食べてみると、あっさりとした味わいが、魚と一緒に挟まれている香草にとても合っている。
今まで食べたサンドイッチの中で、一番美味しいサンドイッチに違いない。
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