『30、エピローグ~新たな従者~』
俺は父上の執務室に入ると、二年前の戦の資料を見つめる。
今回の事件は全て二年前の事柄が原因で起こったものだ。
そうだとすれば、当時の資料に何か手掛かりがあると踏んだのである。
複数の資料を読み、三英傑の話とつなぎ合わせた結果、全貌を掴むことが出来た。
それは以下の通りである。
まず二年前、郡の領主たちが次々と原因不明の病に斃れたのが混乱の始まり。
次期領主の椅子を巡って一族同士の争いが激化。王国の政治は大きく揺れた。
そんな王国内の混乱に目を付けたのが件の四国である。
彼らは合計十五万の大軍をグラッザド王国に差し向け、王国の滅亡を狙ったのだ。
だがその野望は五人の英雄によって阻まれることになる。
北のアラッサム王国の三万を敗走させたフェブアー=レイン近衛騎士団付き軍師。
南のエルハス王国の一万五千、西のウダハル王国の一万を相次いで敗走させたラオン=フォルス伯爵。
この二人はその功績が認められ、近衛騎士団長、公爵の地位を手にする。
だが、その二人を持ってしても、東のイワレス王国の九万五千は全く手に負えなかった。
その原因は、圧倒的な兵数の差があったからだと言われている。
当時の自軍兵数は、フェブアーが八千、ラオン公爵に至ってはわずか六千。
九万五千は、彼らにとっては十倍以上の兵数差があったのだ。
しかし、今の宮廷魔術師、マークが籠城戦で時間を稼いだことで、戦は膠着状態に陥る。
二週間ほどにも及んだ膠着状態を打開したのは、王城に仕える戦闘のプロたちであった。
《白銀の騎士》と呼ばれた副騎士団長のミグレー。
《闇使い》の宮廷魔術師、ブラウンド。
そして《戦う宰相》の異名を持つパープルズ。
三人は自らたちだけで九万五千の兵を潰走させ、堂々と王都に凱旋。
国を救った三英傑として、国民の崇拝対象となったのだ。
ここで領地に話を移すと、この戦で手に入れた領地は三郡である。
それぞれをダリマ郡、ヅモツ郡、そしてドク郡と国王、モルネ=グラッザドは名付けた。
国王はこの三つの郡を自分が信頼していた人物に与えることにし、残りの領地にも自分が信頼していた者たちを送りこみ、混乱の鎮静化を図った。
しかし、その行為が裏目に出てしまう。
彼らは自分たちが国王に信頼されていると分かり、その蓑に隠れるように不正を働いていたのだ。
しかも上級貴族の後ろ盾まで付けて。
不正により不利益を被ったのはもちろん領民だった。
前述の三英傑の家族たちも貧困にあえいでおり、三英傑自身も賃金はそれほど高くない。
そこで悪いとは分かっていながらも、不正に手を染めてしまう。
彼らが不正を始めてから二ヶ月後。
当時二歳のリレン王子が騎士の詰所に侵入し、ミグレーが放置していた不正の証拠が入ったバインダーを本と勘違いして持ち出した。
そのバインダーは、普段から読み聞かせを担当していたパープルズの手に渡った。
パープルズが処理に困っていると、父上である国王がリレン王子に会いに来てしまった。
バインダーの出所について聞かれたリレン王子は、読み聞かせを誰にしてほしいか聞かれているのだと勘違いし、パープルズを躊躇いなく指さした。
慌てて否定したが、親バカが発動していた国王は聞く耳を持たず、パープルズは書類から関与が疑われたミグレー、ブラウンドとともに王都追放の罰を受けた。
三英傑が王都追放されてから不正は段々とエスカレートしていった。
特にダリマ郡では大銀貨四枚だった税が、六枚まで引き上げられた。
それにより、国民の生活はますます貧困を極める。
それから三年の歳月が経ち、リレン王子が前世での記憶を取り戻した。
それに呼応するように、ダリマ郡で領主に不満を持つ領民一万あまりが蜂起。
金貸しなどを襲撃し、領主館の門を破壊。一気に内部になだれ込んだ。
このまま領主が追い出されるかと思われたが、そう上手くはいかない。
あらかじめ準備されていた四千の精鋭騎士たちに領民たちは次々と捕縛されていく。
騎士と領民が同数になったところで首謀者の一人が一時撤退を指示。
ある店の地下で六人の首謀者による緊急会議が行われることになった。
会議の時間が一刻を過ぎた頃、地下に騎士が登場して六人全員が捕縛の上斬首。
領民たちは恐怖に打ちひしがれる。
この余波は他領地にも蔓延し、二つの郡で反乱を計画していた者が出頭。
例に漏れず、その者たちも斬首された。
それ以降、反乱を企てるものはいなくなり、今に至る。
これらの情報を二刻ほどかけて紙に纏めた俺は、椅子に深く体を預けた。
目の前に図ったようなタイミングでお茶が置かれる。
「ありがとう、カルス。流石に三年分を纏めるのは疲れるねぇ……」
凝り固まった体をほぐしながら、思わず苦笑いを漏らす。
「ですが、領地巡りの際は直接対決ですからね。もっと大変ですよ?」
「そうだね……。でも変えなきゃいけない。これは王族の罪でもあるんだから」
立ち上がると、窓辺に向かう。王都の上空には満月が煌めいていた。
「私はどこまでもお供しますよ。主の赴くままに」
フェブアーが剣……ソラスを撫でながら微笑む。
「フェブアーには大変な思いをさせるかもね。絶対また命狙われるもん」
「別にいいんですよ。主をお守りするのが私の仕事ですから」
「仕事をしないと税金泥棒じゃないですか」
カルスが冗談めかした口調で笑う。
俺とフェブアーもつられて笑みを浮かべ、部屋には三人の明るい笑い声が響く。
ふとカルスが真剣な表情になったかと思うと、胸ポケットから箱を出した。
「リレン王子、これを受け取ってはいただけませんか?」
「僕に? いいけど……」
真意が見えず、困惑する俺にカルスはいつものように微笑んだ。
「どうぞ開けてみて下さい」
促されて包みを開けると、中から出てきたのは白銀に輝く懐中時計だった。
パカッと開くと、前世での時計とほぼ変わらない文字盤が見える。
もちろん数字などはこちらの言葉で書いてあるが。
「わあ! 時計なんてあったんだ!」
確かに鐘だけで生活するのは不便だなって感じてたけど。
何故かこの王城には時計が無かったから、てっきりこの世界には無いと思ってたよ。
「はい。時計屋を営む私の実家から送られてきた時計です」
「カルスの実家って時計屋だったんだ。ありがとう。大切にするね」
そう言って優しく机の上に時計を置く。
ふと横を見ると、フェブアーが呆気に取られていた。
「どうしたの、フェブアー。何かあった?」
腰の短剣に手をかけ、辺りを見回す俺にフェブアーは首を横に振る。
「いえ。執事が主に物を送るというのは主従契約の行為なんです」
「ええ!? そうなの?」
「主が贈り物を受け取ったら契約成立。つまりもうリレン王子とカルスは主従関係が成立しちゃっているわ」
慌てて机に戻り、時計を眺める。これが主従契約のトリガーだったなんて……。
ただ、カルスは前世の記憶を取り戻してから半年ほど一緒に歩んだ執事。
フェブアーの時と同じように、別の人と契約を結ぶよりは百倍良い。
完全に自分付きになった執事に向き合うと、彼は臣下の礼を取った。
「カルス、決して無理はしないこと。俺は執事だからといって無駄に待機させたりはしない。だからキツイときは遠慮なく言ってくれ。それと……俺のお世話は任せたよ?」
契約時は自分の本当の気持ちを真剣に伝えたい。
だからこの瞬間だけ、本当の口調を開放することにした。
「了解しました。このカルス、いつまでもリレン王子と共に」
カルスは恭しく礼をした後、立って退出していく。
俺はベットの淵に腰かけ、天に登っていく満月を眺めた。
「まさかこの年で二人と主従契約なんて思わなかったよ」
「確かに。五歳で臣下が二人というのは珍しいですね」
フェブアーが苦笑いする。
ややあって戻ってきたカルスの手には平べったい魔導具が握られていた。
「何その魔導具。随分平べったいね」
「書類を模写する魔導具です。会議の資料を制作するのに使われます」
まさかのコピー機出てきたよ。しかも使用目的が前世と似ている。
「努力の成果を国王様と宰相様に見せてあげましょう」
「そうだね。この資料が国民を助ける第一歩になったらいいな」
俺はそう言って魔導具を手に取った。
この国を絶対に変え、国民を救うという強い意志を持って。
これで第一章は終了となります。
次回より新章に突入!
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