『1、転生』
俺が目を覚ますと、シャンデリアが吊り下げられている豪華な天井が目に入った。
どうやら前世での記憶はしっかりと残されているらしい。
それにひとまず安堵の息を吐く。
その後、ゆっくりと辺りを見回した。
転生には成功したのだろうが、ここはどこなのだろうか?
高校生だった頃の俺が十人は寝れそうなほど大きなベッドに、しっかりとしている机。
奇怪な模様が描かれている国旗のような旗。
先ほどのシャンデリアと合わせて、全てがとてつもなく大きい。
床には赤い絨毯が敷かれており、壁は目に痛くない程度の絵が書かれていた。
この部屋だけでも、前世の俺の部屋の倍くらいの広さがあるぞ。
余程の権力者じゃなきゃこんな部屋は作れないはずだ。
すると、俺は人に指示はできるような上級貴族の息子か何かに転生したのだろうが、家族は温かいのだろうか。
何だか権力争いが起きそうな気がする。
疑問に思いながらしばらく部屋を見回していると、扉をノックする音が響いてきた。
「リレン様、すでに起きておりますでしょうか。起きておりましたらお返事をお願いします」
声からして若い女性のようだ。
リレン様というのはもしかして俺のことで、俺がこの部屋の持ち主ってこと?
もし、そうだとしたら恐ろしいな。
確認してみたところ、俺の体は五歳くらいなのだ。
五歳児にこんな広い部屋を用意するなんて、どんだけ金持ちの貴族なのだろうか。
ここまで考えたところでドアが開き、メイド服を着た二十歳くらいの女性が入ってきた。
彼女はこの家のメイドで、俺たちが主人って事なのかな?
「あっ、リレン様。起きていらしたのなら、ちゃんと返事をしてくださいよ!」
「ゴメン。寝起きだからボーっとしちゃってて」
彼女は俺と目が合うなり、文句を言いながら距離を詰めてきた。
リレンなる人物は俺で、この女性は俺が生まれた家に仕えているメイドさんで確定だな。
それにしても声が高くて幼いし、喋る言葉もどこか舌っ足らずで聞き取りにくい。
それと俺は前世で、年上には敬語を使えと散々言われてきた。
もしかしたら親の声より聞いたかもしれない。
その名残りか、メイドさんにもつい敬語を使いそうになる。
だが、前世の記憶を取り戻す前の俺は、恐らくタメ口で話していただろう。
これからも年上の人物への接し方は注意しなければならない。
「そうだったのですか。まあ一週間も寝込んでおりましたし、無理もないでしょう」
「えっ……」
「とりあえず、ご家族の方たちをお呼びしてきますね」
そう言ってメイドは一礼した後、退室していった。
一週間も寝込むなんて何をやらかしたんだよ、転生する前の俺。
うーん……普段の生活に支障が出るし、早く転生前までの記憶を思い出したいんだけど。
「リレン! ああ、良かった……。心配したのよ!」
「まあ、リレンが無事なら良かったけど、もう無茶はしちゃいけないよ」
なんとか記憶を引っ張り出そうと頭を捻っていると、部屋に一組の美男女が入ってきた。
傍らには先ほどのメイドも控えている。
この世界での両親だと思われる二人の姿を見た時、一気に記憶が頭に流れ込んできた。
十七年分の俺の記憶に、この世界で生きた五年分の記憶が付与される。
合わせると十九年分の記憶。
あまりにも突然だったため、事前に身構えている余裕はなかった。
今にもパンクしそうな頭で情報を整理する。
部屋に入ってきた二人のうち女性の方は、俺の母であるケイネ=グラッザドである。
金髪碧眼という西洋風の顔立ちをしていて、いつもドレスを着ている。
男性の方は、俺の父であるモルネ=グラッザド。
栗色の髪に同色の目を持っていて、優しそうな人というイメージが強い。
俺が住んでいるグラッザド王国の十九代目の国王として忙しい日々を送っているようだ。
この二人は今でも結婚したてのように仲良しである。
そして、ケイネとモルネから生まれた待望の跡継ぎ息子が俺ことリレン=グラッザド。
母親譲りの金髪と紺碧の瞳を持つ五歳児であり、父とはあまり似ていない。
両親を見て記憶を思い出せるなんて、やっぱ両親は偉大だな。
ひとまず、前世で伯母と住んでいたときみたいに無視されることはなさそうでホッとした。
ただ、この記憶通りなら俺は王太子ってわけで。
いやいや女神さん!? 確かに俺は指示する側に立ちたいとは言ったよ?
確かに言ったけど!
前世でも高校生の途中までの知識しか無い俺に、いきなり一国の主になれと!?
でも、こうなってしまった以上は精一杯やってみるしかないか。
布団の中でこっそりと決意の拳を握っていると、ドアから二人の女子が入ってきた。
俺には二人の姉がいるようなので、それが彼女たちだろう。
「あら、本当に目を覚ましたのですね」
上の姉であるアスネ=グラッザドが驚きの声を上げた。
母によく似た金髪に父親の優しそうな目を引き継いでおり、どこか大人しい印象がある。
年齢は十歳で、俺とは五歳差。
グラッザド王国の第一王女という肩書きがついているようだ。
「本当に起きてる! リレン、風邪が治ったらまた一緒に遊ぼうね!」
今度は、屈託のない笑顔で下の姉のアリナ=グラッザドが話しかけてきた。
こちらは父に似て、髪の毛や瞳は栗色をしている。
年齢は六歳で、俺と一歳差かつ姉と四歳差。
当然のようにグラッザド王国の第二王女という肩書きがあるようだ。
「すみません。今後はこのような事がないように気を付けます」
俺はこの部屋にいる人たち全員に謝る。
記憶を取り戻す前とはいえ、俺のせいで多大な迷惑と心配をかけたのは事実だ。
「ああ、そうしてくれ。リレン、お前が勉強嫌いなのは痛いほど分かっている」
「でもね、将来あなたが国王となるためにも勉強は必要なの。お願いだからやって?」
「はい。これからはこのリレン、しっかりと勉学に励むつもりです!」
俺が言うと、両親と姉たちは揃って目を丸くした。
そりゃそうだろう。
みんなが驚く気持ちは分からなくもない。
勉強が嫌で逃げ出し、炎天下の中庭で見つけた箱の中にずっと籠もっていたのだから。
箱の中は夏の日差しのせいでサウナ状態となっていたため、熱中症で倒れてしまった。
もっとも、この世界では日射病と呼ばれているようだが。
まあ七月の暑さの中で、クーラーもつけずに密閉空間にいたら熱中症になるだろう。
当たり前のことである。
ちなみに、姉たちは俺が凶行に及んでいる間、城内の図書館で勉強していたらしい。
何か劣等感が湧いてくるな。
俺は倒れてから一分後、箱をしまいに来たメイドさんの手によって無事発見された。
そうまでして勉強から逃れようとしていた俺が、これからは勉学に励むと言っているのだ。
一体、寝ていた間にどんな心境の変化があったんだって思うよね。
「そんな言葉、いつ覚えたのだ?」
父上が驚いたように声を上げた。
隣には、大きく目を見開く母上の姿がある。
えっと……両親が驚いていたポイントは、どうやら俺の推測とは違ったらしい。
俺、何か驚かれるようなこと言ったっけ。
「すごいじゃない。リレンは大して勉強もしてないはずなのに……」
暗い声が聞こえて、俺は思わずそちらに視線を向けた。
ちょっと……。
アスネお姉さまの気持ちは分からなくもないが、その発言と口調は完全にアウトだろう。
悔しく思っているのがこちらに筒抜けだ。
とにかく、両親や姉になぜか驚かれてしまった俺は必死に今までの記憶を辿っていく。
何か言い訳に使える材料はないか?
まったく、年上の人への対応は気を付けようと心に刻んだはずだったのに!
全然気を付けていないじゃないか!
しばらく考えていると、いい言い訳の材料を見つけた。
つい最近、リレンは今の発言に似た言葉を聞いたばかりだったのである。
「この前、家に来たリルの挨拶を真似しただけだよ」
リルとは、二週間前に我が家(王城)に来た新人メイドである。
この世界に来て最初に会った人物でもある彼女が、挨拶の際に「これからしっかりと業務に励むつもりです」と言っていたのを思い出したのだ。
あなたは何もしてないけどリル、ナイス。
「そうか。午後になったら図書館で勉強してもらうから、昼食までしばらく休憩していなさい」
「アスネ、アリナ。リレンは目が覚めたばかりだから、一人でゆっくり休ませてあげて」
今の言い訳で納得したらしい両親は、俺の体を気遣ってくれた。
アスネお姉さまもアリナお姉さまも特に反対せず、両親とともに部屋を出ていく。
「みんな、ありがとう!」
俺のお礼に、最後尾にいたお姉さまたちがこちらを振り返る。
結局二人は無言で部屋を出ていったが、二人とも嬉しそうな微笑を浮かべていた。
誰もいなくなった部屋で、俺はしばらく寝転ぶ。
この様子だと家族仲が嫌悪などということはなさそうだし、姉との関係もかなり良好だろう。
文句のつけどころがない。
俺は神界で会った女神に感謝しつつ、これからの生活について思いを馳せるのだった。
作者の励みになりますので、下記から評価や感想をよろしくお願いします!