『11、中庭攻防戦』
「一人って……そんな強い奴のところに父上とリレンを行かせるわけないわ!」
「そうね。あまりにも危険過ぎるわ」
二人のお姉さまが続けて反対の意を表明すると、それに反論する者が一人。
他でもない国王――モルネ=グラッザドである。
彼はこの場にいる者を見つめながら、強い意志がこもった声で宣言した。
「私は行く。近衛騎士団の命を……部下の命を守るのも国王の役目だ」
「なっ……正気ですか!?」
「ホブラック宰相殿、国王様の決定に異を唱えるつもりではあるまいな?」
ホブラック宰相が思わずといった感じで立ち上がると、冷たい声が突き刺さった。
声の主はラオン公爵。
初代国王の時代からグラッザド王国を支え続けてきたフォルス家の当主である。
これにはホブラック宰相といえども、口を噤むしかない。
「いえ……出過ぎた真似をいたしました」
「これも王族の使命だ。リレン、出るぞ。私もリレンを連れて行きたくないが……」
「父上、それ以上はいけません。覚悟は出来ています」
ブラフである。
本来は今すぐ部屋に閉じこもってしまいたいほど怖いし、足は小刻みに震えている。
それでも……俺は命を失うということをすでに知ってしまったんだ。
冷たく、悲しい別れ。
俺が行くことで、消える運命だった命が少しでも救えれば、それに越したことはない。
それに一度も二度も変わらないしな。
どうせ俺は五年前に消えるはずだったんだし……たまには人助けも悪くないか。
……カッコ悪っ。
怖いから、再び命を失うのが怖いから、どうにかして正当化しようとしている。
誤魔化そうと奮闘しているんだ。
軽く自己嫌悪に陥っていると、父上が窓にゆっくりと近寄り、階下を見下ろした。
「それで、侵入者はどこにいる」
「今は中庭に向かっているはずです。あと、ビットさんが闇の魔力を感じると……」
「おい、ちょっと待て! 闇の魔力だと? それは本当か!?」
ラオン公爵が鬼の形相でジャネに詰め寄っていく。
その必死さの原因が分からないジャネは、大いに顔を引きつらせながら頷いた。
「え……ええ、間違いありませんわ。ビット殿は光魔法を扱えるようですから」
「それで、その男はどうしたの?」
「執事たちが見守っておりますわ。他にリルが追加の騎士を呼びに詰所へ」
俺の問いに答えたジャネは、中庭から少し門よりの場所を指で示した。
あの辺りに闇の魔力を漂わせた不審者がいるということなのだろう。
王城側の戦力だが、近衛騎士団長は出張で不在。
代わりに副騎士団長がすべての部隊の指揮を執っているはずだ。
緑の男クラスなら引けを取らないくらいの陣容だな。特に問題は見当たらない。
「分かった。出るぞ」
「少しお待ちください。国王様、俺を近衛騎士団長の代わりにしてくれませんか?」
部屋を出ようとした父上をラオン公爵が引き留める。
自分の手で、イグルくんに闇魔法をかけた人間を捕縛したいのだろう。
一瞬、迷った表情を見せた父上だったが、すぐに鷹揚に頷いた。
「許可する。他のみんなはここで待っていろ。ジャネ、アスネたちを頼んだぞ」
「はい。承知いたしました」
「おいイグル、出るぞ。お前を苦しめていた闇魔法を解除してもらいにな。
「……はいっ!」
嬉しそうな返事を聞いて満足げに頷いた後、父上は応接室を出て行く。
慌てて後に続く俺、ラオン公爵、そしてイグルくん。
中庭に近づくと、中庭の中心部にどっかりと座り込む男がハッキリ確認できた。
そこから少し離れた別館の壁から、執事と騎士の一団が様子を伺っている。
先頭にいた副近衛騎士団長のブルートさんが父上に気づいた。
「国王様、臣下の礼を取らないことをお詫びいたします」
「今は良い。して、件の不審者とは彼か? 確かに闇の魔力を感じるが」
父上はブルートさんをなだめ、緑の男に視線を向けた。
全属性を使える父上は、闇の魔力も感じられる。
「はい。ビット殿曰く、今日の十七鐘にフォルス邸を襲った人物と同じだと」
「何? あの者がリレンたちを燃やそうとした不届き者か!?」
「はい、間違いありません。僕たちを襲ったのはアイツです!」
イグルくんがビシッと指を突き付けると、父上とブルートさんから殺気が発される。
ちょっと……怖いって。
「よし、これよりあの不審者を捕縛する。主砲はラオン公爵だ。俺たちの役割は逃げられないように周りを囲むこと。絶対に逃がさないようにシールドは張っとけ!」
ブルートさんの指示に、周りにいた騎士たちが頷いて、剣の柄を胸に押し当てた。
この行為でシールドを張ったのだろう。騎士たちの体が青く染まっていく。
「よし、全員張ったな? それでは、これより不審者の捕縛の作戦を説明する」
「はい!」
「もうじき十九鐘になる。鐘が鳴ったら、犯人の指示通り国王様とリレン王子が出るから、しばらく待っておけ。そして国王様が合図を出したら、お前らが男を囲み、ラオン公爵に主な戦闘を担当してもらう。いいな?」
今度は声を出さずに頷く大人たち。俺とイグルくんは油断なく男を見つめていた。
すると、男が奇妙な動きをし始める。手を植木にかざし、しばらく制止。
そのまま動かない。
――何をしているんだ?植木に魔力を込めているのか?
何の目的があって植木なんかに……。
そして戦闘開始の合図である荘厳な鐘の音が、王都中に鳴り響いた。
「何用だ? 私と息子に用があったようだが」
手筈通り、俺と父上が二人っきりで出ていく。
騎士をつけてはならないとは言われていないが、恐らく無効化されるだろう。
父上も同じ考えに至ったのか、国王自身が二人っきりを提案したのだ。
二人っきりで現れた俺と父上を見た男は、ニヤリと気持ち悪い笑みを浮かべた。
「光と闇は紙一重という言葉をご存じかな? 壁の後ろにいるのは分かっている」
「……!? それならば、どうして放置していた?」
「お前たち二人以外に興味がないからだ。関係ない人物は殺さないっ!」
最初に動いたのは男だった。植木から何本もの蔦を出し、こちらに向かわせる。
しかし、急いで駆けつけてきた騎士たちが一本残らず切り捨て、男を囲んだ。
男は舌打ちすると、周りに暴風を吹き荒れさせていく。
騎士たちもこの暴風はキツイのか、必死で踏ん張りながら大きく顔を歪ませた。
そこに切り込んでいく一陣の風。イグルくんの父であるラオン公爵だ。
一瞬で男に肉薄すると、俺の身長の二倍はあろうかという大剣を振るった。
男はその場に伏せて転がり、誰もいない空間を切り裂いた剣は地面に突き刺さる。一見するとただの攻防戦の一幕だが、ラオン公爵が顔を青ざめさせていく。
なんと、勢いよく地面に刺さった剣が抜けず、次の攻撃が出来ないのだ。
これは土質に由来する。
この辺りの土は岩のようになっており、一度何かが沈んでしまうと取るのが難しい。
だから花壇には向かず、中庭になっているのだが。
話を攻防戦に戻そう。
態勢を整えた男は、土弾を凶器のように尖らせてラオン公爵に向けて発射。
身体を貫通すると思われたが、土の壁がそれを防いでいく。
今度は男が顔を顰める番のようだ。
壁を作った人物――父上が強い光を男に向けて振り注がせる。
それを間一髪で避けた男は、二人に向けて同時に勢いよく火の弾を放った。
ラオン公爵は剣を地面から抜いた反動で消し、父上は水球に当てることで対処。
男の顔が驚愕の表情に染まる。
その時、父上がラオン公爵と共に走りながら岩弾を五発放つ。
もちろん当たるはずもなく、体を捌いて避けていく男。
しかし、ラオン公爵と父上が走っているため、それを見失わないように体の向きも徐々に変化していき……俺たちに背を向けた。
「よし、今だ! イグルくん、君の苦しみを魔法に載せて放て!」
ここが好機だと睨んだ俺はイグルに指示を出した。
隣を見れば、気を見るに敏とばかりに頷くブルート副近衛騎士団長がいる。
しかし、イグルが魔法を放つことはない。
疑問に思いながらも再び中庭に目をやると、騎士たちが包囲を狭めていた。
呑気にその様子を見物していると、突然目の前の壁が崩れていく。
マズイ、監視魔法が掛けられていたのを忘れてた!
焦った時には既に遅し。
十秒ほどで壁が完全に破壊され、中庭から俺たちが丸見えになる。
そこに、再生した蔓が猛スピードで向かってきた。
危険を感じ、咄嗟に身を投げ出す。目の先十センチのところで静止する蔓。
ふぅ……ひとまず避けきったか。
どうやら、本当に俺と父上以外は傷つけるつもりがないらしい。
ホッと一息つく間もなく、怪しい気配を感じた俺はそのままゴロゴロと転がる。
さっきまで体があったところに突き刺さる蔓が視界に入り、思わず身震いした。
また蔓が……どんだけ魔力を持ってんだよ!
「我に眠る魔力の根源、魔力よ! 中庭に集いて光となれ! 【ホーリーライト】!」
ここでイグルくんが詠唱し、中庭全域が神々しい光に包まれた。
悲鳴を上げて中庭を転がる男。次第にその顔があらわになってくる。
酷く傷んだ茶髪に、土を思わせる焦げ茶色の瞳を持つ四十代ほどの男だった。
「お前は、元宮廷魔術師のブラウンドじゃないか! どうしてこんな事を!」
父上の悲痛な叫び声があたりに虚しく響き渡る。
元宮廷魔術師、ブラウンドはバツが悪そうな顔をしてから顔を伏せた。
しかし、伏せた顔は強制的に持ち上げられる。
「おい、答えろよオッサン。俺はあんたが掛けた闇魔法に苦労させられたんだ。今更知らぬ存ぜぬじゃ通らないぜ」
イグルくんだ。殺気を纏っており、視線だけでも人を射殺せそうだ。
後ろにはラオン公爵も立っている。
俺も殺されかけたわけだし……ちょっと脅かしてやりましょうかねぇ。
そう考えた俺はゆっくりと男に近づき、耳に顔を近づけて囁いた。
もちろん前世での口調である。
それが聞かれないように、わざわざ近づいているのだから。
「答えないなら死ぬよりも辛い苦しみを味合わせてやるぞ? さあ、言えよ」
俺を燃やそうとした男だ。慈悲なんてかけるわけがない。
あえて言わないが、ブルート副近衛騎士団長や父上も侮蔑の視線を送っている。
その様子を見て観念したのか、ブラウンドがポツリポツリと話し出した。
「誰かに金貨五枚で依頼されたんだ。“リレンという王子の命を奪ってくれ”とな。生活に困窮していたこともあって、断るに断れなかった」
金貨五枚ということは日本円で五十万円だ。
生活に困窮していたのなら確かに魅力的な金額ではある。
「そして承諾したら“闇属性の適性を上手に使ってくれ”と言われたんだ。あまり使ったこともなかったし、暴発が怖いから俺は使ってなかったが、二日前に依頼者がやってきた」
依頼者。つまり、この人は黒幕ではないってことか……。
俺はまだ見ぬ黒幕を思い、深いため息をついた。
作者の励みになりますので、下記から評価や感想をよろしくお願いします!




