SCENE 46
火曜は、朝から澄みきった空が広がっていた。
ランチのあと、スタッフの人数を増やしたグレゴリーが到着した。荷造りはすでに終わっていて、あとはトラックに荷物を積み込むだけだった。
プロの手際のよさに感心しながら、その光景を眺めていた。そこでやっと実感した。レイシーが引っ越す。
せっかくだからと、彼らは船旅を選んだ。乗り継ぎの連続だが、三人でゆっくりと話すそうだ。
エレンはキャシーを抱きしめた。
「元気でね、キャシー。もうお酒はダメよ」
彼女は涙目で笑う。「約束するわ、エレン。二度と飲まない」
「元気で、レイ。レストランの成功、祈ってる」
「ああ。色々ありがとう、クリス。君たちを見習って、今度こそいい家族になる」
二人は握手を交わし、ハグをした。
エレンはレイシーのことも抱きしめた
「レイシーも元気でね。困ったことがあったらいつでも言って。駆けつけるわ」
「元気で、レイシー」
「ええ。ありがとう。キャシー、クリス。元気で」
「ええ、ありがとう」
「ジャック、君も元気で。ありがとう」
「今度レイシーを泣かせたら、その時は殴りに行く」
ジャックの言葉にレイは笑った。「ああ、覚悟してるよ。」
今度はキャシーがジャックを抱きしめた。
「元気でね、ジャック」
「元気で、キャシー。もっと身体を大事にして。故郷の暮らし、楽しんで」
「ええ。でも、大変なのよ、雪国って。でもそうね、大変だけど、楽しむわ。ありがとう」
レイシーが微笑んで彼に声をかける。「ジャック」
「レイシー。元気で」
「あなたも。ハグはしないけどね」
彼は笑った。「うん」
「番号、消してくれた?」
「今日の朝。背中を押すって意味で、ね」
「ありがとう。やっと前に進める。私も、あなたも、パパとママも」
「うん」
「──解約するまえ、メールを送ったの」
「うん?」
「午前中、私、携帯電話を解約しに行ったでしょ。その前に、メールした」
「電源おとしてるんですけど。なんて?」
「言わない。読めばわかる。でも、読んだら消して。背中を押すって意味で」
「うん、わかった」
後方で、トラックの荷台を閉めたグレゴリーが声をかけた。「準備できましたよ」
「行かなきゃ」と、レイシー。
「元気で、レイシー。幸せになって」
「あなたもね」
ジャックとレイシーという組み合わせを除いて六人はそれぞれに最後のハグを交わし、レイシーとキャシーは車の後部座席に乗り込んだ。そのドアを、レイモンドが閉める。
運転席にまわりこもうとした彼をジャックは呼び止めた。
「レイ、いいものあげる」
取り出したポケットから薄いブルーのメッセージカードをレイモンドに渡した。
「これは?」
「見ればわかるよ」
レイモンドは二つ折りになったメッセージカードを開いた。とたん、息を呑んだ口元を手で覆った。
「あの日、レイシーがクッキーと一緒に渡そうとしたものだ。クッキーは僕が食べたけどね。それは捨てられなくて、ずっと持ってた」
二度うなずくと、クリスはジャックを抱きしめた。
「本当にありがとう、ジャック。なにからなにまで──」
「いいから、行って。元気で」
「ああ、君もな」
レイモンドはまたクリスとキャシーにハグをし、運転席に乗り込んだ。先に走り出したトラックのあとに続いて、彼はゆっくりと車を走らせた。後部座席から、レイシーとキャシーはジャックたちに手を振った。
それを見送りながら、クリスはジャックの肩を抱き、その反対側でエレンが腰に手をまわした。
「で、あれにはなんて書いてあったの?」エレンがジャックに訊いた。
「“大好きなパパへ。お仕事おつかれさま。ずっと元気で素敵なパパでいてください。レイシーより”」
「わお、感動的ね。涙が出ちゃう。で、あなたは私にああいうの、くれないの?」
「男はそんなことしない」
「エレンが僕にくれればいいんじゃないか?」クリスが言った。
「じゃああなたは私にくれるの?」
「男はそんなことしない」
「ひどい!」
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自宅に向かう車の中、ジャックは携帯電話の電源を入れ、センターに問い合わせた。
とたん、三十二件のメールが入ってきた。
──日曜から、ずっと電源おとしたままだったしな。
ほとんどは友人からだったが、最新の一通だけは登録されていないアドレスで、すぐにそれがレイシーからのものだとわかった。彼女のアドレスはずっと、“レイシア・フォー・ナイン”だ。
《ジャックへ。
あなたは私のヒーローよ。
今も、これまでも、これからも、ずっと。
元気でね。あなたの幸せを、雪国から祈ってる。
レイシー》
思わず、口元がゆるんだ。背中を押すという約束だ──削除、と。
ジャックは走る車の後部座席から、窓の外の空を見上げた。
──雪国に着くまでは、幸せを祈ったりしないってことか。




