SCENE 45
灰色のスウェットに着替えたジャックは、笑い声のするリビングには顔を出さず、黒いタオルで濡れた髪を拭きながら自室に戻った。
タオル首にかけて部屋の照明をつけると、冷蔵庫からスポーツドリンクのペットボトルを取り出し、蓋を開けながらソファに座った。
──まずい。
ペットボトルと蓋をテーブルに置き、写真を飾っているコルクボードを掴むと、急ぎつつもそっと、クローゼットの隙間に入れた。
扉を閉めると、安堵の息が漏れた。
改めてシングルソファに座り、スポーツドリンクを飲む。
──ちゃんと、話をしなきゃ。
ソファに背と頭をあずけ、目を閉じた。
落ち着け。落ち着け。落ち着け。
ドアがノックされ、開いた。
「いい?」レイシーだ。髪が濡れている。彼女もシャワーを浴びたらしい。
「うん」
ジャックは蓋を閉めたペットボトルをテーブルに置いた。
「──ずっと、思ってたんだけど」ドアを閉めたレイシーは、照明スイッチの横に備えつけられたホルダーにある照明リモコンを示した。「これ、ここに置いておくものじゃないわよね」
確かに、とジャックは思った。ライアンはたまに使っているが、自分では使ったことがない。「使わないよ、そんなの」
レイシーは吐息をつくと、リモコンをホルダーからはずし、三人掛けソファに腰をおろした。
彼女のリモコン操作で、照明は完全に落とされた。
「──なんで真っ暗?」ジャックが訊いた。
「顔を見られたくないから」
「ああ」名案だ。
「とりあえず、報告します」
事務的だ。「はい」
「ゲイルは、カウンセラーなんですって」
彼はぽかんとした。「うん?」
「私の反応を見るために試したらしいの」
子供か。「じゃあ、なんの障害もなかったわけだ」
「そうね。パパとママがちゃんと話し合ってれば、こんなことにはならなかった」
──三年間。それを考え、思わず顔が引きつる。「まあ、よかったよ」
「うん。ありがとう」
「なにもしてない」なにも見えない。
「パパに聞いたの。あなたが会いに来てくれて、色々話してくれたって。何度もあやまられちゃった」
言わなくていいことを。「うん」
「──なんか、夢みたい──だよね」レイシーが苦笑って言った。「今日一日で色々ありすぎて、なにが起きてるのかよくわからない」
「うん。僕も」色々と、急展開。
「──遠い、よね」
「うん、遠い」
「もう、会えないね」
「会おうと思えば会えるよ」
「もう、会わない」
──また、心臓が大きな音をたてる。
「あなたはここで幸せになるの。私はリトル・バレルで幸せになる」
「──うん」
「彼女と幸せになってね」
「つきあってない」
「手をつないでたのに?」
「はぐれないように」
「そう。──でも彼女、あなたのこと好きよ」
なにを言いだす。「なにを根拠に」
「顔が真っ赤だったから」
「意味がわからない」
「女の勘」
いや、もっと意味がわからない。「勘なんて──」
「あなたを好きになった女同士のシンパシー」
──胸に激痛が。
「ねえ」レイシーが切りだした。
「ん」
「告白してね」
「どうかな」
「幸せになるって約束して」
「君が約束するなら」
「そうね。あなたより素敵な人はなかなか見つからないかもしれないけど、ライアンより素敵な人なら、何人かはいると思うから」
「──なんでライアン?」
「手が早いから」
「いい奴だよ」
彼女が吐息をつく。
「──まあ、どこかの誰かさんは、真面目すぎだと思うけど」
なんかすごいこと言いだした。「なにを──」
「違う。そういうのじゃなくて。──唇にキスくらいは、してくれてもよかったと思うんだけど」
──見逃してたのか。
「そこがあなたのいいところでもあるんだけど」
ジャックは小さく深呼吸をした。
「──なんか、ごめん。いろいろ」
「あやまらないでよ。悪いことじゃないんだから」
「うん」
「火曜日まで、友達でいてね」
「そのあとも」
「今持ってる携帯電話は解約するわ。あなたの番号は移さない。だから、あなたも消して」
「極端だな」
「背中を押してよ、ジャック」
──背中、を。
「ママたちからは連絡がいくかもしれないけど──私はしない。火曜日、私たちは一度、すべてを白紙に戻すの。次に会うときは、ただの懐かしい友達」
──白紙、に。
「おやすみ、ジャック。いい夢をみてね」
そう言って、レイシーは部屋を出た。
自室のドアが閉まると、すぐに隣のゲストルームのドアが閉まる音がした。
ジャックは膝をかかえ、込み上げるものを押し戻した。じきにベッドにもぐり込み、眠った。
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日曜日、リビングに行くと、すでにみんな起きていた。
レイシーはキャシーと二人でキッチンに立ち、朝食の準備をしていた。懐かしい光景だった。
その後、六人で再びレイシーの家に行き、荷造りをした。
レイシーは何事もなかったかのようにジャックに笑いかけ、話をした。別れ話に触れることさえなかった。照れることも、怒ることも、あやまることも、泣くこともしなかった。最初につきあう前の、友達だった頃に戻ったようだった。
月曜も同じような感じだった。クリスは仕事に、レイシーとキャシーは学校と会社に行ったが、二時間ほどで帰ってきた。クリスの知り合いのグレゴリーが数人のスタッフを連れて駆けつけ、めまぐるしいスピードで荷造りを手伝った。
ジャックはどうにか動いていたが、まだ思考が追いつかなかった。




