SCENE 43
クリスに連れられて病室を出ると、エレンとジャックは談話室へと向かった。
丸テーブルのあるチェアに座るなり、エレンは不機嫌そうな口調でクリスに切りだした。
「どういうことなのか説明してくれるかしら」
ジャックがつけたす。「なんでこの時間に父さんとレイがここにいるのか」
苦笑いながらも、彼は淡々と説明した。「エレンがホテルを出たあと、やっぱり心配でね。同行していた二人を叩き起こして事情を話し、事務所の子にも連絡を入れて、インセンス・リバーまで彼らを迎えに来てもらえるよう頼んだ。で、僕はホテルを出た。彼の家に近づいたところでレイに電話して、連れてきたんだ」
「私が電話した時は? なにも言ってなかったじゃない」
「ちょうど車に乗ったところだったんだけどね。君も車だったから気づかなかったんだろう。ジャックはレイに電話するなと言ったが、事は早いほうがいいと思って」
事ってなんだと思い、ジャックは口をはさんだ。「なにを企んでるわけ?」
「企むってほどじゃないさ。レイはずっと、やりなおしたがってた。一年ほどまえだったか、店を売りたいと相談されてね。できれば今のままのスタイルを引き継いでくれる人を捜したい、その条件さえ守ってくれるなら、店に関する権利をすべて差し出すと。四号店からはじめて、買い手を捜した。レイも直接会ったりしてね。二号店も先月手放した。一号店の買い手も見つかっていたんだが、レイはなかなか踏み切れなかった。あの店は特別、思い入れが強いからね。そこで、このあいだのジャックだ。あれで決めたようだよ。買い手は父さんが引き止めておいたから、すぐに話は進んだ」
笑顔で淡々と語られても。
エレンは苛立たしげに天を仰いだ。
「信じられない。そんなことなら、早く言ってくれればよかったのに」
「すまない」クリスは彼女の手を握った。「すべて確定するまでは言わないでくれと言われていてね」
ジャックが続けて質問する。「リトル・バレルがどうこう言うのは?」
「その話は、レイが独自に進めてた。もちろん、話には聞いていたがね。リトル・バレルはキャシーの故郷だ。彼女の両親は早くに亡くなってるし、その実家もかなりまえに売りに出されてる。話に聞いていただけだったが、レイはその家を見つけだし、買い戻した。いつか三人でやりなおしたいとね。近くに空き店舗を見つけてそこで小さなレストランをはじめる準備もしてる。ここ一年はあっちとこっちを行き来してた」
そうだ、故郷だ。キャシーに聞いたことがある。「つまり、そのせいでレイシーと会えなくなってたと?」
「まあ、半分はね。残り半分は、やっぱり戸惑いがあったんだろう。彼はお前やレイシーが思うより、ずっと臆病なところがある。人の気持ちを確かめることを怖がるんだよ。料理は食べた瞬間、感想が顔に出るから平気らしいんだが」
なんだそれ。
呆気にとられるジャックとエレンを見やり、クリスは笑った。
「頭ではわかってたんだよ。やりなおしたい、その気持ちを伝えなきゃいけないってね。彼は外堀りから埋めていくタイプなんだ。直球勝負が苦手だから。まずは自分の店を手放し、家を用意することに決めた。すべての準備が整ったら、キャシーとレイシーに会いに行くつもりだった。だが、もうすぐというところで躊躇した。二号店はもう話を決めたあとだったから後戻りはできなかったが。最後に残ったレイシア・フォー・ナインを売ることをためらった。もし断られたらと考えた」
エレンが深い溜め息をつく。
「キャシーもキャシーだわ。やりなおしたいって相談してくれてれば、なにかできたかもしれないのに」
ほんとだよ。
クリスが質問を返す。「キャシーも同じ気持ちだってことか?」
「ええ。ジャックが訊いたわ。まだレイを愛してるかって。答えはイエスよ」
うつむいたジャックは本音をつぶやいた。
「──この三年間て、なんだったんだわけ?」
クリスは微笑んだ。「お前が成長したじゃないか。あと、レイも。レイシーやキャシーにとってはつらかっただろうけどね」
そう言われても、ジャックの頭には疑問が残った。
──もし、もっと早くに自分が動いていれば──もっと早くに、なにかが変わっていたのか。
レイシーが泣く回数を、少しは減らせたのかな。
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キャシーが検査を受けに行き、レイシーとレイモンド、両親と共に病室に残ったジャックは、レイモンドの言葉に目を丸くした。
「火曜って、日曜の次の月曜の次の火曜? つまり三日後?」
彼の反応に、大人三人は笑った。レイモンドと並んでベッドに腰かけているレイシーは苦笑いを浮かべた。
「そうだ、ジャック。急ですまない。キャシーとレイシーと三人で話して、事は早いほうがいいと言うことになった。三人でリトル・バレルに引っ越すよ」
ジャックはまだ状況を呑み込めない。えーと? 話が急展開すぎてよくわからないんですけど。
「つまり、私たちは引っ越しの準備を手伝えばいいわけね?」ソファに座ったエレンが言う。
レイシーと手をつないだままレイモンドが答える。「頼めるかな、エレン。もちろん運ぶのは最低限の物だけで、私はもう店がないから準備はできる。だがキャシーは辞表を出さなきゃいけないし、レイシーはむこうの学校が決まるまでの穴埋めに休学届けを出さなきゃいけない。クリスもジャックも平日が無理なのはわかってるが──」
「あら、心配しないで」エレンは彼の言葉を遮った。「ジャックは学校を休むわ。二日くらい休んだって平気よ」
笑顔でなに言ってんだこの人。
「なら僕も休んで──」
「あなたはダメ」彼女は隣に座っているクリスに向かって即答した。「そういうことなら、うちを使えばいいわ。朝から夕方まで準備をして、夜はうちに泊まって。キャシーに無理はさせられないけど、そのぶんジャックが働くから」
なに言ってんだこの人。
「エレン、さすがに学校を休ませるというのは──」
「レイ、うちの息子は優秀よ。それに、一回の留年くらいどうってことないわ」
あっさりとなに言ってんだこの人。留年させる気か。というか優秀じゃないし。言葉の矛盾に気づけ。
苦笑うレイシーを見て、ジャックは喉を鳴らした。
「なんで火曜?」
レイモンドは苦笑を浮かべた。「いや──私が家を出た日なんだ。その週末が、キャシーの両親の命日でね」
「ああ」まずかったか。
エレンは何食わぬ顔で話題を変えた。「クリス、あなた引っ越し業者に知り合い、いたわよね。なんかすごい体型の人」
なんかすごい体型ってなんだ。
「グレゴリーか。そうだな、彼に電話して、荷造り資材を届けてもらおう。引っ越しも頼んでみるよ。荷物を運ぶくらいはどうにかしてもらえるかもしれん」
「家具は置いていくよ。面倒だとは思うが、売りに出してそっちで料金を受け取ってくれ。賃金として」と、レイモンド。
エレンは厳しい表情を返した。「処分するのはかまわないけど、そんなお金いらないわ。現金書留で送るから」
なにかを言いかけたレイを止めるように、クリスはエレンの肩を抱いた。
「うちの奥さんがそう言ってるんだ。気にしなくていいよ、レイ」
彼は目に涙を浮かべ、それを抑えるように眉間を押さえた。
苦笑うレイシーが彼に寄り添う。
「最高の友達ね、パパ。涙がでちゃう」
「ああ、本当だな。友達になれたのが奇跡だ」レイは娘の肩を抱き寄せ、彼女の頭に頬を寄せて笑った。「最高の友達だよ」
しばらくしてキャシーが検査から戻ると、検査結果を待つあいだの時間を、色々な話をして潰した。引っ越しの準備の話、エレンの引っ越し経験談と教訓、思い出話──。
その後問題がないので帰っていいと医師に言われ、六人は病院をあとにした。
レイシーとまともに話す事ができないまま、ジャックは両親と共に彼女の家に行き、荷造りを手伝った。




