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声劇台本集  作者: てきてき@tekiteki


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落語風 饅頭売り

落語「饅頭売り」



地の文:商いというのは難しいもので。


地の文:腕があっても流行らぬ。

地の文:味がよくても売れぬ。


地の文:ところが、たいした品でなくとも

地の文:声がよければ飛ぶように売れる。


地の文:不思議なもんでございますね。


地の文:道具が商いをするのか、

地の文:はたまた人が商いをするのか。


八兵衛:「今日の、飯はどうしたものやらなぁ」


地の文:と、何をするでもなく、ただその辺りをぶらぶらしておりますのは八兵衛。


地の文:そこに通りかかる、大工の熊五郎。

地の文:開口一番。


熊五郎:「八!暇か!」


八兵衛:「将来を考えている」


熊五郎:「なぁに言ってるんだい。その将来っていうので、腹はふくれるのかい」


八兵衛:「ふくれねーもんだなと思ってな」


熊五郎:「あったりめえだ。まぁいい。こっちの現場来い。場所はだなぁ、ほら、町外れのあの饅頭屋だ」


八兵衛:「饅頭屋なんてあったっけか?」


熊五郎:「こう言っちゃなんだけどよ、味はいいんだよ。いわゆる穴場ってやつだ」


地の文:その町外れの饅頭屋。

地の文:いざと向かってみると……。

地の文:確かに暖簾は出ているが、客はなし。


八兵衛:「あらぁ、静かなもんだな」


熊五郎:「それがよぉ。向こう街に新しい店ができてな。すっかり客を取られちまった」


店主:「おお、きてくれたかい。いやぁ、なんか雨がな、家ん中まで降ってきて……」


熊五郎:「それはそうと、どうしたんですかい?店の方はしーんとしてますが」


店主:「まぁね。あっちの新しい店がねぇ。まぁ、味は負けちゃいねぇんだがな。どうにもねぇ」


八兵衛:「味は負けていないと?あ、どれ、お味の方は……」


0:八兵衛、饅頭を口に運ぶ


八兵衛:「……こりゃうまい」


店主:「だろ?」


八兵衛:「皮がやわらかい。

餡が上品だ。

甘さが出しゃばらねぇ」


店主:「だが売れねぇ」


熊五郎:「あれじゃないですかい?活気がないっつうか、売り子がいねぇんだ」


店主:「そうだなぁ、いい売り子いねぇかねー」


熊五郎:「まぁ、屋根直して、綺麗さっぱり、心機一転ってことで。そのうち繁盛しますとも。」



熊五郎:「そんで……さぁ、八、道具出しな」


0:懐をごそごそ


八兵衛:「……あれ?」


熊五郎:「おめぇ、もしかして……忘れたな」


八兵衛:「あ、忘れた」


熊五郎:「帰れ」


八兵衛:「まぁそう言わないで、待ってくれ。それじゃおまんまが。あ、饅頭」


店主:「おいおい、タダであげるわけには行かないよ」


八兵衛:「わかりやした。ええぇ、わかりやしたとも。」


熊五郎:「どうすんだい?」


八兵衛:「あっしの手に大工道具はありませんが」


店主:「が?」


八兵衛:「あっしが引き受けましょう」


熊五郎:「何をだ」


八兵衛:「売り子を」


店主:「そうかい?できんのかい?」


八兵衛:「まぁ、道具もありませんし」


熊五郎:「大丈夫かい?」


八兵衛:「しかし!」


熊五郎:「なんだその間は」


八兵衛:「お聞きくだせぇ、お二人とも」


八兵衛:「この八兵衛、生まれた時から鳴き声は――立板に水」


熊五郎:「赤ん坊がそんなにしゃべるか」


八兵衛:「産声ひとつで産婆が三人、“もう一度”と集まった」


店主:「うるさい赤ん坊だな」


八兵衛:「泣けば近所が戸を開け、黙れば“今日はどうした”と心配される」


熊五郎:「迷惑な子供だ」


八兵衛:「寺子屋へ行けば、師匠が申した。“お前は字を覚えなくてよい、口で読め”と」


八兵衛:「読み上げれば隣町まで聞こえ、叱られれば三日三晩反省の声が止まらぬ」


八兵衛:「口一つで飯を食い、口一つで世を渡り、口一つで銭を呼ぶ!」


0:ぐっと前へ出る


八兵衛:「まさに――口から生まれた売り子の権化!」


熊五郎:「初めて聞いたよそんな生き物」


店主:「大した自信だな」


八兵衛:「大工は木を削る。だがあっしは――」


(間)


八兵衛:「人の腹を鳴らす」


熊五郎:「うまいこと言いやがる」


八兵衛:「お任せくだせぇ。この口一つで、この店に人の波を呼び込んでご覧に入れます」


店主:「……よし、やってみな」


熊五郎:「ほんとにやらせるのか」



0:八兵衛、店先へ出る


八兵衛:「さぁさぁお立ち会い!」

八兵衛:「今朝ほど蒸し上がりましたるは、ただの饅頭にあらず!」

:

八兵衛:「ただ甘いだけなら砂糖でよい!ただ白いだけなら雪でよい!だがこの饅頭はぁ〜〜違う!」

八兵衛:「見ておくんなさいこの白さ!初雪よりやわらかく、空の雲よりまろやか!」

:

八兵衛:「おっと、大げさではございませんよ、指で押せば……」

八兵衛:「ほれ!ゆっくりと沈む!だが沈みきらぬ!そしてわずかに戻りくる!まるで“もう一度触れてくれ”とそう、名残惜しそうなこの塩梅!」

八兵衛:「何処の誰かさんと違って、指で押しても怒りはせぬ!ちょいと、つまんでみても拗ねませぬ!だが、ちょっと乱暴に扱えば、」

八兵衛:「ほれ、皮が、ほろり」

八兵衛:「さぁ、ほろり、と割れて中から餡が顔を出す。その餡が、ただ甘いだけなら子供のおやつ。だがこちら、そんじょそこらのもとは訳が違う!」

八兵衛:「歯を立てればまず皮が、両手(もろて)を上げて迎え入れるように、すっと道をあける。決して抵抗せず、かといって崩れすぎもせず。なんと程よい歯触りか。そして歯が『おお!』と驚き、続きに舌が『ほう!』と唸る」

八兵衛:「そして〜〜この餡。音にすればとろり。しかしすぐには、流れえぬ。音にすればとろりと言えど、だがしかし、まだまだ締まりがござんす。甘さは前へ出しゃばらぬ。砂糖は脇役、小豆が主役。小豆が胸を張って申します、“私が主役にございます”と」

八兵衛:「甘すぎれば水が欲しくなる。だがしかしこの饅頭、二つ三つと手が伸びる。茶が冷める前に皿が空く」

八兵衛:「そこの坊ちゃん、まだ泣くんじゃぁない!泣いても餡は増えぬもの、ただし、親御さんにねだれば増えるかもしれぬ!」

八兵衛:「まだまだほんの序の口だ」

八兵衛:「実はこの饅頭……あと一歩で将軍様へ献上というところまで参った」

八兵衛:「嘘と思われるか?ほんとだとも!」

八兵衛:「城へ持ち込まれ、御用役人が味見をした。一口食べて目を閉じ、二口目で天を仰ぎ、三口目で膝を打った」

八兵衛:「役人曰く……“これはいかん”」

八兵衛:「“うますぎる”と」

八兵衛:「“これを献上しては、他の菓子達の立つ瀬がねぇ”」

八兵衛:「このままでは国が揺らぐ!餡一つで世が動くこともある!」

八兵衛:「そして、泣く泣く町へ戻された。それが……」

八兵衛:「この饅頭ときた!」

八兵衛:「ほらほら、慌てなさんな!さてさて、将軍様になりそこねた味だ!並ばず買えるのは今だけだ!」

地の文:「三つ!」「五つ!」と声が飛ぶ。

地の文:銭が鳴る。


店主:「売れてる……」


熊五郎:「道具いらねぇな」


地の文:やがて完売となりまして。


店主:「八兵衛」


八兵衛:「へい」


店主:「明日も来るかい」


八兵衛:「へい、今度は大工道具持ってきますんで」


店主:「道具なんていらねぇよ」


地の文:そして翌日になりまして。店の前では、また八兵衛の売り文句が。


八兵衛:「さぁさぁお立ち会い――」


店主:「やめろやめろ!」


八兵衛:「へ?」


店主:「今日は饅頭がねぇ」


八兵衛:「……は?」


店主:「蒸してねぇんだよ」



八兵衛:「そうですかい……。売るもんがなけりゃ、口も働きませんな」



八兵衛:「なんせ、昨日は働き過ぎやした」



――おあとがよろしいようで。

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