第21話 コンクリートとインサイド
月曜日の放課後。
先週、大掃除の末に手に入れた「秘密基地」ことボロ物置小屋の前に、3人の姿があった。
「ほらよ。支給品だ」
宮下がドンッと地面に置いた段ボール箱の中には、真新しい3足のシューズと、編み込み模様が特徴的なボールがいくつか転がっていた。
寺田「おおっ、靴じゃん! ……ってか、なんだこの形? つま先から側面にかけて、やけに平べったいというか……普通の運動靴と全然違うぞ?」
段ボールから靴を取り出した寺田が、不思議そうに靴底や側面をひっくり返して見ている。
坂下が、自分の靴紐を結びながら淡々と答えた。
坂下「それがセパタクロー専用のシューズよ。側面が平らになっているのは、ボールを『インサイド(足の内側)』で正確に捉えるため。靴底のゴムも、体育館の床で滑らないように特殊な作りになってるの」
寺田「へえー! すげえ、専用の靴なんてあるんだな。……よいしょっと。うお、しかも俺の足にピッタリだ! 先生、なんで俺たちの足のサイズ知ってるんですか!?」
宮下「アホ。先月の身体測定のデータ見たに決まってんだろ。教師の権力を舐めんな」
寺田「しょ、職権乱用だ!」
宮下「それと、当分の間、練習場所はここ(部室前)を使え」
寺田「え? ここって……外なんですけど。セパタクローって体育館でやるんですよね?」
宮下「アホ。ポッと出の新設部活に、ポンと割り当てられるスペースなんてねえよ。他の部との兼ね合いってモンがあるんだ。しばらくはここで大人しく基礎でもやってろ。じゃあな」
面倒くさそうに手を振りながら、宮下はさっさと校舎の方へと歩き去っていった。
残された3人は、コンクリートの空き地と、段ボールの中身を交互に見つめる。
寺田は立ち上がって軽く足踏みをした。
寺田「ま、まあいいか! 靴も揃ったし、いっちょ練習始めますか!」
意気揚々とボールを拾い上げた寺田は、サッカーの要領でポンッとボールを空中に浮かせ、利き足のスネのあたりで勢いよく蹴り上げた。
バキャッ!
鈍い音が響いた直後。
寺田「いっっっだぁぁぁぁぁぁ!?」
寺田はスネを押さえ、カエルのように地面を転げ回った。
染谷「……どうしたテラ。瞳がうるんでいるぞ?」
寺田「な、なんだよこれ! こんなのボールじゃねえ! ただの丸い石だろ! スネの骨がぁぁぁ!!」
涙目で抗議する寺田を見て、坂下は呆れたようにため息をついた。
坂下「寺田君。セパタクローの公式球は、特殊なプラスチックを編み込んで作られているの。サッカーボールみたいなクッション性なんて皆無よ」
坂下は足元に転がってきたボールを拾い上げ、コンコンと爪で弾く。
硬質な音が鳴った。
坂下「ちなみに、冬場になると寒さでプラスチックがさらに硬化するから、凶器レベルの硬さになるわよ。だからこそ、セパタクローでは足の甲やスネじゃなくて、一番面積が広くて痛みが少ない『足の内側』を使ってボールをコントロールするのが基本中の基本なの」
そう言って、坂下はボールを軽く宙に浮かせると、右足のインサイドでポン、ポン、と正確に真上へと蹴り上げ始めた。
坂下「ボールの硬さと弾み方に慣れること。まずはインサイドリフティングを徹底的にやるわよ」
***
それから3日間。
部室前のコンクリートの空き地には、ひたすらにボールを蹴る音が響きわたる。
インサイドでのリフティングに加え、レシーブ練習も追加された。
「寺田君、足の面が前を向いてる! もっと真上に!」
「くっ……! どうしても前に飛んでいっちまう……!」
坂下が下投げでふわりと投げたボールを、寺田がインサイドで弾き返す。しかし、独特な動きに未だ慣れない寺田のボールは、どうしても前方へと斜めに飛んでいってしまう。
「次、染谷!」
同じように坂下がボールを投げる。
染谷はスッと右足を開き、股関節を柔らかく使ってボールの落下点にインサイドの面を合わせた。
ポンッ、と小気味良い音を立てて、ボールが坂下の胸の高さへと正確にフワリと返る。
染谷「……なるほど。サッカーのように『運ぶ』のではなく、完全に『殺す』か『生かす』かの二択というわけか」
染谷は持ち前の分析力と、異常な柔軟性を駆使して、瞬く間にインサイドキックのコツを掴んでいった。
だが、基礎練習ばかりの反復は、やがてこの男のフラストレーションを呼び起こす。
木曜日の放課後。
「___基礎の構造は完全に理解した」
額に汗を滲ませた染谷が、足元でボールをピタリと止め、坂下を真っ直ぐに見据えた。
染谷「そろそろ、俺にも空を飛ばせろ」
坂下「……ダメよ」
坂下は即座に却下した。
坂下「セパタクローのアタックは、かなりアクロバティックな動きを要求されるわ。もし、体勢を崩してこんなコンクリートに打ちつけられたら.......下手すれば死ぬわよ」
染谷「ふっ、俺を甘く見__」
坂下「甘く見てるのはあんたの方よ! 遊びじゃないの。絶対にここでは飛ばせないわ」
語気を強める坂下。
だが、染谷はどこ吹く風で、ふっと視線を宙へと向けた。
染谷「……確か、お前が公園でやっていたのは、こんな動きだったか?」
坂下「え? ちょっ__」
坂下の制止の声が終わるより早く。
染谷は助走すらつけず、その場からバネのように跳び上がった。
「っ……!?」
坂下は息を呑んだ。
高い。ただの垂直跳びとは次元が違う。
空中での恐ろしいまでの安定感。
最高到達点で、染谷は体を捻り、鋭い蹴りのモーションに入る。
(頭から落ちる……!)
コンクリートに叩きつけられる最悪の想像が坂下の脳裏をよぎったが、それは杞憂に終わった。
空中で遠心力を綺麗に逃がした染谷は、しなやかな猫のように両足でスタッと地面に着地してみせた。
静まり返る部室前。
数秒の沈黙の後、坂下の堪忍袋の緒がブチッと切れた。
坂下「あんた、死ぬ気!? 今バランス崩して頭から落ちたらどうするつもりだったのよ!!」
本気の怒声が響く。
だが、怒りで肩を震わせる坂下の内側で、プレイヤーとしての本能が打ち震えていた。
(……ウソでしょ。初めて跳んだのに、空中で軸が全くブレなかった……)
あの跳躍力。
あの空中でのボディコントロール。
当初、坂下は自分が点取り屋であるアタッカー(キラー)を務めるつもりだった。
素人の二人にアタックを教え込む時間はない。ならば、寺田には徹底的にレシーブを。呑み込みの早い染谷には更にトスも叩き込み、自分が点を取るのが一番現実的な戦術だと思っていた。
だが、今の跳躍を見て、その「常識」が完全に崩れ去った。
時間はないが、染谷なら.......
坂下は深く、長くため息をついた。
そして、不敵に笑う天才の顔を睨みつけ、宣言する。
坂下「……わかったわ。でも、ここでは絶対にダメ。……場所を変えるわよ」
染谷「ほう?」
坂下「明日、あんたに空の飛び方を教えてあげる」
金曜日。練習試合、前日。
3人の特訓の舞台は、「全てのはじまり」である芝生の公園へと移る。




