第23話 4人で囲む机
資料が机の上へ置かれる。
過去の文化祭での飲食物について、まとめたものだ。
机を囲んでいるのは、わたしを含めて四人。
七条愛理さん。
川崎日和さん。
乃木瀬里奈さん。
覚えたばかりの名前を心の中でもう一度繰り返す。
……緊張する。
文化祭のことももちろんだけれど、それ以上に、初めて同じ班になった人たちとうまく話せるだろうかという不安の方が大きかった。
「じゃあ、みんな頑張ってくださいね!」
真滝さんは満足そうに笑うと、軽く手を振って離れていった。
教室には他の班の話し声が広がり始める。
けれど、わたしたちの机だけは、不思議なくらい静かだった。
誰も口を開かない。
机の資料を見つめる人。
手鏡で前髪を整えている人。
気だるそうに教室を眺める人。
どうすればいいのか分からず固まっているわたし。
静かな時間が、少しだけ続いた。
「……で?」
最初に口を開いたのは、七条さんだった。
「なんでこの4人なわけ?」
少し棘がある言い方だった。
けれど、誰かを責めているというより、純粋に組み分けを疑問に思っているようだった。
「さー、知らなーい。でも、愛理ちゃんとは一度話してみたいと思ってたんだよね!それに雪ちゃんも」
手鏡を見ていた乃木さんは顔を上げ、元気に答える。
向けられた視線に、どう返せばいいかのか分からなかった。
「あたしはアンタと話したいと思ったことないけど」
「まあまあ、この際だから仲良くやろうよ」
乃木さんの言葉をバッサリと切り捨てる七条さん。
でも、それを意に返さない乃木さんもすごい。
「お互いに知らないことも多いし、まずは自己紹介からだよね」
「名前なら、さっき聞いたでしょ」
「趣味とか好きなものは知らないじゃん」
「別に知らなくても困らないけど」
「じゃあ、まずウチから!」
七条さんの素っ気ない言葉を気にした様子もなく、乃木さんは元気よく声を上げた。
「乃木瀬里奈です!料理大好き!楽しいことも大好き!文化祭も全力で楽しみたいから、よろしくね!」
そう言って、にこっと笑う。
太陽みたいな笑顔だった。
その笑顔を見ているだけで、不思議と教室が少し明るくなったような気がした。
「次、ひーちゃん」
「……ん」
乃木さんに促され、資料を眺めていた川崎さんが顔を上げる。
「川崎日和。本を読むのが好き。よろしく」
乃木さんとは対照的に、表情をほとんど変えず、淡々と自己紹介を終えた。
短い自己紹介だった。
けれど、今のわたしにはそれくらいがちょうどよく感じられた。
「……」
「……」
再び、沈黙が訪れる。
次は、わたしだろうか。
そう思って口を開こうとしたけれど、声が喉の奥に引っかかる。
何を言えばいいのだろう。
名前はさっき伝えた。
けれど、乃木さんのように好きなことも、川崎さんのように趣味と呼べるものも、わたしには思いつかない。
何も言えないまま、机の下で指を握る。
そのとき、七条さんの視線が一瞬だけ、わたしの方へ向いた。
「七条愛理。よろしく」
ぶっきらぼうな声だった。
乃木さんと川崎さんが、少し意外そうに七条さんを見る。
けれど、七条さんは何事もなかったように教室に目を移す。
もしかして、わたしが困っていることに気づいてくれたのだろうか。
それは分からない。
ただ、七条さんが先に名乗ってくれたことで、少しだけ息がしやすくなった。
「雪華……雪です」
三人の視線が、今度はわたしへ向けられる。
胸が縮こまるような感覚を堪えながら、言葉を続けた。
「まだ分からないことばかりですけど……よろしくお願いします」
「うん、よろしくね!雪ちゃん!」
乃木さんがすぐに笑顔を返してくれた。
「……よろしく」
川崎さんも小さく頷く。
七条さんは何も言わなかったけれど、ほんの少しだけ顎を引いた。
それだけで、拒まれてはいないのだと思えた。
「それじゃ、自己紹介も終わったし、早速本題に入ろっか」
乃木さんはそう言って、資料を読み始める。
「去年は簡単に作れるものばっかだね」
わたしも資料を見る。
けれど、料理の名前ばかり並んでいて、何を決めればいいのかよく分からなかった。
飲食系をやるのはわかるけど、それ以外の情報がないから、話に参加できるだろうか?
「ねぇ、そもそもあたし達って何やんの?あんま把握してないんだけど」
乃木さんの話を遮り、七条さんが言葉を投げる。
「あー、愛理ちゃん興味なさそうだったもんね。OK、じゃあ説明するね」
乃木さんは資料を1枚手に取ると、机の真ん中へ広げた。
「うちのクラスがやるのは、コスプレ喫茶!」
「……こすぷれ?」
思わず聞き返す。
「そっ。みんなが普段とは違う格好をして接客するの。メイドさんとか、お嬢様とか、そういう感じ!」
接客をするということはわかった。
でも、普段とは違う格好……ふと思い出す。友希さんの家へ持って来た数々の衣装の存在を。
ああ言うのがこすぷれ……と言うのでしょうか?
「どう?何かわからない点とかあった?」
「は、はい……わかり……ました?」
「そんなに難しく考えなくていいわ。要するに、接客しながら飲み物とか軽食を売るってこと。それだけ」
「愛理ちゃん、夢がないなぁ」
乃木さんが肩を落とす。
「文化祭なんだから、もっと楽しそうに言えばいいのに」
「楽しみなんて人それぞれでしょ」
そのやり取りを見ているだけで、不思議と少しだけ肩の力が抜けた。
二人とも言い方は全然違うのに、どちらも文化祭をちゃんと成功させようとしていることは伝わってくる。
「出来た」
静かだった川崎さんが、いつの間にか握っていたペンを机に置き、口を開く。
「お、もしかしてその紙、メニューの案?」
「ん」
川崎さんは、資料とは別の紙に書かれた自作のメニュー表をわたし達に見せる。
「メインはカレー。飲み物はクリームソーダとか、コーヒーとか」
「おお、良いじゃん」
「さらにデザートにはクレープ、パンケーキなんかも入れてみた」
「おお!美味しそう!」
乃木さんは嬉しそうな声をあげる。
川崎さんは満足げな顔を浮かべていた。
「けど!」
そこで乃木さんは、少しだけ悪戯っぽく笑った。
「1個くらいは新しいメニュー作りたくない?」
「もうこれで良いじゃない」
七条さんは即答した。
「売れた実績あるんでしょ?」
「それはそうなんだけどさー」
乃木さんは頬を膨らませる。
「せっかく文化祭なんだよ?去年と同じだけじゃつまんなくない?」
「ならアンタが作りなさいよ」
机の上が少しだけ静かになる。
2人とも間違ったことは言っていない。
去年と同じなら失敗は少ない。
でも、新しいものがあれば、もっと楽しんでもらえるかもしれない。
どちらが正しいのだろう。
「あ、あの……」
気づけば、わたしは口を開いていた。
三人の視線が、一斉にこちらへ向く。
心臓が大きく跳ねる。
「去年と同じものがあると……安心して買える人もいると思います」
3人は黙って聞いてくれている。
「でも……1つだけ新しいものがあったら、お客さんも楽しんでくれる……かもしれません」
言い終える頃には、また声が小さくなっていた。
「……す、すみません」
「……はぁ、わかったわよ」
七条さんが短く言う。
その様子をニヤニヤと乃木さんは眺めていた。
「……なによ」
「べっつにー。それじゃあ、1個だけオリジナルを考えよう!」
「まずは試作」
川崎さんがぽつりと呟く。
「じゃあ、今日の放課後どう?」
「今日……ですか?」
「うん!」
勢いよく頷く乃木さんに、わたしは少し困ってしまう。
「あの……今日は、その……予定があって」
「予定?」
乃木さんの目がきらりと光る。
「ほほぉ?もしかして彼氏?」
「ち、違います!」
「じゃあ彼女?」
「ち、違います!」
「えー!気になるー!」
乃木さんが身を乗り出してくる。
どう説明すればいいのか分からず、わたしは慌てるばかりだった。
「乃木」
七条さんが静かに声を掛ける。
「その辺にしときな」
「……はーい」
乃木さんは素直に椅子へ座り直した。
「じゃあ明日?」
「土曜日なら……大丈夫です」
「決まり!」
乃木さんが嬉しそうに笑う。
「で、どこで作る?」
その一言で、今度は全員が考え込んだ。
「家庭科室は?」
「土曜は開いてないと思う」
川崎さんが首を横に振る。
「ウチじゃあ、狭いしな」
「じゃあ」
七条さんが何でもないことのように口を開いた。
「場所がないなら、あたしん家使えば?」
一瞬、机の周りが静まり返る。
七条さんのその一言は、文化祭の準備だけではなく、わたし達4人の距離も少しだけ動かし始めていた。




