第6話 1
ババアが喚起した転移魔法によって、俺達はラグドール領城から一気にフォルス大樹海の浅層にある祭祀場まで移動した。
同行したのは<竜爪>の精鋭三十名と、それを指揮するロイド兄。
俺の直臣としてボリスン達、黒狼団の隊長候補三名も来ている。
今回は魔境の深奥に踏み込む事になる為、それに刺激された魔物や魔獣が周辺に溢れ出る可能性を考慮して、<竜爪>の大部分はフォルス大樹海の周辺部に配置する事にした。
マリ姉やボリスン達以外の黒狼団九名もまた、それに同行させている。
リディアとエレ姉は俺達と一緒に来てもらった。
魔道に秀でている二人にはこの祭祀場を拠点として、俺達への情報伝達や各隊の連携を任せる事になる。
「――あ、やっと来た! 遅いよ! なにしてたのさ!」
と、黒い戦装束姿で腰に手を当てながら、頬を膨らませて俺達に不満を漏らすのは、幼女の姿を取ったクロだ。
「お、その格好を見るのは久しぶりだな」
「可愛いんだから、いつもその姿でいれば良いのに」
ロイド兄やエレ姉がクロにそう声をかけるが、クロは肩を竦めて首を振る。
「ヤだよ。キミらだっていつも礼装でいろなんて言われたらヤだろ?
ボクにとって本性の愛玩形態以外は、そんな感じなんだ。
こんな場所だから、仕方なくこの姿をしているけどね」
あの姿――幼生形態のクロは、はっきり言って強い。
旅立つ前のアリシアへの修了試験として、ババアはあの姿のクロとの立ち合いを課していたんだが、双剣を使うアリシアに対してクロは短刀一本で相手をしていたんだ。
その時にヤツが言っていた話では、あの姿のクロからまともに一本を取れたのは、歴代王族の中でも数えるほどしかいないのだとか。
元々あの姿は、ババアの護衛を務める目的として創られたそうで、大銀河帝国騎士相当の戦闘能力があるんだそうだ。
「――そんな事より現状報告!
ボクは主の指示通り、明け方に王宮騎士達の駐留地に魔獣を誘導して彼らの分散に成功。
その後その一部をさらに誘導して、スクォールが潜伏した集落に導いた。
そして一時間ほど前、その隊とスクォールらは激突し――スクォール達は彼らを全滅させて樹海の奥へと逃れた」
クロの説明に、ババアはアゴを撫でながら鼻を鳴らす。
「……ふむ。王宮騎士がバラけてるのが面倒だね」
「ここのコンソールからでも走査できるでしょ。
各個撃破で行ける行ける!」
気楽に言い放つクロに、ババアは俺達を見回す。
「まあ、そうだね。
――全滅させられた隊ってのは、なにかおかしなマネはしなかったのかい?」
「うん。正直、今の王宮騎士の劣化を見せつけられた気分だったよ。
……能力もそうだし、性質も、ね――」
クロはババアにそう皮肉げに語り、肩を竦めた。
「逆にスクォールと彼と一緒にいるやつらはヤバいね」
「――スクォールと一緒にいるやつら?」
俺の問いに、クロはやや表情を曇らせながら応える。
「うん。たぶん、スクォールが連れ去ったという孤児院の子達だと思う。
はじめは騎士達に襲撃されて逃げ惑ってたんだけどさ……」
クロが言うには、騎士達は集落に辿り着くなり彼らを襲い出したらしい。
「――どうも異端魔道士の尖兵という認識だったみたい。
魔獣に追われてビビり散らかした挙げ句に、そんなのに出くわしたもんでさ……はっきり言ってあいつら、野盗や山賊みたいだったよ。
……黒狼団のがよっぽど騎士だって思った」
クロは言葉を濁したが、恐慌状態だった騎士達は無抵抗な者達に非道を行ったのだろう。
「そこへスクォールが駆けつけて、連中の兵騎を潰してさ。
……たぶん、あの子達はこれまで対人戦闘の経験がなかったんだと思うんだ。
武器を持っているのに、応戦すらまともにできてなかったからね。
けど、スクォールの指示で敵と――魔獣と一緒と認識した途端、連携して騎士達に逆襲をはじめてさ……」
そこからは、ほぼ一方的な蹂躙だったのだという。
騎士達は逃げる事すら許されず、瞬く間に仕留められたそうだ。
生き残りとなった兵騎騎乗者は、大破した騎体から引きずり降ろされ、仲間の復讐とばかりに行われた過酷な拷問の末に襲撃目的と隊の全容を吐かされ、始末されたのだと――クロは俯いて表情を隠しながら語った。
ババア同様にこの世界――この星の始まりから人類を見守ってきたクロもまた、『身内』と捉える範囲が極端に広い。
計略の為に自らで行った事とはいえ――いや、自ら導いたかこそ、騎士と元孤児らの潰し合いには思うところがあるのかもしれない。
そんなクロの頭に、ババアは手を乗せて撫でる。
「――つまり元孤児達は、分散させられていたとはいえ、仮にも騎士学校を出てる連中を全滅させられる戦闘力を持ってるって事だね?」
「あ、うん。聞いてた通り封印をいじられてて、身体強化できてるのもそうだけど――」
と、周囲に<竜爪>がいるからか、クロは言葉をぼかして続ける。
「戦闘スタイルがさ、なんかちゃんとしてるっていうか――どっかで見た事があるんだよね……足運びとか、間合いの取り方とか」
「――や、それって……アリシアが孤児院で教えてたからじゃね?」
俺は思いつきを口にして見る。
直接教えていたという話はあいつから聞いていないが、子供は年長者のマネをしたがるものだ。
カイルやレントンがアリシアに教わっていたのをマネし、それを覚えていて鍛錬を続けていたとしても不思議ではない。
「あ~、ありえるね……
そっか、言われてみれば確かに――アレは八竜の歩法を中途半端に真似ようとしてるようにも……」
封印が解除されていたとはいえ魔動が王族に及ばなかったカイルとレントンには、八竜は教えていないとアリシアは言っていたが、足運びや立ち回りなどの基礎的な部分――魔動を要さない辺りは教えていたとしても不思議ではない。
孤児達はそれを元に、この地で生き延びる為に鍛錬を重ねていたのだろう。
「……となると、孤児らは八竜使い――初伝相当と考えて当たった方が良さそうだな」
ロイド兄がそう戦力分析して呻く。
「――おまえら! 敵は対人戦闘を経験している。
騎士を――かつての王宮第一騎士団を相手にすると考えろ!」
その言葉を受けて、同行した<竜爪>の精鋭達は息を呑んだ。
若手連中と違い、熟練の彼らは前回の本祭時に王宮騎士団と実戦形式の演習を経験しているそうで、当時の騎士団の戦闘能力を熟知しているのだろう。
「――ま、ともかくは情報だよ。リアルタイムのが欲しいね」
ババアはそう呟き、左手を振るって銀色の長杖を構築すると、その石突きで足元を――綺麗に石組みされた舞台を叩いた。
高い旋律が響き、同時にババアの足元から銀色の波紋が石舞台を駆け抜ける。
「おおっ!?」
弟子の俺達は、ババアが脈絡もなく非常識な行動を取るのに慣れっこになっているが、そうではない<竜爪>達は驚きにどよめいた。
ババアの足元――ちょうど石舞台の中心部が割れ開き、深い穴が口を開いたんだ。
穴の底から金属音を響かせ、パッと見は石を磨いて造ったようにしか見えない、黒色の台が迫り出してくる。
――<制御盤>とかいう魔道器だ。
アリシアがグランゼス公爵領に持ち帰った<大工房>――クロが実験艇と呼んでいたアレにも似たようなものがあったな。
そして、その黒光りする台の上には――
『――ワシ……降・臨っ!』
半透明な鹿族の老人が天を仰ぎ、両手を掲げて立っていた。
「……おやまあ……」
呆れたようにババアが呟き。
「――こらあっ! ウェザーッ!!」
直後、叫んだクロが腰の後から銃型魔道器を引き抜き、老人を光閃で撃ち抜いた。
「ギャアアアアァァァァ――――ッ!!」
祭祀場の空に、老人にしてはやけに若々しく元気な――そしてどこか嬉しげにも聞こえる悲鳴が響き渡った。




