彼と彼女のティータイム②
手紙が届いた。
手紙を開かずとも封蝋印でわかってしまう。
めんどくさいと思って放置したいが、そうはいかない。
開けて中身を読んでみると、とても簡素な文が書かれていた。
「あーお呼び出しかー」
まあ周期的に近々だろうとは思っていたけど、気が重い。
深くため息をつきながら、その手紙を魔力で跡形もなく燃やした。
もうそろそろこの部屋にユリコがやってくるだろう。
こんなもの、彼女に見せる必要はないのだ。
「ハイノ、入ってもいい?」
「もちろん。」
そういうと、ボクが最近買い与えた本を持ってやってきた。
昼食を取ったのち、彼女はよく本を読む。最初は分からない言葉があるからと来ていたのが、今ではここで読むことが恒例となった。
ソファに座って本を読み始めたユリコの隣に座り、ポケットに入れていた石を取り出す。
普通の石にしか見えないし感じないが、そこそこ強い魔力が秘められているものである。
ただ、他の国ではこの石を使って生活魔法を使うらしく、わりと需要がある。他よりかは魔力が高い人間がわりと多いこの国ではこんなの頼らなくてもやっていけるため、採掘しては輸出し、結構良い値段での取引をしている。そのためこの石はとても高価という位置付けになっている。
この石を加工しなければ生活魔法が使えない。そのくせに加工するには石本来の魔力をけっこう使うため、実際石にはそんなに魔力が残らない。ということで、加工後残る魔力がなんとか減らないようにこっちで加工して輸出しては、という話が魔術師団にきた。ていうかそんなん出来てたら他の国もやってる、なんて思ったのはきっとボクだけじゃない。
そんなことを考えながら石をいじっていると、ユリコからのまさかの家出発言。新婚なのに離婚への道じゃないかと焦って問いただすと、そういうわけじゃなくて、ボク以外の他の誰かとコミュニケーションをとりたかったらしい。色々考えて、彼女に接触する人間がいないよう使用人すらも姿をみせないようにしてたのがここにきて裏目に出た。
だがここでぴーんとひらめく。ボクはお呼び出しを受けている。その間に、やつを連れてくれば良いのでは?と。なんか会ってみたい、みたいなこと言っていた気がするし。
というわけで、ボクは早速転移した。
「やあやあ!」
「せ、先生?」
転移した先では、コーヒーを飲みながらこれから目の前にあるタルトを今まさに食べようとカトラリーに手を伸ばしていた男がいた。
アウグストの若き頃に恐ろしく似ている男は、アウグストの第一子にして王位第一継承者、すなわち皇太子である。名前はラインホルト。幼い頃から全てを教えてきたため、未だに先生と呼ばれている。
「おっタルトかー何のタルト?」
最早空気となって仕事に徹する給仕の者に聞くと、レモンタルトと答えた。
「いや、先生、急にどうしました?」
「うん。ユリコがね、他の誰かとコミュニケーションをとりたいんだってさ。まあ色々事情を知ってて信頼できる子なら良いかなって思って、ここに来たってわけよ。」
「それはつまり、私が選ばれたってことですか?」
「そういうこと。さっそくだけど、カフェトリンケンに来ない?」
そうお誘いをすると、ラインホルトはカトラリーを置き、レモンタルトを包むように言いつける。それが彼の答えなのだろう。
程なくして用意されたレモンタルトを抱えるラインホルトをユリコの元に連れて行く。まあ分かっていたけど、ラインホルトを見た時の彼女の反応。まさしくアウグストを思い出していた。もちろん訂正して、この男はその子供であることを教えたけども。
ユリコがカフェトリンケンを楽しめるようにセッティングをする。もちろんラインホルトが持ってきたタルトも忘れずにセットする。彼女はパイも好きだけど、タルトも好きなのだ。
後はラインホルトがうまくやってくれるはずだと全投げしてもう一度転移した。
毛足の長い茶色寄りの赤いカーペッドが敷かれた部屋に立つ。
こちらに背を向けて、窓の外を見るように立つ女がいる。
窓にこちらの姿が映ったのだろう、その女はこちらを振り向いた。
「遅かったですね。」
金糸が豪華にも使われ、美しい刺繍が施されており、その生地は白いのに汚れ一つ見当たらない。そのような意匠の素晴らしいドレスを身につけ、かつその瞳と同じく緑の宝飾品を身に付ける者はこの国では一人しかいない。
アウグストの妻にして、ラインホルトたちの母である、帝国の皇妃、ただ一人。
朗らかな笑顔を見せるこの人も子を産みそれなりに年齢を経ているはずなのだが、とても若々しい。
「まあ貴方が時間通りに来ることはないので、わかってましたけれど。」
「それはそれは。」
この皇妃より自分のもとに来るよう手紙が来ていた。無視したい気持ちがだいぶ占めていたが、そういうわけにも行かないので、ラインホルトを借りてここまで来たというわけである。
「それで、あの石はどうです?」
あの石をこちらでうまく加工して今よりも利益を上げて売るようにできないか、という提案をしてきたのが皇妃だった。
しかもその石を最もよく下ろしているのが、彼女の祖国である。あの国は人間の魔力量がとても少ない。だからこそ、縁を繋ぐということでこの帝国に嫁がされたわけなのだが。祖国を搾取することも厭わない内容を提示してくるのだ、この皇妃は。
「そんなにすぐ結果は出せない。まだ待っててよ。」
「そうですか。そんなことだろうと思いました。」
じゃあそんな聞くなよ、と思ったけど、これは建前で本当に聞きたいことは別にあるとわかっている。
「ユリコ様はお元気ですか?」
ユリコにはもちろん言っていないが、皇妃も事情を知る人間だった。
かつて同盟国王女であった彼女は、アウグストのこともユリコのことも全て知った上で受け入れてやってきたのだ。
「元気だよ。ただ他の誰かと話したいみたいでさ、今ラインホルトを借りてるよ。これから定期的に借りようと思ってる。」
「まあ、あの子を。ユリコ様のお力になれるのでしたら幸いですわ。」
そう言ってにこにこと微笑む姿を見る者には、さすが皇妃様であると思われるだろう。
何も知らない者ならば。
「ユリコ様の幸せが、わたくしの幸せなのですから。」
それは嘘偽りない本音だった。
彼女の出自だが、第五番目の王女であり、上には数多の兄姉がいた。王女としての役割がないため、母と共に修道院に放り込まれたという。だが帝国の修道院との交流の場がもたれこちらの国に来た時に、訪れたユリコと会った。高貴なる身分の落ち人が汚れるのも気にせずに共に掃除をし、どんな食べ物が好きかなど世間話をするという驚き。彼女はあっという間にユリコに傾倒したという。そして祖国に戻った折、ユリコが国を助けるため自分の命を犠牲にしたこと、姉が亡くなり帝国の皇子に自身をあてがう話が出ていることを知る。母は逃げるよう言ったが、彼女は嫁ぐことを強く望んだ。
ユリコこそが彼女の心の拠り所であると同時に至高であり最愛の存在。命を散らされたということに強い怒りを覚えるも、この後はユリコの加護を受けるその土地で祈りを捧げ、そして子々孫々と命を繋がるよう生きていこうと考えて嫁いだ。その後ユリコが仮死状態でありいずれ復活すると知り、良い協力者となってくれた。
皇妃はとても抑圧された世界で生きてきた分、ユリコへ並々ならぬ想いを持っているのはすぐに分かった。
夫であるアウグストでさえもそれを知らない。当然だろう、まさか皇妃がそんな気持ちを抱えているとは思わない。
きっとアウグストは、皇妃はいつも笑顔で穏やかな女性とでも思っているのだろう。まあでも、表面上は夫婦としてそこそこ上手くやってるだから良いのだろうけど。
皇妃はユリコが望むように生きることを望み、それこそが自身の幸せと言っている。
だからユリコが愛しているなら、とボクの存在を許しているが、アウグストの手に渡ることは良しとしない。ユリコがそれを望まないから、皇妃もそれを望まないのだ。ゆえにユリコが生きてボクのもとにいることを夫であり皇帝たるアウグストに進言しない。
夫婦ともにユリコに対して歪んだ想いを抱いているというのに、それを互いに共有するどころか認知すらしていないなんて笑えるな、と前にラインホルトに言ったら深く頷いていた。
「ほんと歪んだ癖だよね。」
「ハイノ様こそ。誰にも会わせず囲っているなど、歪んでいることこの上ありません。」
「いや、今日ラインホルトに会わせたし。」
「でも本質は変わらない。そうでしょう?」
笑顔を貼り付けたままそういう皇妃。
確かに、誰にも奪われたくがないために、ユリコが目覚めてからすぐに囲ったことは認める。見つからない自信はあったし、そこそこ動きやすい拠点ということもあったからあそこに住み続けている。
「初恋は拗らせるものではありませんね。」
「お前たちもね。」
皇帝、皇妃、そしてボク。皆初恋だ。
ボクたちはみんなそれぞれ力をもっている。そしてそれを彼女のために最大限活用する。
でもそれをユリコに知られたくないので教える気はない。
「話は以上です。お帰り下さい。あとラインホルトを返して下さいな。」
「ラインホルトをさっさとユリコから離せってことね。はいはい。」
「まあ。」
そしてころころと笑う皇妃は、ボクの言ったことを否定しない。
ボクも皇妃も、あのラインホルトがユリコとどうにかなるとは思ってないし、そう言う目で見ることはないと思っているが、念のためである。
それに初対面の相手と長々と話すのも、きっとユリコを疲れさせる。
「まあいいや。それじゃ。」
そう言って、きっと緊張でタルトが食べられないだろうユリコと、只管求められた説明をしているだろうラインホルトのところに転移するのだった。




