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彼から見た世界②

彼サイド

 

 こんこん、と扉を叩く音が聞こえる。

 うたた寝してしまったらしい。

 しかもだいぶ懐かしい夢を見た。自分が物心ついた頃、その後他国を旅したこと、大切な友ができたこと、その子孫を見守ってきたこと、かつての魔法陣を消しかつての同胞と相まみえたこと、母と最後の別れをしたこと。

 少し前に思いを通わせたユリコに自分の歳を教えたのだが、その時に昔話を請われ覚えているものを古いものから順に話した。だからだろうか、こうして夢に見てしまったのは。


 トーイチと同じ落ち人であり大きな魔力を持つユリコは結界の礎となるべく仮死状態となった。

 その後アウグストは同盟国の王女と結婚し、数年後皇帝となった。やがて皇帝夫妻はニ男一女に恵まれ、可でもなく不可でもなく国を維持している。それから年月がたち一番上の皇子が御歳二十二となる年、ユリコは目覚めた。

 ユリコが目覚めるまで二十余年ほど経っているのだが、そういうところを話すその機会を最初に逃してしまったため未だに話すに至っていない。ユリコに聞かれたら答えようかな、という程度の重要度が低い事柄なのである。

 あの庭園で告白して、彼女に受け入れてもらってから、すぐに自分の屋敷に転移し、そのまま屋敷で共に暮らしている。ただ魔術師団としての仕事があるため、こうして城に来るのだが、そういうときは彼女を屋敷に置いてきて、いつもよりも強固な結界を張ってくる。


 もう一度扉が、今度は少し強めに叩かれる。どうぞ、と言うやいなやすぐに部屋に入ってきた。


「やあ、ラインホルト皇子。」


そういうと、相手はおもいっきり眉間に皺を寄せた。


「あなたから呼び出しておいて、これは無いのでは?」

「ごめんごめん。ほら座ってよ。」

「まあ、良いでしょう。」


 ボクに言われるがまま座り心地のいい長椅子に座るのは、アウグストの第一息子たるラインホルト。アウグストに生写しの相貌かつ力もそのまま受け継いでいる。ただ、中身は違っていて、全部に全力を尽くすのではなく程よく手を抜く狡猾さを持ち、本音を明かさずに相手をやり込める腹の暗さや口の上手さを持っていた。

 王位継承者でなければ魔術師団に引き入れたいと思うくらいに惜しく思えるほどの人物で、わりとラインホルトを気に入っていた。


「で、アウグストはどうなの?」

「ご存知の通りですよ。父しか入れぬはずの庭園から"落ち人姫"が忽然と姿を消したのです。国中を血眼になって探させてます。」


 他の誰も合わせることなく大切にしているユリコという落ち人。アウグストは彼女の名を呼ばれることすら厭うようになったため、いつしか人は"落ち人姫"と呼ぶようになった。


「ハイノ先生のおかげで、結界が必要なくなりました。そのため落ち人姫も起きるだろう、と父も喜び勇んで庭園に行ってみれば姿形もないんです。そりゃ半狂乱になるでしょうよ。」


 彼女への執着心は異常ですから、とラインホルトは鼻で笑う。

 昔のアウグストはこうではなかった。誰がどこからどう見ても真面目な好青年だったのだ。今でも為政者として適切な判断力はあるし、皇妃も子供達も大事にしている。それなのにユリコのことだけは異常な執着心を見せる。

 王として夫として父としてちゃんとしているから、多少このような人間味があっても良いだろう、という意見が大部分だった。そんなんで良いのだろうか。


「数十年と執着する対象、一度は見てみたいもんです。」

「ははっそれは無理なんじゃない?」


 絵姿すらも残さなかったのだから、彼女と会う以外術はない。しかし合わせるつもりはないので、それは叶わないだろう。

 どこでどうアウグストと繋がるか分からない。だから極力人に会わせないようにしている。今のアウグストはユリコに何をするかわからない上に、権力も持ってるから始末が悪い。


「まあ会わせないでしょうしね。」

「わかってるねぇ」

「ところでハイノ先生いい人でも出来たんですか?最近よくご自宅に帰られるじゃないですか。しかも嬉しそうに。」


 ニヤニヤしながらこちらを見てくる。

 良い"耳と目"を持つこの皇子だ、何となく察してはいるのだろう。

 それでも完全に尻尾を捕まえさせるほど、伊達に長年生きてない。成長していても、こちらにとってはまだまだひよっこの生徒である。それはアウグストも然りだ。


「そんなにじっくりボクのことを観察してるなんて、ほんとキミはボクのこと大好きだよね。」

「やめてください、気持ち悪い。」

「えっひどくないー?」


 大袈裟に悲しがると、とても面倒臭いと言いたげなため息をついた。


「外に出さず、商人すら引き入れないのですから、そうそう情報は漏れないでしょうね。大方、転移して国外とかで買い揃えてるのでしょう?」

「そう言う人いるっての決定事項なのね。」

「否定はしないんでしょう。でも関わると面倒くさそうなので、これ以上聞こうとも聞きたいとも思わないので言わないで下さいね。さっきのは冗談ですよ。」

「……ほんと、ちっこい時からいい性格してるよ、お前。」

「父よりよほど貴方の方が私と関わっていましたから、受け継いだんじゃないですか?」


 ああ言えばこういうとはこの男のことだろう。

 もはや慣習で、皇子や皇女の教育係をしたのだが、その中でも魔力の才能が最も高く知識欲も貪欲だったラインホルトには付きっきりで指導するように言われた。その結果寝ても醒めても共にいることになり、自分に近しい考えを持つようになったのかもしれない。


「物心ついた時にはそばにいて、私にありとあらゆる知識を授けてくれ、時に叱り、教え導いてくれた貴方に感謝してます。」


 普通の人間なら王族を叱るなどできないだろうから、新鮮だったろうな、と思う。


「貴方は、どの時代も特定の誰かを長くそばに置くことはなかったと聞きます。でも、今、もしそういう人が出来たなら、私個人としてはとても嬉しく思います。なぜなら貴方は、私の恩師であり、もう一人の父なのだから。」

「ラインホルト……」

「まあ、そういうことです。さっきは面倒臭いなんて言いましたけど、貴方の幸せに繋がるならば、私は詮索しないし他の何者にも貴方達の情報を渡さないと約束します。」


 手塩にかけ育て大きくなった皇子に恩師やら父やらと言われるなんて感慨深い。そして貴重な情報を渡さないと約束してくれたことも。


「大丈夫ですよ。貴方に育てられたんです、秘密主義だけど嘘は言いませんよ。」


 茶目っ気たっぷりにウィンクしてそう言われる。

 アウグストはこんな表情見せなかった。瓜二つと言われるほど似ているか、中身まったく違うものだ、と心底思う。


「もちろん、わかってるよ。」

「それなら良いんです。」


 さて、と言ってラインホルトは立ち上がる。


「ではそろそろお暇しますね。」

「わかった。それじゃあ、また。」


 そしてラインホルトは、この部屋から出て行った。

 あの皇子はわりと行動派であちこちに行くため、この城にいることはあまりない。こうして会えるのも貴重なのだ。それでも彼は、こちらが望めばなんとか時間を工面して必要な情報を渡してくれる。


 まあ、見返りをそれなりに求められる時もあるが、だとしてもこちら側が得することが多い。それは単純に慕ってくれていたから、ということなのだろうか。


 自分にはユリコという大切な人ができた。

 もし叶うならば、ラインホルトにも心より大切に思い、生涯寄り添ってくれる人が現れると良い。


「うーん。ユリコに会いたいし、そろそろ帰ろうかなぁ。」


 今日はユリコが美味しいと言っていたアップルパイを買って帰ってから、いつもの紅茶を淹れて食べよう。そうしたら彼女はにこにこと笑うだろう。

 そんな彼女を思い浮かべると、自然と口角があがる。

 善は急げといそいそと帰る準備をした。



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