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彼から見た世界①

彼サイド

わりと暗めです

 

 小さい時のことは覚えていない。

 気が付いたら、大きく湿った牢屋で大人数で入れられ生かされていた。


 その時がくれば手に縄をまかれ、大きな魔法陣が描かれた部屋に皆で連れていかれて長時間強い魔力を流される。そして時間になればまた部屋に戻され、粗末な食事を与えられて眠りにつく。その繰り返しの日々だった。

 この部屋に収容されている人間の年齢も性別もばらばらだった。

 この部屋には、老婆がいた。

 その老婆はもとは人に物を教えていたという。だから、読み書きを教えてくれたし、世界のことや、なぜこんな生活なのかも教えてくれた。


 この国は小さな国だが、資源が豊かであり、隣接する他国に昔から属国となるか取り込まれるか選べと何度も攻め入られようとしてきた。だが自国でも魔術者が結界を張り、他の同盟国が援助してくれていたのでどうにかなっていた。しかし近年、結界を維持できるほどの人間が少なくなってきているうえ、ある国が同盟からの離脱を宣言したために、この国を守りが薄くなってきた。このままではこの国が他国に侵略を受けてしまう、ということで強大な力をもつ魔術師を作り上げよう、ということで大きな力を持つ人間を各地からさらいここに連れてきたのだという。


「ここに来た当初のお前は、真っ黒な髪と目をしていたよ。」


 だがそれも、痛いほどの強い魔力を浴びる日々で、髪はいつしか灰色となり、瞳は暗く濁った赤い色となっていた。

 ここにいる誰もがもとは違った色の髪と瞳の色をしていたというが、徐々に白髪と赤い瞳になっていくのだという。


 ここでの劣悪な生活により、今までにもたくさんの人間が命を落としてきた。寿命などではなく、死んでいくのだ。自分も今日明日と知れない命なのである。

 それなのにここで老婆は知識を与えてくれた。それが役立つ日が来るとは思えないが。


 そして今日も魔法陣の部屋で魔力を流されている時に、後ろで誰かの倒れる音が聞こえた。

 体に過ぎた魔力を流されるのだ、この時間に死んでいった人間が圧倒的に多い。

 何ともなくそちらを見ると、倒れていたのはあの老婆だった。

 その事実に、負の感情がごちゃまぜになり、抑えがたい何かが自分の体から出ようとした。それを止めようとは思わず、心の赴くまま溢れ出させると、目の前が真っ赤になった。そして気が付いたときには、自分と倒れた老婆と魔法陣だけがどこまでも続く更地に残っていた。

 縄に繋がれた人間も、鉄格子越しに監視する人間も、湿っぽいあの部屋も何もない。

 とりあえず老婆のところに走り寄ると、縄が切れたのか手をだらりとなげうっていた。


「お前……大丈夫かい?」


 心底辛そうに声をかけてくる。辛いのは自分ではないのか。


「奴ら、結界を作り維持できる人間を作り上げようとしてたみたいだけど、その瞬間に国もろとも滅ぼされるなんて滑稽だね。」


 皮肉げにそう笑った。


「あたしらの中でお前が一番魔力が高く、有望株だった。そして今日その力が暴発したってところだろうよ。」


 かつては国だったものを自分が魔力を暴走させ更地にしてしまったらしい。

 なのにそれについてなんの感慨もない。


「あたしはあの実験でもうダメみたいだから、一足先に逝くよ。お前は……そう言えば、お前って名前つけられる間にここに来たんだったね。そうだね、今日からハイノだ。産まれることなく逝ったあたしの子どもにつけようと思った名前だ、お前にやるよ。ハイノ、あんたは生きるんだよ。そしてその時が来たらこっちでまた会おう。」


 そうして老婆は死んだ。

 自身の目から何か温かい水が流れている。これがきっと、以前老婆が教えてくれた涙なのだろう。

 そしてこの時から、自分はハイノとなった。


 この更地を離れ、他の国を転々とした。

 老婆に教わった沢山の知識やあそこで底上げされた魔力、そして老婆に与えられたハイノという名前は一人で生きていくのにそれなりに役に立った。

 そしてある程度の年齢となったときに、かつての地に他の国が興ってるというこで、行ってみることにした。


 そこで一人の青年と出会った。名はサハラ・トーイチと言う。かつて自分が持っていたとされる黒い瞳と髪を持っていて、なおかつ自分とは異なるが大きな力を持っているということに妙な親近感が湧いた。

 それからと言うもの、トーイチに会いにちょくちょくこの国に来るようになった。最近の出来事はもちろん、お互いの身の上の話もした。それぐらい近い仲だった。

 いつの頃からかトーイチはこの国の公爵の娘と恋仲となり、それから数年後に結婚した。二人はとても幸せそうだった。


 そんな二人の幸せは突如として終わりを迎えた。

 彼女の嘆きと怒りによる強い魔力反応が他国にいる自分に届いたのである。本来ならばあり得ないことに不安を感じ転移すると、そこにはトーイチを抱えて慟哭する彼女がいた。

 痛いほどの魔力なのに、どこか懐かしさも感じてしまう。

 彼女の胎から、トーイチの魔力に似たものを感じる。おそらく二人の子が宿っており、その力を受け継いでいるのだろう。

 この地には、実験により多くのものが犠牲となり、その恨みは強い魔力として残っている。そしてあの魔法陣も消えることなく残り、それは今回彼女のは悲しみに同調し、子によって一時的に強まっていた彼女の魔力をさらに強めていた。しかしこのままでは彼女も子も危ない。


「落ち着け!キミたちの子に何かあったらどうするんた!」

「……こ?」

「そうだ、キミの胎にはキミとトーイチの子が宿っている!」

「わたくしと、トーイチの子が、ここに、いるのですね。」


 魔力暴走が止まり、刺すような痛みが止まる。

 彼女はトーイチを抱きしめたままゆっくりと胎に手を当てたかと思うと、静かに泣き崩れた。


「トーイチとこの子が相まみえることは叶わないなんて……」


 これが最後となる、家族三人で抱きしめ合うその姿を見てとても胸が痛んだ。


 いくらか落ち着いたのか、彼女は今までの経緯を話した。

 彼女を我が物にせんと第二王子がトーイチを殺したのだと。そして彼の亡骸を王子に見せられた瞬間、彼女は強い怒りと悲しみを覚え自分でもどうにもならなくなり、王子は黒い炎となり灰も残さず消えてしまったと。それからは先程見た通りとのこと。


「トーイチの魔力は黒い炎だ。おそらく子も受け継いでいるのだろう、だからキミは一時的にその力を使えているんだ。魔力で焼かれたものは何一つ残さず消え去る。王子は、つまり、そういうことだ。」


 彼女が抱えるトーイチからあの圧倒的な魔力を感じない。やはり、彼は死んだのだ。この二人がこれから築き上げる幸せは、この世から消え去った者によって永遠に消されたという事実に、この地で二度目の涙を流した。


 その後、王と王妃との話の場が設けられ全てを話すことになる。第二王子は、あろうことかあの落ち人であるトーイチを殺したことで、その時より王族の籍から抜かれた上で罪人という扱いになった。ゆえに彼女は王族殺しとはならないとのこと。

 彼女らの今後が心配だったのとトーイチの魔力を感じる子が気になり、以降この国に居座ることとなった。


 何年かして、自身の変化に気付いた。

 彼女も年相応の相貌となったし、生まれた子は話し読み書きができるような年になったというのに、自身の体はあの時のままで成長を止め、変化しない身体へと変化してしまった。

 おそらくはあの時彼女の暴走を止めるために浴びた刺すような魔力でそうなってしまったのだろう。あの魔法陣は結界を作り維持できる存在を作り上げるものだ。その維持を長期的にできるよう、不老長寿または不死となるよう術式が組み込まれていてもなんらおかしいことはない。きっと自分は、時を経てあの実験の集大成となったのだろう、とこの身体に渦巻く様々な者の魔力を感じながらそう思った。だけどそんなこと彼女にも、いや誰にも言うつもりなんてない。自分だけがわかっていればそれで良い。


 それから幾何月が経った。

 彼女は老いていき、その子供はトーイチとおなじ年頃の青年となりやがて結婚して子供をもうけた。そして彼女の二人目の孫が生まれる前に、寿命が来て安らかにトーイチと老婆と同じところへ逝った。

 それから彼らの子孫が生まれ育ち老いて逝くのを看取る。何度もその繰り返しで、いつも誰かに取り残されていくのだ。

 代を重ねる毎に徐々に薄まるトーイチの魔力。それでも他よりも強いことに変わりはない。他の誰でもなく、自分がこの一族に力の使い方を教えることにした。あの老婆のように、はたして自分はうまく教えることができているのだろうか。


 また他者よりも長い時間があるため、落ち人について調べることにした。あれから何人かやって来ているが、みな元の世界に帰ることはできなかった。

 魔法陣だが、時を経て変質したのか、魔力暴走を起こさせる存在を作るものとなってしまった。壊すには膨大な魔力が必要となる上周囲への被害が甚大となるため、結界を張り続けるという選択に至った。

 その時代で魔力の強い者が結界を張っていたのだが、ある時結界を作っていた落ち人が自害した。するとその結界は自害した落ち人を媒介に、さらに堅固なる結界に変質した。

 この事実を後世に残せば、恐ろしいことが起きる。それから暫くの間、この事実を抹消すべく動くこととなった。


 また何代か重ね、この国の王族の血が途絶え、他のものが皇帝となり、王国改め皇国とした。

 その当時の皇帝に、この魔力を活かして魔術師団を作り、強い魔力を持つ者を教え導いてほしいと請われた。

 その頃には人に教えるということには慣れていたし、落ち人が来た際にはここで受け入れることもできるだろう、という考えもあり了承した。

 そしてそれは後世では皇族より直接命を受ける、ごく僅かな集団たる皇国魔術師団と言うようになった。


 そしてまた、落ち人がやってきた。


 名はユリコというらしい。らしい、というのも彼女はアウグスト皇子預かりとなったため、話したことはおろか対面したことがないのである。

 だが少ししてから彼女にこの世界での知識や魔力の扱い方を教えるように命を受けたため、顔を合わせることになった。

 色々話していると、以前の世界では親との関係が希薄で、愛情深く育ったとは言い難いようだ。だから元の世界に執着していないし、求められることに喜びを感じるらしくそれに何が何でも応えようとする。この世界での関わりがほとんどアウグストなのだから、雛が親鳥に甘えるように、ユリコはこの世界で初めて出会い保護してくれたアウグストを慕っているように見えた。

 そしていつの頃からか、自分も彼女を慕うようになっていった。自分よりもアウグストの方が彼女と長い時間を過ごせることに嫉妬した回数は両手では足りないくらいだ。


 アウグストも淡い恋心を持っていたのだろうが、すぐにどうこうしたいと思ってはいないようだった。その期間、皇帝と教会側でごたごたがあり、アウグストに他国の王女と婚姻するよう命が下された。

 そうして気を病んだアウグストから、手に入れられないならば安らかな死を与え、そのままの姿形を未来永劫保てるように言われた。

 このままではユリコは良いように利用されるか、アウグストとどうにかなってしまう可能性もある。この依頼を利用しない手はない。そう思い、了承した。

 彼女を殺したくなければ死なせたくも無い。大切な人を失うのはもうたくさんだ。だから一時的に仮死にするよう術式を組み込んだ。


 彼女が眠っている間に色々と調べたが、結局あの変化した魔法陣をどうにかしないといけないと結論に至った。

 あの魔法陣が自分に与えた影響はわりと大きいらしく、魔法陣の魔力を感じ取れるようになっていた。どんどん同化していき、やがて一つの"何か"になるのだろうという予測だ。

 幼少期よりあれには良い思い出など全くないし、むしろ被害者である。知識も蓄え、年月を経て魔力も増えた今、全てを終わらせる時が来たのだろう。

 まず被害を出さないよう結界を張り、その中で陣を壊すことにした。多少は結界に力を割いているとはいえ、ここまで全力で攻撃するのは大昔国一つ更地にしたとき以来だ。あの時は激情に身を任せ何がどうしたのか分からなかったが、今は違う。火力を最大限までにし、やっとのことで魔法陣を燃やし尽くす。


「あー……しんどー」


 べたり、と地面に座り込む。

 魔法陣は消えたはずなのに、目の前の赤い炎は消える様子がない。

 不審に思っていると、やがて炎を隔てた向こう側に一人の人間が立っていた。


「元気ないじゃないか。」


 忘れもしない。かつてこの地で死んだはずのあの老婆だった。

 記憶のままの姿形と声で、炎によって明るいはずなのに何故か日陰の中のような暗さの中で立っている。

 そちら側行こうと身体に鞭打ち立ち上がり、一歩踏み出すと老婆は制した。


「おっと、それ以上こっちに来るんじゃない。こっちは我々の領域だよ。」


 よくよく目を凝らすと、老婆の後ろには、白い髪に、赤い瞳を持った、かつての同胞が沢山いた。また、かつて自害した落ち人も。みな、あの時の姿のまま変わらずにいた。


「魔法陣が消えたからね、やっとみんなを連れて行ける。」

「連れて行けるって……今までみんなでここに?」

「そうさ。死してなおも動力として縛り付けられる陣だった。それも終わる。一人で、よく頑張ったね。ありがとう。」

「一人じゃない。あんたがボクに知恵をくれたからここまで来れたんだ。それに、ボクは魔力暴走を起こして、沢山の人間を殺した。これはボクがどうにかしなきゃいけないことだったんだ。」

「そもそもここで実験なんてやらかさなきゃ、あんなことにはならなかった。そして終わりの時がたまたまあん時だったってだけさ。あたしだけじゃない、みんな恨んじゃいないよ。あん時も今も、いっちばん辛い役目を押しつけて悪いと思ってる。」

「そんなこと、ないのに。」

「魔法陣とあたしらの負の力のせいで不老不死になっちまったんだろ?」

「……」

「ここにいるみんなの力を使ったところで、元の身体に戻してやることができない。それなのにあっさり死んで逝けるあたしらを怨んでくれていい。」

「だからそんなこと思わない!ボクも……ボクもそっちに」

「馬鹿たれ。生きてるくせに何言ってんだ。こっからはもう魔法陣に囚われず幸せにおなり。幸せになりつくして、死に方が分かったら、こっちに来な。そうしてあたしたちに面白おかしく話してくれよ。」


 誰に言われるわけでもないが、もう終わりの時がすぐそこにきているのだとわかった。

 本当はもっと伝えたいことが沢山あるのに、それらを言葉にする時間がない。

 それでもどうしても言いたかったことがある。


「今まででありがとう。かあさん。」


 あの日死ぬ間際に名前をくれた。

 その瞬間、ボクはハイノという一人の人間になれたのだ。

 出来るならば、生きている時に呼びたかったが、もう叶わない。

 せめて最後に、一度だけでも、という気持ちで呼ぶと、彼女はかつて彼女の出す問題に初めて正解したときと同じ大きな笑顔を見せた。


「愛してるよ、あたしの自慢の息子、ハイノ!」


 そして魔力で寝られた赤い炎が消えると同時に、同胞と、そして母が全ての魔力と共に完全に消え失せた。



ネタバレになりますが、老婆が収容されたとき、まだ若くて妊娠をしていましたが、繰り返される実験の中でお腹の中の子を無くしてしまいました。とても幼くしてやってきた少年に子どもを重ね合わせ、ハイノという名前をあげたという裏設定です。

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