6 冒険者たろー
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あの日から三週間程経った。
俺は冒険者として暮らしている。
稼ぎは微々たる物だが、ギルドからの援助でなんとか食い繋いでいる。
装備も疾風の皆様に頂いたお古、経験などは素人に毛が生えた程度。
それでも俺は異世界で生きている。
◇◇◇
魔装都市ヘイルニルの南西、ルニル高原。
俺がこの世界に来た時に彷徨った草原だ。
風の魔素の影響で草木が豊かで、魔獣や魔物の活動が活発な事でしられるこの平原で、俺は仕事をしていた。
傍にはグレイスがいる。
高原に押し出される風が近くに草の匂いを運んでくる。
空は相変わらず緑。
季節の移り変わりに合わせて、転生当初に比べてその色を濃くしていた。
「気持ちええな、グレイス」
魔草の採取が今回の仕事内容である。
採取対象のサンプルが用意されている納品依頼は、俺にとってかなり旨みが大きい良い仕事だ。
俺にはグレイスがいる。
スノーウルフの嗅覚を頼りに、俺たちは採取対象まで一直線で移動できる。
「グレイス、今日も頼むで」
そう言いながら相棒の氷狼を撫でると、眼を細めて身体を擦り付けてきた。
任せて!たろー!という、頼もしい思念が飛んでくるのを、撫でる力を強めて応えてやる。
従魔契約で魂が繋がっている俺とグレイスは、思念の伝達を使って簡単な意思疎通が取れる。
冒険者で活動する俺のアドバンテージの一つだ。
火起こしの魔導具に魔素を込めると、チンッと小気味の良い音が鳴って蓋が外れた。
要はライターである。
起こった火に魔草煙草の先端を焚べ一緒に吸い込む。
口内に満ちる煙と熱。
俺が魔素を使う時のルーティンになりつつある。
程なく、グレイスが目当ての魔草を見つけ出した。
俺は袋を出しながら土の魔素を展開する。
一人でにボコボコと土が隆起したかと、根ごと掘り起こされる魔草を、丁寧に土を払い回収していく。
今回依頼の魔草には根に薬効が強くでるものだとか。
素人知識で道具を使って掘り起こし、せっかくの商品を傷つけてしまった経験がある。
日常的な道具の代わりに魔素をコントロールするぐらいには、この生活にも慣れてきたものだ。
革袋から直接水を飲みながら、足元の木の器には水の魔素を展開してやる。
と、透明度の高い水が湧き出し器から溢れた。
グレイスがその水を顔を突っ込む様にして飲む姿を微笑ましく眺めながら、自分ももう一口飲み下す。
グレイスは俺の魔素で作る水を好んだ。
自分でも飲んだけど、違いはわからなかった。
グレイスは喫緊の訳がない限り俺の魔素謹製水以外を口にしない。
水の魔素を展開する際に少しだけ風の魔素を混ぜてやる。
“混ぜる黒”が俺の魔素適正、複数展開は実は得意になりつつある。
そうすると水と風の魔素が冷えて氷の魔素へと性質を変える。
つまり氷水の出来上がり。
グレイスが尻尾を降って水をがぶ飲みしている。
ふっ、と一瞬目の前が暗くなった。
目眩の様なもの。
連続展開で少し魔素に酔ったか。
それは急に階段を駆け上がった時に似ている。
落ち着いて息を整えればなんて事はないが、続けば肺が悲鳴をあげる様な急可動。
俺は落ち着いて煙草を咥えた。
急な変動にも対処を間違えなければいい、と俺はラルスさんから教わった。
◇◇◇
不意に、グレイスが上体を上げて明後日の方を見た。
こういう仕草の時は、少し気をつけた方がいい合図だ。
「グレイス、近いのか?」
まだ。と軽く思念が飛んでくるのを確認し、俺は喫煙を丁寧にする。
危機に対して慌てるのは悪手である、と俺はレンさんから教わった。
備える。
それこそが優れた冒険者の資質。
背負った弓につるが張っている事を確認し、矢を番える。
ラルスさんから譲り受けた弓だ。
大振りだがしなりが良く、初心者の俺でも使いやすい。
転生初日の狼との大立ち回りを思い出す。
身体に突き立てた枝の感触の、言葉にできない生々しい気色の悪さ。
その経験から出来る限り荒事は遠距離で対処できるように弓を選んだ。
これが俺の魔素適正での現状最適だとも思っている。
ゴブリンを確認。
流石は相棒、という意思を込めてグレイスを一撫で。
風下の草むらに潜んで機会を伺う。
弓の届く距離。
ゴブリンは俺の魔素に釣られてきたのか、しかしこちらの場所までは把握していない様子。
キャロキョロと辺りを伺う仕草に、グレイスが右方を横切る形で飛び出した。
しなる体躯を駆り高速移動する獣を認めてゴブリンは焦る。
俺は待機、次いで風の魔素を微弱に展開。
ゴブリンが背を向けたタイミングに合わせて弓を引く。
風の魔素が干渉して弓弦の音が掻き消える。
腕は初心者だ。当たらなくて良い。
案の定ゴブリンの足元に着弾、しかし矢が勢い良く炎をあげた!
風と火の複合で火力を一気に最大に。
飛び散る火の粉はそれ単体では脅威になり得るはずもない、が。
その恐怖を煽るのには充分な見た目だけの虚構。
慌てふためくゴブリンを尻目に、音も立てずに脱出。
もちろん、風の魔素で音を隠して。
◇◇◇
⸻充分な距離を確保したところで、グレイスが戻ってきた。
たぶん、あのまま混乱に乗じて攻撃を続けていても、結果は良いものだったと思う。
しかし、これはリスクのマネジメントだと俺は自分に言い聞かせる。
戦闘に確実はない。
グレイスも成長したとはいえ、まだ子供。
俺は初心者。
驕っては生きていけないと、俺はゴードンさんから教わった。
街に戻る頃には陽が傾きかけていた。
もはや日常になりつつある魔装都市のゼンマイ音が俺を迎える。
夕餉の匂いに混じる煤と油の匂い。
空に突き抜ける様な時計塔が六時を示していた。
この世界で一番違和感なく受け入れられたのは、時間感覚にある。
二十四進法で馴染み易かった。
午前を虎の時刻、午後を龍の時刻という。
「たろー君、今上がりかい?」
ギルドはその日の依頼報告に訪れる人で賑わっており、その中に疾風の面々もいた。
日頃声を掛け合う程には仲良くやらせて頂いている。
面倒見の良い冒険者で、独り立ちするまでには手厚くイロハをご教示頂いた。
「レンさん。お疲れ様です。俺たちももう上がりです。疾風の皆様も?」
「今日はオフさ。それぞれ個人の時間」
パーティ内にもプライベートはあるようだ。
そう言った所も、現世とかわりなく人同士の関わり合いに無数の形がある。
「ではどうしてギルドに?」
「特別用が無くとも暇があれば顔を出す様にしているんだ。情報は鮮度が命、だよ」
そして突如としてエディケーターとしての一面を見せてくるから、気が抜けない。
俺は顔が綻ぶのを自覚する。
こういった関係も、過去にはなかったものだ。
自然な形で、俺とレンさんは食事を共にとる流れとなった。
報告を終え報酬を受け取る頃には、辺りに闇が迫ってきている。
日暮。
異世界で俺はこの時間が好きだ。
陽と闇が“混じる”曖昧な時間。
「仕事は順調の様だね」
なんて、俺が今日あったことを伝えているとそんな言葉が返ってきた。
「君の判断は正しい⸻勇気と無謀を履き違えない判断は尊敬するよ。前世の経験がそうさせるのかな」
「いえ、そんな。レンさんの教えがあってこそです」
グレイスが与えられた食事をがっつきながらこちらを見上げた。
主人が照れている姿が面白いらしい。
「でも浮かない顔だね」
レンさんが教師顔に戻しつつそう言ったから、俺も背筋を伸ばして座り直した。
この人に隠し事は出来そうにない。
「成長は実感してます。ただ、伸びしろの担保がもう少し欲しい。稼ぎは微々たるもの。グレイスがもう少し大きくなれば食費も嵩む」
三週間でグレイスの体躯は一.五倍程にもなっている。
もちろん食費は増える一方だ。
「焦る必要はないと思うけど」
「焦ってはいません、が、将来起こりうるリスクに対策を打たないのは性に合わないというか」
良い冒険者は備える、というのがレンさんの教えであるならば、それは本当にもっともな事だった。
日銭を稼ぐだけで満足してはいけない、と単純な欲が鎌首をもたげ始めてもいる。
「そうか……なら、そんなたろー君に耳寄りな情報がある」
レンさんは俺の焦燥を察してか、ややあって話しを切り出した。
「近いうちに、身体をあけておく事をオススメするよ。ダンジョンの解禁日が近い」
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