45 その後
45
「しかし、毎回ウチでお祝いするんもなぁ」
肩口の傷の治療を受けている時に、クラマが呟くようにそう言った。
まぁ、確かに。
しかし現実的にガルドさん、疾風の皆様を歓待するとなると、ここが一番いいのも間違いないんだよなぁ。
「であれば、たろー、城でまとめてやればいい。お前の意識が戻ったから、王宮から呼び出しがくるはずだぞ」
……は?
「ヘイルニルを救った英雄が、何を惚けている。」
さも、当たり前だろ、と言わんばかりのラルスさんの呆れ顔。
英雄?
俺が?
「あのなぁ、たろー。予兆の無かったスタンピートを単身食い止め、パーティを割ってまでギルドに報告の判断を下したお前を、英雄と言わずしてなんと呼ぶ」
「……稀人とか」
これにはアンナも頷いた。
「当然ですわ。むしろご主人様の威光が知れ渡るのが遅くすぎたぐらいです」
いや、ないない。
なんや威光て。
「一歩間違えば壊滅、とはいかんでも甚大な被害が街に出た可能性を未然に防げた。それは威光と言わんのか?たろー?」
む、先ほどの仕返しか、ラルスさんもニヤニヤしておる!
なんだ、みんな寄ってたかって!
「観念しいな旦那様、喜ばしいことやんか」
眼が笑ってる。
こいつ美味い飯食いたいだけやろ。
「ウチはゴーストやで旦那様」
しまった。
飯なんて食えるわけはない。
……冗談はさておき。
「それは断れないんですか?」
治療を終えて再びアンナに包帯を巻いてもらいながら、俺はラルスさんに問いかける。
ラルスさんは一仕事終えて煙草に火をつけていた。
「断るのか?」
「意外ですか?」
吸い込んだ煙を肺に溜め、少しづつ吐き出すその仕草が妙に色っぽい。
なんか違和感。
ラルスさんこんな人だったか。
「それもいい。それも冒険者だ」
なんて、いつもなら的確なアドバイスをくれそうなものだが。
今日はなんとなしに、揶揄ったり認めたり。
表現が難しいがむず痒い感じだ。
「私はたろー、お前を一人の男として認めた。それだけだ」
まっすぐこちらを見て、少し照れた様に、それでいて拗ねた様に、ラルスさんがそう言った。
ぐぅ!
か、可愛い……!なんだこれは……!
なんという破壊力!
「ご主人様!」
「旦那様!」
アンナとクラマが身構えた。
ラルスさんとの視線の間に火花が散る!
え、なにこのラブコメ……!
話しがどんどんコメディ路線に行くのは、死線を超えた安堵からか。
しかし、王宮かぁ。
面倒の予感しかしねぇぜ、ちくしょう。
◇◇◇
その日の夜。
俺は夢を見た。
なるほど、もう驚かなくなった。
夢の中だけ継続する記憶が、目の前の邪神ウルスラを認識に導く。
「やっほーたろーちゃん、死にかけたねぇ」
こいつ。
見てたのか。
「見てるよぉ。たろーちゃんの生き様は数ある娯楽の内で最高のエンタメだからねぇ」
アンナちゃんの活躍とかワクワクしたな!とかなんとか。
興奮した様子で話す女神もとい邪神。
趣味悪い。
クソ邪神が。
「もー、そんな風に言わないでよぉ」
なんてむくれてみせるウルスラ。
腹立つなぁ。
「しかしドンドン確信に近づくねぇ」
なんて、どこか他人事の発言。
ダンジョンの事か。
「そうそう!ダンジョンの上に街が建つんじゃなくて、“かつて街だった場所”がダンジョンになった」
この事に気づいているの世界でも僅かじゃない?
なんて、聞き捨てのならないことをさらりと。
ちなみに、と続く言葉を、ウルスラは殊更に溜めた。
暗黒微笑を携えて。
「王族の何人かも、気づいているかもねぇー」
ちっ。
また重要なことを。
どうせこれも、忘れるんだろ。
ほんと、クソだコイツ。
◇◇◇
……
…………
………………
夢を見ていた、事だけは覚えている。
それがなんだったか。
どうしても思い出せない。
脳の一部に確実にある、欠損。
物理的なものではない。
なにかが神隠しにあったような違和感。
ベッドの傍らで丸くなっていたグレイスが、俺が起きたことを察して顔を上げた。
なにかあった?大丈夫?という俺を心配する思念。
心配かけたか。
顔を振って違和感を拭い去る。
思い出せないのならば、別にいい。
定数ではなく、変数。
変更できうるのは現在から先だけだ。
「大丈夫だ。おはよう、グレイス」
挨拶をすると同時に、跳ね起きた。
昨日までの熱っぽかった身体は癒えた。
傷は痛む……が、生活に支障はなさそうだ。
「おはようございます、ご主人様」
リビングに出ると、アンナが完璧な最敬礼で俺を出迎えてくれた。
窓際には淹れたてのコーヒーと、俺が愛飲する煙草の銘柄。
「おはようアンナ。今日もありがとう」
いつもの先回りの朝の奉仕。
久しぶりの完璧メイドのアンナだな。
……とは言え、俺は意識を失っていたわけだから、それほど昔の事とは思えないのだが。
「旦那様おはようやでぇ」
クラマも起きてきたか。
気怠そうに眼を擦る仕草。
幽霊で妖狐のクラマは、朝が弱い。
「おはよう、クラマ。しかし⸻俺はどれくらい眠っていたんだ。遺跡に入る前は雪解けも完璧にしてなかったが」
煙草を吹かしながら外を望むと、暖かな日が差し陽光に草花が芽吹いていた。
雪は無く、代わりに街行く人々の活気が鋭い。
春が来たのか。
「おおよそ、三週に満たない程です。今は芽吹の暦の十日ですね」
芽吹……というと、確か俺の脳内換算で確か三月だった、か。
この世界の暦は転生前と酷似している。
当時はわかりやすくて助かったな。
「随分と暖かくなってきました。王宮に招かれる際には薄いドレスなどでも足りるでしょう」
アンナ……こいつ、もう王宮に招かれるつもりでいやがる。
季節感も現代感覚と同じなのは驚いたものだ。
朝の空は緑で、月は二つあるというのに。
そうか、もう春か……。
俺がこの世界に来たのが日本の六月末、だったからあと三ヶ月もすれば一年になるのか。
随分と濃い年月だったものだ。
ふーっと吐き出す煙草の煙に諦観が混じるのは致し方ない。
「ご主人様、本日はどうなさりますか?」
ボーッと外を眺めて煙草を吸っていると、アンナがそう声をかけてきた。
⸻そうだな。
天気も日和も良い。
リハビリがてら、歩いてギルドに向かい挨拶するのもいいか。
「では、そのように。早速準備いたします」
なんて言うアンナは完璧にメイド服を着こなし薄いメイクもバッチリの様だが。
準備がいるのは、俺の方か。
顔洗ってこよう。
◇◇◇
さて⸻ギルドに着いたわけだが……
ギルドのドアは壊れていた。
「それぁ、アンナが蹴り飛ばしたんだぜ」
なんて、軽口を飛ばして迎えてくれるギルドマスター、ガルドさんが出迎えてくれる。
俺のいない間に何があったんだ?
「救援の際に大立ち回りしてなぁ。その余波さ」
なんて、遠い眼をするガルドさん。
アンナはそっぽ向いていた。
多少責任を感じているのか。
「にしても、無事再開できて良かったぜ、たろー」
ガルドさんが手を差し出したから、俺も右手を差し出した。
筋張ったゴツゴツの手。
この手が俺を救ってくれたんだ。
拍手が起こった。
周りの冒険者、ギルドの職員の皆様が祝福してくれる。
「街は救われました!『クロネ』のたろー様!」
「大したもんだぜ!」
「俺も救援に参加したんだ、なにか奢れよ!?」
なんて。
一言一言に認められている、という熱量が込められておりこそばゆくなる。
「おめぇはそれだけの事をしたんだよ。誇っていいぜ、たろー」
そんな……俺はただ生きるのに必死だっただけで……
代わりにアンナとクラマが胸を張った。
グレイスが尻尾をパタパタと揺らしていた。
「だぁっはっはっは!それでいいや、おめえらはよ!募る話しもある!奥にこいよたろー」
恵まれたもんだ。
仲間にも縁にも。
そう思いながら、俺はギルドの奥へと歩みを進めた。
話さなければいけない事が山ほどある。




