11 メイド
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敵対心は感じられない。
どころか。
物腰は柔和で微笑みすら携えている。
俺はメイドをまじまじと観察した。
まず目に飛び込んでくるのは、立派な巻き角。
……巻き角というか、ゆるく螺旋を描く角、と表現した方がいいか。
ぐるぐると巻きついているわけではない。
スクリューの軌道が波打つような螺旋型。
そこから紅い髪が緩やかにウェーブしながら腰の長さまである。
巻き角と相まって不思議な威厳がある。
大きな目に、ぷっくりとした唇。
瞳の色も目が覚めるような紅。
優しげな表情の中にもキリッとした知性を感じられる。
服装はもちろんメイド服。
オーソドックスな形、なのか。
変にアニメみたいな露出が大きくなっているものではないが……。
と視線を徐々に落としていって、ある一点で止まってしまう。
で、でっか……!
πが!
πあーる二乗!
……じゃなくて。
大変女性らしいお身体をなされておられる。
ごくりと唾を飲み込む音がやけに大きく響いてしまう。
「お身体の加減は如何でしょうか、ご主人様」
声は落ち着いている。
言葉選びもメイド、どこか気品すら感じる。
「あ、だ、大丈夫、です」
緊張に声が上擦るのを自覚する。
ラルスさんもセリアさんも美人だったが、なんというか、目の前のメイドの美しさは一つ系統が違う。
蠱惑的、とでもいうのか。
単純な美とは違う、したくもないのに性別を意識させられるような錯覚。
「お食事の準備は出来ております。お腹の負担と回復とを鑑みまして高濃度ポーションを一滴だけ入れた粥を。……それともご一服なさりますか?お荷物の中に煙草がございました。あいにく高級葉巻の用意はなく申し訳ございません」
「え、あ。えっと、……あ、はい」
矢継ぎ早に放たれる台詞はどれも俺に尽くそうというものばかり。
思考が追いつかず差し出された煙草を一本手に取る。
メイドが指をパチンと鳴らすと、指先に火が灯った。
これで吸え、とそういうことか。
咥えた口をメイドの差し出す指先に近づける。
ふわりと匂う、魔素が弾けた時の独特の香りと共に、女性の香水の匂い。
ただ煙草に火を点すだけの、そんな仕草。
が、異様に疲れる。
心臓の鼓動音がやけにうるさい。
「あの、えっと」
煙を吸って、吐いた。
少し落ち着きを取り戻した俺は辿々しく言葉を紡ぐ。
「と、とりあえず、状況を説明、してもらえますか」
「かしこまりました、ご主人様」
ご主人様⸻
聞き馴染みのない呼称にむず痒くなる。
ええい、今は気にしまい!
いちいち気になっていては把握もままならない。
「三日ほど前にダンジョン内で大きな揺れを確認しました。確認の為に訪れたところ、ご主人様が血だらけで倒れておりました」
三日。
ということはあれから随分と眠っていたことになる。
あの大怪我であれば、それも致し方ない、か。
「危篤な状態、と判断致しましたので勝手ながら介抱させて頂いた次第です。持ち合わせがハイポーションしかなく申し訳なく思っております。本当はエリクサー辺りをご提供したかった所ですが」
……ハイポーションは俺の一ヶ月分の稼ぎでやっと手に入る代物のはずだ。
エリクサーは……聞いたこともない。
「それで怪我が」
「はい。魔素の乱れを認めましたので少々魔闘の応用で、ご主人様の魔素の気脈を整えております。異変はございませんでしょうか」
ない。
それどころか、煙草の魔素が四肢に漲るようである。
調子はすこぶる良い。
「何よりでございます」
ほぅ、と嘆息を浮かべながら眼を潤ませて胸の前で手を組むメイド。
拍子に豊満な胸がむにゅりと形を変えた。
なんとなく、雰囲気から無表情メイドを想像していたものだが。
感情表現は豊かなようだ。
「あ、ありがとう、ございます」
「勿体無いお言葉。メイドとして当然でございますわ。それに⸻もっと砕けた様子でお話し下さい」
砕けたって……
現状すらも把握できずに混乱している所だ。
美人角メイドに甲斐甲斐しく世話をやかれてもっと親しげに話せなど。
世界線が違えば罰ゲームにも匹敵する。
「ぜ、善処します……」
そこで俺はあることに気づく。
言葉?
俺は稀人だ、この世界の言語を解さない。
言廊の石を使うことで現地人と意思疎通をはかってきたものだが。
俺は今バスローブのみ。
「言葉はわかるのですか」
散々会話をしておいてマヌケな質問であることは自分でも分かっている。
「ご主人様のお召し物のポケットに入っていた魔石のことでしょうか。言語疎通の魔素を感じましたが、残念ながら破損しておりました。幸い簡単な魔素波長でしたので、今は私が再現させて頂いております」
魔導具の機能を、自前で……。
先程の治療の話しといい、随分と規格外の存在であることは間違いなさそうだ。
「後ほど代替えの品を用意しましょう」
そして、さらっと。
このメイド今言廊の石を作る、という意味の言葉を言ってないか?
「そ、そんなこともできるんですね」
「メイドですから」
そんな当たり前みたいに言われても。
メイドなら当然か、とはならんぞ。
◇◇◇
煙草を吸って、粥を頂いた。
だけで随分と元気が戻ってきたように思える。
流石高濃度ポーションを一滴入れた粥、なのか?
「あの、今更なんですが……」
俺の言葉に、こてんと首を傾げるメイド。
何気ないそんな仕草が妙に可愛い、というかなんというか。
「お名前」
「これはこれは私としたことが、まだ名乗ってもおりませんでしたね」
なんて、かちゃかちゃと下げられた粥の皿を片しながら、メイドはこちらを見据えた。
名前の前に聞くべきことが多すぎた。
「アンナ、とそうお呼び下さい」
「アンナ」
アンナ、か⸻
すると突然俺の中で魔素が熱を持ち蠢き始めた。
「うぉ!?」
戸惑う俺に構わず体の中心からアンナに向けて魂の導線が伸びていく。
これは!?
そう思いながら、俺はグレイスと従魔契約をした時を思い出していた。
名付けは、従魔契約の証し。
魔物がそれを受け入れると、契約が成る。
⸻俺が名付けた扱いなのかよ!
なんて胸中でツッコミつつ、導線がアンナを名乗るメイドの胸の谷間におさまった。
繋がる魂がその成り立ちを作り変えていく。
直感的に受け入れられた、と俺は感じた。
従魔契約が成立したのか。
「ありがとうございます」
アンナが深々とお辞儀をする。
こんな、裏技ちっくな方法で従魔になってくるとは。
避けようはあったのか?
「ありがとうございますって……」
それを当然のように受け入れる、というか今の確実にアンナ主導だったよな。
そんなことも可能なのか。
「メイドですので」
それはもういいって……。
「従魔契約ということは、君は魔物なのか?」
「アンナとお呼び下さい」
尻尾があればパタパタと振っているみたいな、懇願する視線。
「アンナ、さん」
「アンナとお呼び下さい」
拒否権はないようだ。
話しが続かん。
「では……アンナ。アンナは魔物なのか」
「左様でございますご主人様。正確には、魔人に分類される存在でしょうか」
魔人。
及びメイド。
混乱で目の前がチカチカし始めた。
「なぜ従魔契約を?」
「メイドですので」
「……それはわかった。なぜアンナはメイドで俺に仕えるんだ?」
ダンジョン崩落で助けられた。
恐らく、だとは思うが、アンナはダンジョン側、もしくは魔に準ずる存在。
それがなぜ、俺と主従の関係を自ら。
「助ける、までは、まぁわかる。けど従魔契約はわからん。なぜだ?俺とアンナは初対面、だよな」
グレイスの時にあったような、特別な関係もない。
“俺が助けられて、俺が主人になった。”
「目の前に仕えるべき方がいる。それ以外の理由をメイドは必要としませんわ、ご主人様」
ほのかに、理由になっているようでいない、そんな曖昧な答え。
それに⸻とアンナは続けて言葉を紡ぐ。
「ご主人様がこの世界におられる、その事だけで理由の半分を満たしますわ」
その言葉が鼓膜に触れた瞬間、脳の裏側に冷たい火花が散ったような気がした。
知っている。この言い回し。この、こちらの都合を一切無視した傲慢なまでの「仕様」の提示。
「……どこかで、聞いたような……」
必死に記憶の辺土を掘り返そうとするが、霧がかかったように掴めない。
目の前のメイドは、ただ慈しむような微笑みを湛えて俺を見つめているだけだった。
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遂に露わになったメイドの正体!
無理矢理従魔になった彼女とのこれからは如何に!
次回もよろしくお願いいたします!




