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プロローグ



茹だるような暑さ。

蒸し返すような湿った空気と蝉の鳴き声が夏をしらせている。


6月28日に今夏最大の熱波が梅雨前線の過ぎ去った後に猛来し、気温は遂に真夏日を迎えた。

酷暑である。


道行く人々は日傘を手に、携帯扇風機で涼をとるが、それも瑣末なもの。

逆に熱風が体温を高めて熱中症を引き起こす、というネットニュースも記憶に新しい。


京都の夏には殺意がある。


であるがゆえに、鴨川の河川敷には自然と人が少ない。

致し方あるまい。

そういう俺も、河川敷に備えられたベンチの上でバテてへそ天である以上、なにも言うまい。


とにかく暑い。

日差しの強さは刻一刻と増しており、ギャルの絵文字なみに強い。

前述の通り風もなく、河川敷であるというのに照り返しで火傷しそうなものである。


見上げた光の強さに顔顰め、思わず目を閉じた。


その行動が、俺がこの世界で行った最後の仕草になった。



◇◇◇


眠ったのか、と俺は最初そう思った。

いや、しかし、あの暑さの中眠るとは自殺に等しい行為だ、と体勢を整えるが、どうだ。

どうだ、というより、ここはどこだ。


涼しげな風が身体を撫でて火照りを拭い去っていく。

木の葉の擦れる音に、風圧が草原が薙ぐ音。


「……あ?」


語彙力の持たない俺の眼に飛び込んできたのは、自然、自然、大自然。

人工的な建造物は無く、京都の象徴河川鴨川の姿もなし。


「京都、じゃねえよな」


あきらかに違う、という反語を脳内に浮かべながら周囲を伺うが、やはり明らかに違った。

草原。

彼方に高い山。

空の色が、淡い緑である。


「異世界転生キタコレ、なのか」


そう冗談を口にするも、誰もツッコんでくれるはずもなかった。

しかし、本当に困った。

なにが起こっているかわからん。

身体は――動く。

手をニギニギして、足に力を込める。

立てるし、歩ける。


青々と茂る草を踏み締める感触は、梅小路公園にある原っぱ広場に比べて弾力があり、その質感に生命を感じた。

リアルである。


「これが異世界転生、ならチュートリアルは欲しいよな」


現代日本に置いて異世界転生はもはや必修科目。

男性諸君は一度夢に見たはずだ。

俺もその一人ではある、が――


「いやまじでこれ洒落にならねえぞ」


リアルな草原(たぶん異世界)に俺一人。

Googleマップはおろか、東西南北すらわからない状況。

普通に考えれば詰み状態である。


「京都の暑さから逃れたい、のアンサーがこれとは。創作大国日本に鍛え上げられた俺も流石についていけん」


呑気な言葉は、緊張感の裏返しであった。

はてさて、どうしたものか。



◇◇◇


歩きはじめて、体感三十分程か。

見渡す限りの草原の、その端に到着した時俺は心底安心した。

それだって人工物ではない。

ただ草が随分と踏み固められて、自然と轍になっただけの道が、妙に俺を人と自覚させた。


「んだこれ、人はいねぇのか」


一人文句を垂れるのも致し方なし、か。

草原を歩いていた頃にみた生命体といえば怪物、モンスター、化け物、その類い。


明らかに体躯のデカ過ぎる渡り鳥。その身体の大きさに不必要な程群れて飛ぶのだが、見たところ三メートルほどあった。


やたらと顎の発達した犀に似た獣と、トリケラトプスと栗鼠を超常合体させたような化け物が頭をぶつけ合う所も見た。

迫力にちびりそうになった。


「明らかに異世界転生です。ありがとうございます」


もう受け入れるしか無かった。

そこから俺は一歩進まなくてはならない。


「であれば、まずは人里か。それに類するコミュニケーションが取れる生命体との邂逅が急務」


できれば保護して欲しい。

教えて欲しい。

助けて欲しい。


⸻が、現実は無惨である。

やっと道らしきものを見つけて、それを辿って歩いていたと言うのに。


「ここでゴブリンかよ……」



◇◇◇


ゴブリン⸻ゲームとかで散々見たやつ。

であるはずなのにその凶暴性を表す筋肉の質感と、牙や耳の尖り具合に、鼓動が早くなった。


距離は三十、いや二十メートル程か。

俺は慌てて草むらに入った。

身体を低くして様子を伺う。

土の湿った匂いと、草の青臭さが鼻につくのを、俺は妙な冷静さで自覚した。


草むらに入った音にゴブリンが反応した時、目が合った。

獰猛で、イッてしまってる目だ。


「ぅ、ぐぅ……」


はじめて晒される生の殺意に嗚咽が漏れるのを、必死に口に手を当てて堪える。

胃の奥に鉛が入れられたように重く、横腹が疼くように痛む。


早く、早く去ってくれ……!


そんな俺の願いを察知してか、ゴブリンは明後日の方向へ歩き出した。


怖い。

“膝が笑う”なんて表現、生涯しないと思っていた。

恐怖で吐き気を催すなんて知らなかった。


どれくらいそうしていたのか、自分でも定かではない。

汗でびちょびちょになり額に髪が張り付くのをかまいもせず、俺は走り出した。


ゴブリンの去った、逆の方向へと⸻



◇◇◇


どれぐらい走ったか。

息切れと動悸の激しさに身体が止まる。

倒れ込むように道脇の倒木に腰かけ、息を整える。


スーッ、ハーッ。


深呼吸は喉の渇きを助長するしかない。

鳴り止まない心臓の音が、恐怖と隣り合わせにあった胆をいまだに殴っていた。


「ふざけんなよ……詰んでるやんこれ」


俺の言った独り言は空に溶けて解けた。

⸻煙草が吸いたい。


ガサガサ!と草むらが鳴る音が背後からした。

びくりと身体を震わせて、あまりの驚きに倒木から落ちそうになるのを堪える。


「今度はなんや!?」


草に隠れて姿は見えないが、その穂先の揺れ方から先程のゴブリンに比べて身丈の低い生物か。

速い。

瞬く間に横切っていくそれは、俺を目指して進んでいなかった。


「あ?」


突如として飛び跳ねるように姿を現したのは灰色の狼が、三匹。

見る限り三匹は仲間ではない。

縄張り争いなのか、二匹が一匹を責め立てているように見える。


目の前で繰り広げられる獣同士の争い。

首に歯が食い込み、腹に爪が立てられ血と肉が舞う。

そして⸻!


「⸻こっち、くんな!まじで!」


劣勢だった狼が俺を盾にするように旋回。

巻き込まれる形で飛びかかる狼を必死に払う。

手には無意識に木の枝を掴んでいた。

その細さ、頼りなさたるや。


めちゃくちゃに棒を振り回して狼を牽制するも、当たるはずもなく。

その隙を縫って肩口を爪で引っ掻かれた。


「っ!いってぇ!ざっけんな!」


痛みと怒りで顔に血が集まるのがわかる。

息は浅く、短い。

こんなあっけなく死⸻


「がぁ!」


劣勢だった狼が覚悟を決めたのか、弾けるように突貫した。

一匹に体当たりして、そのままの勢いで二匹目に牙を立てる。

喉元を正確に噛みつき、振り払われようとも離さない。


「っ!」


体当たりで体勢を崩した方に、俺は無意識に倒れ込むように木の枝を突き立てた。

その瞬間だけやけにはっきり、時間の流れが遅くなったような気がする。


「ぐぅ!いってぇ!」


肩口から滴る血が手を滑らせる。

が、渾身の力を込めて枝を捻る。


ぐちゃり。

肉が裂けて抉れる感触と、怖気の走る音。


「っ!」


びくんびくんと痙攣し、四肢をばたばたとばたつかせる眼下の獣。

離したら、死ぬ。

生命の瞬きを抑え込むように再度、木の枝を捻る。


「だらぁ!」


最後に大きくびくんっ!と身体をしならせて、狼は動かなくなった。

……終わった、のか?


追われていた方の狼が、首を食いちぎった狼の死体を咥えて側にきていた。



◇◇◇


俺が殺した狼の死体は、徐々にその熱を失っていった。

そう感じるほど惚けていたのは間違いない。

血が流れをつくって窪みに溜まる。

それを土が吸っていく所を、ただただ見ていた。


緑色だった空は明るい青に変わっていた。

空模様で時の流れがわかるのは、この世界でも同じなのか。


「⸻なんや?」


生き残った狼が俺をじっと見つめていた。

巻き込んだことへの謝罪か、はたまた別の意図か。

やがて草むらに中に数歩入っていくとくるりとこちらに向き直してまた歩き出した。


「ついてこい、とでも言ってるんか」


俺が動くのを確認して先を歩く狼。

時折俺の様子を伺うように振り返る仕草が、知性を感じさせる。


「もう……なんでもええわ」


諦観に似たため息を吐きつつ、狼に連れられたのは大きな木の根元の“うろ”だった。

そこに横たわるのは⸻


「⸻子供?小さい、狼……」


なるほど、合点がいった。

この子を守るために、狼同士で争っていたのか。


「これを見せて俺にどうしろと……」


親であろう狼が子供の元に仕留めた狼の死骸を置くと、傍に丸くなった。

よく見れば傷だらけである。

二対一の激戦を制した結果に、俺は息を呑んだ。


「これは⸻」


なんとなく、察した。

託された、と。


「お前、見ず知らずの俺に……この子を託すんか」


親狼は片目を開けるだけで、それ以外の反応を示さなかった。

子狼は獲物にがっついていて、それどころではないが。


「⸻そうか」


ズキズキと肩口が痛む。

極限状態が続いたからか、俺はそれ以上を考えるのをやめた。

そのかわり、親狼の頭を優しく撫でた。

ぴくり、と鼻を震わせてまた片目を開けて、閉じた後はもう動かなかった。


何かを察した子供狼が、動かなくなった親に顔を擦り寄せて鳴いていた。

泣いてるようでもあった。



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