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Vendetta Re-Verse ― 血と復讐の叙事詩 ―  作者: 慧梓
VendettaReverse 後半

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第9章:廃棄された娘 Scene 4 配役 ― Cast Relocation ―

世界は。


驚くほど。


平和だった。


青い空。


白い雲。


柔らかな風。


道の脇には花が咲き、遠くから子供たちの笑い声が聞こえてくる。


崩れた建物もない。


血の臭いもない。


魔物の咆哮も。


誰かの悲鳴も。


何一つない。


アルディアは、しばらく言葉を失っていた。


「……ここも?」


表示を確認する。


【Save Data 03】


【The Toy Box】


間違いない。


ここも。


Trash Boxへ捨てられた世界。


けれど。


目の前に広がっているものは。


どう見ても。


失敗した世界には見えなかった。


「ねぇ! 待ってよ!」


少女の声。


アルディアが振り向く。


長い髪を揺らしながら、一人の少女が走っている。


その先を。


数人の子供たちが笑いながら逃げていく。


「遅いぞー!」


「待ちなさいってば!」


少女も笑っていた。


心の底から。


楽しそうに。


転びそうになり。


慌てて体勢を立て直し。


また笑う。


「……普通」


アルディアは呟いた。


本当に。


それ以外の言葉が見つからなかった。


普通の少女。


普通の街。


普通の日常。


やがて少女は。


一軒の家へ帰っていく。


扉を開ける。


「ただいまー!」


「おかえり」


奥から声が返る。


台所から漂う料理の匂い。


テーブルに並べられた皿。


少女は鞄を放り投げ。


「今日ね、すっごいことあった!」


「先に手を洗いなさい」


「はーい」


何でもない。


本当に。


何でもない光景。


アルディアは。


その場から動けなかった。


父と。


食卓を囲んだ日のことを思い出した。


ほんの少しだけ。


取り戻せた。


家族という時間。


「……いいな」


声が。


自然に漏れた。


羨ましい。


けれど。


不思議と妬ましくはなかった。


この少女には。


このまま。


笑っていてほしいと思った。


それだけだった。


場面が変わる。


学校。


少女は友人と話している。


帰り道。


菓子を買っている。


公園。


小さな子供に遊具を譲る。


夜。


机へ向かい。


宿題の途中で眠りかけ。


家族に笑われる。


次の日。


また。


同じような朝が来る。


何日も。


何週間も。


季節が少しずつ動いていく。


大事件は起きない。


誰も世界を救わない。


誰も魔王にならない。


誰も死なない。


少女は。


ただ。


生きていた。


【Story Progress:Stable】


【Major Conflict:None】


【Fatal Event:None】


【World Collapse Probability:0.0003%】


表示が浮かぶ。


アルディアは。


少しだけ安心した。


「……よかった」


少なくとも。


ここは。


Save Data 01とは違う。


あの世界では。


幸福は壊された。


母は死に。


自分へ繋がる命も失われた。


だから。


BAD END。


だから。


Trash Box。


そう思えば。


まだ。


理解できた。


納得はできなくても。


理由だけは。


「この世界は……大丈夫なんだ」


アルディアは微笑んだ。


「誰も死なない」


その瞬間。


別の表示が現れた。


【Evaluation Start】


「……え?」


景色が停止した。


少女の笑顔。


友人の姿。


風に揺れる木々。


すべてが。


そのまま。


止まる。


【Main Character Growth:Minimal】


【Conflict Density:Low】


【Narrative Tension:Insufficient】


【Entertainment Value:――】


数値が点滅する。


アルディアの表情から。


笑みが消えた。


「何……これ」


聞き覚えのある声がした。


『うーん』


黒野。


アルディアは。


反射的に空を見上げた。


けれど。


これは今の黒野ではない。


Save Dataへ残された。


過去の声。


『平和だねぇ』


画面が切り替わる。


黒野は。


椅子へ深く腰掛け。


退屈そうに頬杖をついていた。


目の前のモニターでは。


少女が。


楽しそうに友人と話している。


『……で?』


黒野が言った。


アルディアは眉を寄せる。


『何が起きるの?』


誰かが答える。


声だけ。


姿は見えない。


『特に予定されていません』


『ふーん』


『現在、世界状態は極めて安定しています』


『へぇ』


『住民満足度も高水準です』


『そう』


黒野は。


欠伸をした。


アルディアの胸に。


嫌な予感が生まれた。


『で』


黒野は。


もう一度。


モニターを見る。


『面白いの?』


沈黙。


『……安定した世界であることは確認されています』


『それは聞いた』


黒野の指が。


机を叩く。


一回。


二回。


三回。


『葛藤は?』


『重大なものはありません』


『成長は?』


『通常生活上の成長は――』


『そういうのじゃなくてさ』


黒野は。


露骨に顔をしかめた。


『もっとこう』


手を広げる。


『絶望とか』


アルディアの瞳が細くなる。


『裏切りとか』


指を折る。


『死別とか』


また一つ。


『復讐とか』


笑う。


『そういうの』


アルディアの拳が。


ゆっくりと握られた。


『ありません』


返答。


黒野は。


数秒。


黙った。


そして。


『……おもんない』


言った。


それだけだった。


「……は?」


アルディアの声が。


掠れた。


『ボツ』


黒野が。


指を動かす。


「待って」


【Archive Recommendation:Negative】


「待って」


【World Utility:Low】


「何言ってるの?」


【Narrative Priority:D】


黒野は。


まだ。


少女を見ている。


少女は。


止まった世界の中で。


笑っている。


『だって何も起きないじゃん』


「……それでいいでしょう」


アルディアは。


思わず答えた。


届かない。


それでも。


言わずにはいられなかった。


「何も起きなくていいじゃない!」


父と。


普通に暮らしたかった。


ジュラと。


普通に笑いたかった。


バハムートと。


もっと話したかった。


そんな。


当たり前の時間を。


自分は。


命を懸けても手に入れられなかった。


なのに。


この世界には。


それがある。


「それが……」


アルディアは。


少女を見る。


「幸せっていうんでしょう?」


黒野には。


聞こえない。


『物語にならないんだよねぇ』


「物語……?」


『山も谷もない』


黒野は。


面倒そうに画面をスクロールする。


『この子』


少女の顔。


『幸せだし』


「だから何よ」


『家族もいる』


「いいじゃない」


『友達もいる』


「いいじゃない!」


『大きな悩みもない』


「それの何が悪いのよ!」


アルディアの声が。


強くなる。


黒野は。


まるで返事をするように。


笑った。


『つまんないんだよ』


何かが。


アルディアの中で。


完全に切れた。


「……つまらない?」


『うん』


「それだけ?」


『それだけ』


黒野は。


迷いなく。


【Delete Candidate】


を選択した。


「それだけで……?」


Save Data 01。


母が死んだ。


自分が生まれなかった。


BAD END。


あれですら。


アルディアは。


まだ。


どこかで。


理由を探そうとしていた。


壊れたから。


失敗したから。


だから捨てられたのだと。


けれど。


この世界は。


壊れていない。


失敗していない。


誰も死んでいない。


少女は。


幸せに。


生きている。


なのに。


『消そ』


「――ふざけるな!」


アルディアが叫んだ。


世界が。


わずかに揺れた。


「ふざけるな!」


もう一度。


「この子は生きてる!」


アルディアは。


モニターへ向かって走った。


触れられない。


届かない。


それでも。


「笑ってる!」


拳を叩きつける。


すり抜ける。


「家族がいる!」


もう一度。


「友達がいる!」


何度も。


「明日がある!」


届かない。


『だから?』


黒野が。


退屈そうに。


呟いた。


アルディアの動きが止まった。


『それが僕に何の得があるの?』


「……得?」


『この世界を残す理由』


「生きてるでしょう!」


『それは理由じゃないよ』


「理由よ!」


『僕にはね』


黒野は。


笑った。


『必要ない』


クリック。


【Delete Approved】


「やめろ!」


【World Shutdown Start】


「やめなさい!」


空の色が。


消えた。


青が。


白になる。


雲が消える。


木々が消える。


道路が消える。


家が消える。


「やめて!」


少女が。


異変に気づく。


「……え?」


友人たちの姿が。


粒子になって崩れる。


「なに……?」


少女の笑顔が消えた。


家へ走る。


「お母さん!」


声。


返事はない。


家が。


途中から。


消えている。


「お父さん!」


誰もいない。


「やだ……」


少女の声が震える。


「ねぇ!」


走る。


「どこ?」


世界が。


次々と。


白へ変わる。


「ねぇ!」


アルディアも走った。


「ここにいる!」


少女には聞こえない。


「私はここにいるから!」


手を伸ばす。


「お願い!」


届かない。


「こっち見て!」


少女が。


泣きながら。


一人。


白い世界へ取り残される。


【Remaining Character:1】


【World Persistence:0.02%】


「いや……」


少女が。


膝をついた。


「何で……?」


アルディアは。


その前へ立った。


少女には見えていない。


「ごめん」


アルディアは。


何故か謝った。


自分がしたことではない。


それでも。


「ごめん……」


少女の指先が。


消え始める。


「私……」


アルディアは。


震える手を伸ばした。


「何もできない……」


少女が。


最後に。


呟いた。


「私……」


涙。


「何か、悪いことした?」


アルディアの瞳が。


大きく見開かれた。


何も。


していない。


何も。


悪くない。


幸せだった。


ただ。


それだけ。


「してない」


アルディアは答えた。


届かない。


「何もしてないよ」


少女の身体が。


光になる。


「貴女は悪くない」


アルディアは。


必死に。


言葉を届けようとした。


「ちゃんと生きてた」


少女が。


消える。


「ちゃんと笑ってた!」


最後の粒子。


「幸せだった!」


消えた。


【World Data Deleted】


【Character Data Deleted】


【Save Data 03:Processing】


暗転。


アルディアは。


その場に。


立ち尽くしていた。


黒野の声だけが。


残る。


『ま、いっか』


軽い。


あまりにも。


軽い。


『次いこ、次』


その言葉に。


アルディアは。


ゆっくりと。


顔を上げた。


怒りで。


全身が震えていた。


「……次?」


声が低くなる。


「今……」


拳を握る。


「一個の世界を消したのよ」


返事はない。


「一人じゃない」


少女。


家族。


友達。


街。


そこにいた。


名前すら知らない人々。


「何人いたと思ってるの?」


アルディアの声が。


闇へ響く。


『知る必要ある?』


黒野。


記録の中の声。


それだけで。


十分だった。


「……そう」


アルディアは。


目を閉じた。


そして。


再び開く。


「分かった」


今まで。


分からなかった。


黒野が。


何をしているのか。


何を。


自分たちにしてきたのか。


自分は。


特別に。


弄ばれたのだと思っていた。


違った。


黒野にとって。


アルディアも。


少女も。


母も。


父も。


世界も。


全部。


同じ。


面白いか。


面白くないか。


必要か。


必要ではないか。


それだけ。


「ここは……」


アルディアは。


暗闇へ浮かぶ。


無数のSave Dataを見る。


「失敗した世界の墓場じゃない」


Save Data 01。


幸福から。


悲劇へ落とされた世界。


Save Data 03。


幸福なまま。


捨てられた世界。


理由が。


違う。


結果は。


同じ。


【Trash Box】


「黒野が……」


アルディアは。


ゆっくりと。


言葉にした。


「選ばなかった世界」


光が。


一つ。


点滅した。


「それだけなんだ」


もう一つ。


「失敗したからじゃない」


また一つ。


「壊れたからでもない」


次々と。


暗闇へ。


光が灯る。


「気に入らなかった」


光。


「必要ないと思った」


光。


「面白くないと思った」


光。


「だから」


アルディアは。


無数のSave Dataを見渡した。


「捨てた」


静寂。


その時。


先ほど消された。


Save Data 03が。


アルディアの前へ落ちてきた。


【Save Data 03】


小さな。


光。


アルディアは。


それを受け止めた。


今度は。


怖がらなかった。


両手で。


そっと。


包み込む。


温かい。


あの少女の。


笑い声が聞こえる。


「……いる」


小さく。


呟く。


「貴女、いるじゃない」


画面では。


消された。


世界から。


削除された。


けれど。


ここでは。


まだ。


少女は。


笑っている。


「だったら」


アルディアは。


光を胸へ抱いた。


「さっきのは何だったのよ」


【World Data Deleted】


【Character Data Deleted】


確かに。


そう表示された。


なのに。


ここにある。


なら。


消去とは。


何なのか。


削除とは。


何なのか。


世界にとって。


存在とは。


誰が決めるものなのか。


アルディアの中に。


初めて。


一つの疑問が生まれた。


それは。


黒野への怒りより。


自分への絶望より。


遥かに。


危険な疑問だった。


「……誰が」


アルディアは。


表示を見る。


【Save Data 03】


「誰が決めるの?」


削除。


採用。


正史。


失敗。


不要。


存在。


「黒野?」


無数の光が。


静かに。


瞬いた。


「貴方が?」


返事はない。


けれど。


アルディアには。


何故か。


それが。


否定に見えた。


一つ。


また一つ。


Save Dataが。


光る。


まるで。


声を上げるように。


私はいた。


私も。


私も。


私も。


暗闇に。


無数の。


小さな光。


アルディアは。


それを見つめた。


「……聞こえる」


声ではない。


言葉でもない。


でも。


分かる。


ここにいる。


消えていない。


存在した。


それだけを。


無数の世界が。


主張している。


【Residual Data:N】


再び。


アルディアの前に。


表示が現れた。


アルディアは。


今度は。


その文字を。


少し長く見つめた。


「N……」


Unknown。


Noise。


名無し。


余り。


残骸。


黒野からすれば。


そうなのだろう。


けれど。


数学なら。


Nは。


一つではない。


数え切れない何かを。


表すこともある。


「……まさかね」


アルディアは。


小さく笑った。


まだ。


意味は分からない。


ただ。


何故か。


さっきまで。


嫌いだったその文字が。


今は。


少しだけ。


違って見えた。


その時。


遥か遠くで。


別のSave Dataが。


点灯した。


【Save Data 04】


その隣。


【Save Data 01.5】


さらに。


その先。


番号すらない。


無数のファイル。


【Untitled】


【Unused Character】


【Discarded Route】


【Prototype】


【Cancelled Future】


【Unobserved】


アルディアの笑みが。


消えた。


「……まだあるの?」


光。


光。


光。


どこまでも。


終わりがない。


Trash Boxの闇を埋め尽くす。


無数の。


捨てられた可能性。


アルディアは。


一歩。


前へ進んだ。


「……見せて」


誰に向けた言葉なのか。


自分でも。


分からなかった。


「全部」


光が。


揺れる。


「何を捨てたのか」


次のSave Dataが。


ゆっくりと。


開いた。


「私が見る」


【SaveData Loading……】


暗闇の中。


また一つ。


世界が。


息を吹き返した。


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