『Vendetta 0』第二章:龍の背の遊郭、花魁との賭け
第二章です。
今回の舞台は、帝國領北端の自治区『KOEIDO』。
カジノと遊郭が融合した、欲望渦巻く眠らない街です。
光の王国から旅立ったヒューミリスたちは、聖杯への道を進むため、七つの美徳の守護者を探すことになります。
そこで出会うのは、街一番の賭場宿『百花繚乱楼』を仕切る花魁、牡丹。
ただし彼女は、ただの花魁ではありません。
「感謝」を司る守護者。
けれど、その瞳の奥にあるものは、果たして本当に感謝だけなのか。
英雄の旅に、少しだけ危うい華が加わります。
とにかく門が、でかかった。
山脈「龍の背」の中腹にへばりつくように築かれた城壁。
その中央に鎮座する朱塗りの大門は、天を衝くほどの高さで、両脇には鬼の形相をした仁王像が睨みを利かせている。
ヒューミリスは首が痛くなるほど見上げた。
「……ここが帝國領の入り口か」
「グルル。ここより北は、人の欲望が統べる自治区だ。覚悟して入るぞ」
パトスが低く唸る。
門の前に立つ番人が合図を送った。
ゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
地響きのような重低音と共に、巨大な扉が左右へと動き始める。
古い木が軋む音、巨大な歯車が噛み合う音が谷間に木霊する。
隙間から溢れ出したのは——眩いばかりの光と、むせ返るような熱気だった。
「うわぁ……!!」
アマリスが思わず目を覆う。
門が完全に開ききった。
その向こうに広がるのは、夜空を焦がすほどの無数の提灯と、朱色に輝く楼閣が連なる——巨大な街だった。
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帝國領北端・自治区『KOEIDO』。
古の東方文化が色濃く残る、カジノと遊郭が融合した、眠らない街。
瓦屋根の木造建築がひしめき合い、三味線の音色と客引きの声が重なり合う。
着物を着崩した浪人、煌びやかな衣装の遊女、怪しげな術師——あらゆる人間が入り混じって、夜を作っている。
「すごい……! 王都とは全然違う文化です!」
アマリスが目を輝かせてキョロキョロと辺りを見回す。
「はぐれるなよ。迷子になったら売られるぞ」
冗談めかして言ったが、あながち嘘でもないのがこの街だった。
パトスは人目を引きすぎるため、街外れで待機してもらうことにした。
『くれぐれも、馬鹿な賭けはするなよ』と念を押しながら。
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街を統べる有力者の情報を求めて、二人は街一番の賭場宿——『百花繚乱楼』の暖簾をくぐった。
丁半博打の熱気。紫煙の香り。
大きな卓を囲む男たちの、低い笑い声。
「おや、珍しいお客さんだこと」
奥座敷から、艶やかな声が響いた。
豪奢な打掛をだらしなく着崩し、長いキセルを揺らす女。
切れ長の瞳。口元のほくろ。
この街の伝説的な女主人——牡丹。
真名、メタン・ヴァイン。
七美徳の一角、「感謝」を司る守護者。
ただし今この瞬間、ヒューミリスはそんなことを知らない。
知っているのは——この街で最も力を持つ人物であることと、ひどく面倒くさそうな相手だということだけだ。
「ようこそ、わっちの店へ。……南から来た『英雄様』とお見受けするが?」
「アンタが牡丹か」
ヒューミリスは単刀直入に切り出した。
「世界を救う旅をしている。力を貸してほしい」
牡丹は「くすくす」と袖で口元を隠して笑った。
「世界? そんな大層なこと、わっちには関係ありんせん」
「……そうか」
「でも、そうさねぇ」
牡丹は妖しく目を細め、卓上にどんぶりとサイコロを置いた。
「わっちを口説きたければ、言葉はいらない。運で語ってくりゃれ」
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条件はシンプルだった。
チンチロリン。どんぶりに三つのサイコロを投げ入れ、出た役の強さを競う。
ヒューミリスが勝てば——牡丹は一行に同行する。
牡丹が勝てば——パトスの毛皮をこの店の絨毯にする。
「……パトスには後で謝ろう」
ヒューミリスは座布団に腰を下ろした。
周囲を黒服の男たちと遊女たちが固唾を呑んで取り囲む。
「先攻はわっちから。……いくよ」
牡丹が優雅な手つきでサイコロを振る。
カラン、コロン……。
【 6・6・6 】
どよめきが起きた。
チンチロ最強の役のひとつ。これに勝つには、同じ六ゾロを出して引き分けるか、さらに強い「ピンゾロ(一のゾロ目)」を出すしかない。
「あら、ごめんあそばせ。……さあ、英雄様。アンタの運命、ここでおしまいかえ?」
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ヒューミリスはサイコロを手に取った。
冷や汗一つかかない。
(イカサマだ)
見えていた。
牡丹がサイコロを振る瞬間、微弱な魔力が目を操作したのを。
さりげなく、熟練した手つきで。おそらく、今まで誰にも見破られたことがないのだろう。
だが——指摘はしない。
こちらにはこちらの手がある。
(理の干渉。確率変動。俺が望むのは、奇跡じゃない。必然だ)
「行くぞ」
無造作にサイコロを放る。
どんぶりの中で、三つが激しく回転する。
カラン……カラン……ピタッ。
静寂。
全員が息を呑んで、どんぶりの中を覗き込んだ。
赤い点が三つ、天を向いている。
【 1・1・1 】(ピンゾロ)
「なっ……!?」
牡丹がキセルを取り落とした。
六ゾロを上回る、チンチロ最強の役。
しかも、牡丹のイカサマ魔力を——上からの出力でねじ伏せた、完全な勝利だった。
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「……わっちの、負けでありんす」
牡丹は溜息をつき、崩れ落ちるように座り込んだ。
だが、その顔に悔しさはない。
むしろ、頬が紅潮している。熱っぽい瞳がヒューミリスを見上げていた。
「強い男だねぇ……。イカサマを見抜いた上で、力でねじ伏せるとは」
彼女は立ち上がり、ヒューミリスの胸板にすっと指を這わせた。
「約束通り、わっちの命、アンタに預けるよ」
「……助かる」
「でも」
牡丹はヒューミリスの耳元に唇を寄せた。
声が、甘く低く響く。
「これからは、わっちのことだけを見て、可愛がってくりゃれ?」
一拍。
「……他の女狐なんかに、うつつを抜かしたら。承知しないよ?」
その瞳の奥に、感謝の光と——暗く燃える嫉妬の炎が、見え隠れしていた。
ヒューミリスは苦笑した。
「善処する」
「善処じゃ足りないねぇ」
「……善処する」
牡丹は少しだけ唇を尖らせたが、それ以上は追わなかった。
代わりに、さっと立ち上がり、荷物をまとめ始める。
その背中を見ながら、ヒューミリスは思った。
(面倒くさい人が増えた)
そして——悪くない、とも。
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街を出ると、パトスが待っていた。
『で。毛皮は無事か』
「無事だ」
『そうか』
パトスは短く答えた。それ以上は聞かなかった。
代わりに、隣に立った牡丹をじろりと一瞥する。
『……欲の深い女の匂いがするな』
「グサッとくるねぇ、神獣様は。……でも、嫌いじゃないよ、そういう正直さ」
牡丹はキセルに火をつけ、煙をゆっくりと吐いた。
一行は北へ向かって歩き出した。
パトスの背中に、ヒューミリス、アマリス、そして新たな仲間が加わって。
「次はどこですか?」
アマリスが聞く。
「龍の顎」とパトスが答えた。
「帝國領の最北端。……古い神が、眠っている場所だ」
夜の街の灯りが遠ざかっていく。
三味線の音が、風に乗って追いかけてくる。
ヒューミリスは前を向いたまま、牡丹のことを考えていた。
「感謝」を司る守護者。
だが彼女の瞳の奥にある炎は——感謝よりも、もっと別の何かだった。
(いつか、それが牙を剥く日が来るのだろうか)
考えて——やめた。
今は、前だけ見ていればいい。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
第二章では、帝國領北端の自治区『KOEIDO』と、花魁・牡丹が登場しました。
彼女の真名はメタン・ヴァイン。
七つの美徳の一角、「感謝」を司る守護者です。
……なのですが。
初登場からイカサマあり、賭けあり、誘惑あり、嫉妬の気配ありと、だいぶ美徳の守護者らしからぬ雰囲気になっています。
ただ、この物語における「美徳」は、必ずしも綺麗なだけのものではありません。
感謝は、時に執着へ変わる。
救われた想いは、時に「自分だけを見てほしい」という願いへ変わる。
ヒューミリスの旅は、仲間を集めるほどに強くなっていきます。
けれど同時に、彼の周囲には少しずつ、後の破滅へ繋がる感情も集まり始めます。
次回は、帝國領のさらに奥。
「龍の顎」へ向かいます。
そこに眠る古い神とは何なのか。
そして次に出会う守護者は、ヒューミリスに何をもたらすのか。
よろしければ、次章もお付き合いいただければ嬉しいです。
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