第50章「世界最大の複合企業で爆死!? 頂点を狙う男の末路」
「国ひとつ、都市ひとつのビジネスじゃもう物足りない。俺は“世界最大の複合企業”を作り上げて、すべての産業を傘下に収める。そうすりゃ、究極の安定収益が手に入るってわけだ!」
黒峰銭丸は、王都の一等地に建つ新ビルの展望フロアで、高らかに声を張り上げた。窓の外には街並みが広がっているが、何度も爆死して懲りない男が、今度は世界の頂点を狙うと言い出した形だ。隣では水無瀬ひかりが、しっかりと書類を抱えて深いため息をついている。
「世界最大の複合企業って……要するに、あらゆる業種を自社傘下に収めるんですよね。製造も販売も物流も金融も、ぜんぶ取り込みたいと」
「そうさ。そうすりゃ、どの業界が不況でも別の業界でカバーできる。巨大コングロマリットで世界を塗り替えるんだよ!」
◇
銭丸は、今まで手掛けたビジネスの名目上の“成果”や“人脈”を総動員して、**「銭丸複合企業グループ」**なるものを設立した。各国から部分的に投資を取りつけ、商業・農業・工業・観光・金融に至るまで一挙に参入する壮大な構想である。バルドは治安・護衛面をまとめる形で社内警備の責任者になり、メルティナは研究開発部門を統括、ひかりが財務担当として全社の金の流れを管理する。
「まあ、よくここまで大風呂敷を……でも、実際に世界最大を名乗るには、相当の規模と統制が必要ですよ」
「そこを俺がやるのさ。現場を押さえ、株式をまとめ、トップダウンで動かす。そうすりゃ爆死とは無縁だろ?」
「何度同じ言葉を……」
◇
その後、銭丸は多数の企業買収や合併を進め、“銭丸グループ”が異常な速度で拡大していく。各都市に支店や工場を設立し、金融部門では銀行業や保険にも手を伸ばす。あちこちから「業界が牛耳られる」「独占だ」という声も上がるが、彼は「それが世界最大企業の宿命さ」と開き直る。
出資者は「さすがにこれは危険だ」と思いながらも、短期的な利益に釣られて投資を続ける。人々は「今回こそ本当に巨大すぎて倒れないのでは?」と漠然と思い始めるが、ひかりは「そういうときほど危ないんだけど」と小声で漏らす。
「いままでの大事故が霞むほどの規模ですからね……倒れたらとんでもない影響が出そう」
「倒れない。そういうネガティブ発言はやめろ、縁起でもない」
◇
やがて銭丸グループは名実ともに世界最大級の企業連合となり、あらゆる産業に触手を伸ばす。各国の閣僚や要人も顔色をうかがうほどの影響力を持ち、反発を強める者たちも少なくないが、表立った対抗策が見つからず、誰もが「このまま世界を牛耳られるのか」と感じ始める。
銭丸は高層ビルのトップオフィスで「俺こそ世界を動かす男だ!」と王様気取りで笑い、バルドやメルティナ、ひかりが無言で管理業務に追われる日々を送る。
「調子に乗りすぎ……ちょっとは慎重になってくださいよ」
「大丈夫、爆死の可能性なんてもうない。こんな巨大企業、誰が崩せるんだ?」
◇
しかし、“巨大すぎるがゆえに”不安要素が幾つもくすぶっていた。まず、あまりに多くの業種を抱えるため、ひとつの失敗が連鎖倒産を引き起こすリスクが高い。さらに、裏社会や対立勢力が一斉に妨害工作を仕掛ける可能性も拭えず、社内には不満を抱えた幹部やライバルが存在する。
また、短期的な利益のために無理やり統合した部門もあり、現場では混乱と不正が続出。ひかりが「このままだと内部崩壊するかも」と警告するが、銭丸は「大きい組織は多少の問題は当たり前だ」と軽くあしらう。
「何か一つでも大きく傾けば、ドミノ倒しになりますよ……」
「なら全方位で成功すれば問題ないさ!」
◇
最初の破綻は、金融部門の不正融資が発覚したときに始まる。連鎖的に投資家が資金を引き上げて動揺が広がり、株価が暴落。人々が資金を回収しようと殺到する“取り付け騒ぎ”が発生し、銀行部門が大赤字を抱える。
さらに、工業部門で職場環境の悪化や賃金未払いが表面化し、大規模ストライキが起きる。バルドが“社内警備”として止めるが、収まらない。物流部門が停滞し、農業部門も肥料の供給が止まって混乱が拡大……と、連鎖反応が飛び火を始める。
「くそ、何で全部いっぺんに問題が起きるんだよ!」
「だから言ったのに……。全方位に進出しすぎて、一箇所が崩れると全部に影響出るんですよ」
◇
さらに白紙に戻っていたライバル企業連合が、ここぞとばかりに市場操作やデマを流し、「銭丸グループは破綻寸前だ」と吹聴する。株価や信用がさらに下がり、一部の国では「傘下企業を強制接収する」など強硬策を取る動きも出始める。
銭丸は必死に火消しを図り、幹部たちに命じて社内や市場への支援策を打ち出すが、どれも焼け石に水のように効果は薄い。グループ全体が大混乱に陥り、幹部同士の内紛まで表面化する。
「会議室が修羅場です……みんな銭丸さんを責めてばかりで、話がまとまりません」
「これくらいで諦めてたまるかよ!」
◇
結局、大きな爆弾が炸裂するのは、本社ビルの財務システムが一斉にダウンし、データ紛失と誤送金が連続して起きたときだった。大量の取引記録が破損し、裏金や汚職が噴出する形で世界中を巻き込む大スキャンダルに発展。マスコミや出資者が怒涛のように押しかけ、本社周辺が暴動状態に陥る。
そこにうちの幹部が仕掛けたか、ライバルが仕掛けたか、謎の爆薬が社内に仕掛けられていたことが判明。バルドが排除を試みるも時すでに遅く、ビルを巻き込む強烈な爆発が生じる。
ドオォン……!!
黒峰銭丸は吹き飛ばされながらも絶叫する。
「カ、カネは……裏切らない……女は……たまに……裏切る……。世界最大の企業は……爆死ッ……!!」
炎と爆裂音が社屋を覆い尽くし、億万の投資と社員を抱えたグループは一瞬にして大崩壊を迎える。まさに連鎖ドミノの頂点で焼け落ちるが如く、夢も資本も灰になる。
◇
翌日、銭丸商会(複合企業)は消滅し、世界のマーケットに巨大な空白と混乱を残した。莫大な借金と焦げ付き融資、数々の収賄や裏取引が白日の下にさらされ、各国で訴訟や新たな騒ぎが起こる。
そして再び、あの男の姿はなく、むしろ「大規模爆発でビルごと吹き飛んだから死んだだろう」という声と、「いや、何度でも戻ってきそうで怖い」という声が半々に囁かれる。
「世界最大を目指す」と息巻いた銭丸の野望も、いつものように爆死に終わった。山のようにあった借金と部下たちの恨みだけが残り、またしても燃え盛る炎のイメージが、かつての頂点を夢見た企業跡に立ちこめている。世界は結局、一瞬で頂点に立った男がまた不発弾のように消え去った痕跡を呆然と眺めるだけ——それがいつもの“爆死”の顛末なのだ。