第32章「伝統芸能で爆死!? 文化興行に潜む落とし穴」
「王国の伝統芸能ってのは、継承者不足やら観客不足やらで廃れがちだろ? なら、俺が興行を企画して一気に盛り上げてやれば、カネも文化も両方儲けられるじゃないか!」
黒峰銭丸は、王都の古い劇場に足を踏み入れながら、いつもの調子で豪語した。先日も税制リベンジが大失敗に終わり、行方不明扱いされていたはずだが、いつの間にやらケロリと姿を現している。彼の隣で水無瀬ひかりがドタバタと資料を抱えている。
「でも、伝統芸能って保守的な師匠方も多いし、興行のやり方を変えるのを嫌う人もいますよ? それにどんな演目を揃えるつもりですか?」
「そこは俺の営業力でなんとかするさ。華やかに宣伝して大衆を呼べば、師匠方も反対しにくい。しかも王都の劇場は空き枠だらけだ。大成功間違いなし!」
◇
銭丸は地元の芸能ギルドや古典芸能の師匠連に根回しをする。舞踊や人形劇、太鼓や琴の演奏など、伝統的な演目を一堂に集め、「大文化祭」のような形で興行を行う計画だ。バルドが劇場の警備や舞台設営を監督し、メルティナは道具や舞台装置に使う魔導技術をサポート。ひかりは出演者との契約やチケット販売を取り仕切る。
「これまでの失敗を踏まえて、今回はしっかり台帳管理もしてますから。師匠方のギャラや条件面を丁寧にまとめないと、後々揉めますし」
「でしょ? 興行は丁寧な下準備が命さ。爆死なんか起きようがない」
ひかりは少しだけ安心したように見えた。
◇
いざ宣伝が始まると、案の定多くの市民や観光客が「伝統芸能を見てみたい」と興味を示し、チケットが売れ行き好調になる。師匠連も「客が入るなら悪くない」と態度を軟化させ、銭丸の興行スケジュールに従って稽古や舞台準備を進めていく。
「やはり文化の力はすごい! 税制よりも人を呼びやすいかもしれないぞ」
「税制に比べたら確かに敷居が低いですけど、逆に師匠同士のライバル心とか、舞台監督と演者の衝突とか、裏方のトラブルも多いと思います」
「まあ、そこは俺がうまく調整するよ!」
◇
公演初日、昼公演から盛況となり、観客席は満員。伝統舞踊や人形劇、古典楽器の演奏が披露され、拍手と歓声が響き渡る。休憩中には物産コーナーや軽食ブースを設けており、そこで収益も期待できる。銭丸は上機嫌でロビーを回り、「この調子なら大成功だな」と意気揚々だ。
「すごい……みんな楽しそうだし、トラブルらしいトラブルも起きてない」
「一番の山場は夜公演の“合同大演奏”だからな。そこが終われば、もう完璧だ」
ひかりも客の反応を見て安心し、「今回はうまく乗り切れるかもしれない」と笑みを漏らす。
◇
しかし、夜の“合同大演奏”を控えた楽屋や舞台裏では、小競り合いが起こり始めていた。各流派の師匠連が「うちの踊りをメインにせよ」「自分の楽器を先に演奏しろ」と主張し合い、対立が膨らんでいる。
バルドが調停に入っても、「伝統だ」「格式だ」と譲らず、銭丸が現れてなだめようとするが、「あんたが初めから兼ね合いをきっちり決めておけば……」と怒鳴られ、雲行きが怪しくなる。
「うう、予定では全部うまく回るはずだったのに……ちょっとした優先順位の問題で揉めてるだけか?」
「でもこのままだと、公演直前でまとまらないかもしれませんよ。どうするんですか」
「ここまで来たら強行するしかない! 時間がないんだ」
◇
公演開始時刻が迫り、客席には観光客や貴族が埋まっている。舞台袖では師匠たちがいがみ合ったままだが、とりあえず「出番は予定通り」と銭丸が強制的に順番を指示し、照明を落としてオープニング演奏が始まる。
ところが、演奏途中で一派の楽団が故意にテンポを乱し、もう一派は意地になって激しくリズムを取り、舞台は急ごしらえの“騒音合戦”のようになる。客は困惑しながらも物珍しさで笑い出す者もいるが、舞台の混乱は収まらない。
「何やってんだよ、あんたたち……! こんなんで客が満足するわけ……」
ひかりが焦ってステージ裏を駆け回るが、すでに場は修羅場の一歩手前だった。
◇
さらに問題が重なり、古典舞踊用の火器演出が勝手に起動してしまう。これは本来、演奏が終わってから歌舞パフォーマンスに合わせて点火する魔導仕掛けなのだが、台本が乱れたため誰かがボタンを押してしまった可能性がある。
「うわっ、火の用意はまだだぞ! 誰がスイッチを……!」
「踊りの途中でこの演出が入ると危険なんですけど!」
ステージ脇から炎が噴き出し、踊り子たちが悲鳴を上げて退避。舞台装飾の一部が火の粉を浴びて燃え始め、複数の師匠が「やめろ! 貴重な衣装が台無しだ!」と口論に拍車がかかる。
◇
火の小規模な炎上を消そうとバルドが消火具を持ち込むが、そのとき舞台裏で魔導楽器の暴走が起こる。先ほどのリズム合戦で無理やり演奏したせいか、魔力の流れがおかしくなり、楽器からビリビリと放電が発生。
閃光が走り、近くにあった火器道具に引火。火の粉と放電が同時に舞台にまき散らされ、観客席がパニックに陥る。
「ま、まずい……このままじゃ舞台全体が……!」
銭丸が血相を変えて舞台に飛び出すが、次の瞬間――
ドォォン……!!
凄まじい爆音が劇場を揺るがし、舞台装置に仕込んでいた花火や爆薬が一気に誘爆を始めた。師匠連も観客も一斉に悲鳴を上げ、椅子や装飾が吹き飛ぶ中、銭丸は爆風に巻き込まれ、ステージ床を数メートル滑って転落する。
「カ、カネは……裏切らない……女は……たまに……裏切る……。伝統芸能ビジネスは……爆死ッ……!!」
断末魔とともに大きな梁が落下し、炎に包まれた舞台がそのまま崩れ去っていく。花火の閃光と楽器の暴走音が混じり合って騒然としたまま、劇場全体が火柱に呑み込まれていく。
◇
翌朝、かつては優雅に舞台を飾っていた劇場は瓦礫と灰だけが残り、師匠連や演者たちは呆然と焼け跡を眺めていた。観客もパニックから辛うじて逃げられた者が多かったが、負傷者は少なくない。せっかく盛り上げようとした伝統芸能は、一夜にして破壊と混乱を招いただけで終わってしまったのだ。
「まさかこんな形で潰れるなんて……。せっかく文化を広めようって気になったのに」
「銭丸は……また巻き込まれて死んだのか? あの爆発じゃ助からんだろ」
人々がうなだれる中、「あんなのを呼んだからだ」「文化を金儲けに利用するから罰が当たった」と怨嗟の声も聞こえる。もちろん、いつもと同じく銭丸の行方は不明で、なぜか「復活するんじゃないか」と冷たい視線を向ける者もいた。
こうして“伝統芸能を大衆に広めてカネを稼ぐ”という壮大なビジネスも、一夜の炎で吹き飛んでしまう。ゆかしいはずの舞台が爆音と火花で破壊され、師匠たちの苦労と誇りは宙に散った。果たして銭丸は何度失敗すれば懲りるのか、それはまだ誰にもわからなかった。