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神秘学メンズラブシリーズ"nihil"  作者:
第四巻『血を流し死で洗い 命枯らすまで 荊棘たれ。』(CoSH Exc.2)

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Example 2-2

 二人の荷解きが一段落した時には、外はすっかり闇が支配しようとしていた。士官学校には食堂があるが、部屋で食事をしたい生徒の為にデリバリーもあるし、各棟群に一つはある売店で軽食も売っていた。食堂は午後五時から八時までやっていて、寮棟群からは、桜並木の大きな通りか、少し手狭で入り組んでいる道を通る。


「準備は?」


「行こう。」


 山中にあるせいで、春の夜は少々厳しい。春夏用の薄手のローブを羽織って、二人は部屋を出た。寮棟群の真向かいには大催事場を包括する教員棟があり、そこから左に大分それたところに食堂はあった。軍事学校内で二番目に大きな建物と言っても過言ではない。それでも、屋根の高さが周囲の木々より低いせいで寮からはよく見えない。外へ出ると、遅めの夕食を取ろうと外を歩く生徒達がちらほらと見えた。売店に行くものもいれば、桜並木の大通りを駆けていくものもいる。


「髪の毛は?」


 土埃が僅かに舞う大きな通りに踏み出せば、バスカヴィルの艶やかな黒髪を桜の花弁が撫でた。その腰まで伸びる長髪はいまだ健在だった。切る素振りなどおくびにも出さない。


「切らないよ。」


 バスカヴィルの一つの意思表示であった。決して、ROZENのみには染まらないという揺るぎない決意だ。彼が長い髪をなびかせて歩く様子に、士官生達はあまりいい気はしていなかった。


(難しいものだな。)


 斜め前を歩いていくバスカヴィルの様子と士官生達の反応を見てニコライは、厄介な男と同室になった、とため息を吐いた。大通りを歩いていく士官生は後を立たない。通りすがれば、バスカヴィルは必ず視線で追われた。しかし大衆に晒される事に慣れたバスカヴィルは怖がる素振りさえ見せなかった。食堂は大きな長方形の形をしていた。正面の大きな木製の門から入って、その最奥が厨房になっていて、そこから沢山の料理が並べられるのである。食堂の門は、食堂のオープン時間はずっと開けられているが、次の直接食堂に入る門は隙なくきっちりと閉められていて、室内の温度は一定に保たれていた。


「天井が高いね。」


 食堂に入ればチェーフィングディッシュがずらりと並んでいた。バスカヴィルは外の廊下と中を見比べて、ふむ、と続けて呟いた。


「元は教会だったのかな。外の側廊を廊下にして、広い身廊を食堂にして。バシリカ建築だね。……後陣をさらに拡大して厨房にしたというわけか。」


「ば、バスカヴィル……?」


 壁に埋め込まれてしまった柱を触ったり、色々とりどりの料理を盛ったチューフィングディッシュを素通りして最奥の扉の手前までスタスタ歩いていって天井を見上げたりし始めたバスカヴィルに、ニコライは思わず戸惑った。


「壁は漆喰……これはフレスコ画なのか。」


「バスカヴィル……。」


 元々ROZENはヨーロッパ出身者が多く、キリスト教信者の為に教会が必要だった。食堂は、以前はその教会の役割を果たしていたので、その形がそのまま残って内装に見えるのだ。バスカヴィルはニコライの呼びかけに振り返った。


「そんな事をしていたら日が暮れる。」


 実際はもう暮れ始めているのだが、ニコライは空腹や周囲の視線の様子を訴えずに、そう時間を基準に注意した。空腹ならばともかく、周囲の視線でバスカヴィルの羞恥心が煽られるわけがなかった。ざわざわと食事を無視して建築物の中を歩くバスカヴィルに注目する生徒達など、彼の眼中にははなからない。


「あぁ、食堂が閉まってしまうね……。」


 周囲に迷惑をかけないのであれば、バスカヴィルは好き勝手に動くのだとニコライはこの短時間でなんとなく察した。しかし、かといって彼の身の振る舞いが非常識なわけではない。むしろ、今回に関して言えば、彼の知識欲と博学さが、髪に関して言えば彼の野心的な性格がよく分かる行動だった。


「さて、今日のメニューは?」


「パン各種、オニオングラタンスープ、豆腐と葱の味噌汁、チーズとキノコのリゾット、芋のラザニア、シーザーサラダ、大葉と揚げしらすのサラダ、ビーフステーキ、オレンジソースがけ焼きポーク、鴨肉の生ハム……その他。」


 同室者が読み上げるごとに、バスカヴィルは机にずらりと並ぶチューフィングディッシュの上を覗くのに背伸びを繰り返した。一通り目を通すと、とりあえず景色が綺麗に見えるテラスの手前の席にローブを下ろす。クラヴェーリと住んだ屋敷ほどではないが、ホテルのレストランから見えるような心休まる風景があった。赤金に輝く太陽をバックに、針葉樹林が真っ黒な影で浮かび上がっている。穏やかで涼しい風が、テラスと室内を隔てる、黒い格子にはめ込まれた硝子扉の隙間に流れた。


「じゃあ。」


 と、バスカヴィルは席を離れて、一人ですたすたと食事を盛りに行ってしまった。唖然と彼の行動を見ていた生徒達も、今は目の前の食事や友人達に夢中になっている。バスカヴィルが食事を取っている間、隣に並んでそれを待つ生徒達の姿はだれもがそわそわしていた。話しかけようと思っているわけでもなく、ただ居心地が悪いと言った感じだった。バスカヴィルも手渡しでトングやスプーンを渡さずに、一旦置いてその場を立ち去る。


(どうしたら周囲に溶け込めるのだろうか。)


 今の所はまだ、バスカヴィルがROZENで溶け込める材料はなかった。ニコライは反対側から食堂の料理を取っていきながらそう思った。

毎日夜0時に次話更新です。

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