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神秘学メンズラブシリーズ"nihil"  作者:
第四巻『血を流し死で洗い 命枯らすまで 荊棘たれ。』(CoSH Exc.2)

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Example 1-21

 その日、パーシヴァルは元帥に呼ばれてその執務室で数枚の紙を睨んでいた。


「どうだね、やはり彼か?」


「間違いありません、殿下の筆跡です。」


 まるで活字をなぞったかのような美しい筆記体。そのまま飾っておきたくなるほどの美術品だった。


「やはりそうか! 君が諦めないと言っていたのはこの事だったのかね? まあいい、どうだ。回答の内容も実に申し分のないものだと私は思っている。将軍はどうだ? 君がいいというのなら実技試験を免除しても――」


「それはなりません閣下。」


 鼻眼鏡を通して、軍人に似つかわしくない、しかし美麗な文字に目を滑らせながら、パーシヴァルは断固として元帥の言葉を拒否した。


「あの方は実技まで準備していらっしゃっているでしょう。ここで免除なんかしては、あの方自身の自尊心がいたく傷付けられます。それより、この回答は実によく出来ています。一次試験はROZENと帝國に関する基礎的な問題が多いですが、あの方のこれはとても特殊な答え方だ。例えば大問三の問題一。問題はROZENの帝國における役割ですが、模範的な学生の殆どの解答はこのようなものです。」


 パーシヴァルはせわしなく執務室を歩き回る元帥に、模範的でよく見られる解答の一つを渡した。


「ふむ、なになに。ROZENは帝國における唯一の軍事機関であり、公的機関の役割を果たす。そうだな。で、彼の解答がどうだというのだね?」


「殿下は、ROZENについて帝國が保持する唯一の軍事機関であり、公的機関としての機能も請け負っている、と書いています。」


「それが、どうしたというのだ? 文章を少し変えているだけではないか。」


 ふふん、と得意げにパーシヴァルは笑って、人差し指を振った。


「いいですか閣下。閣下が言っている事も勿論正解です。しかしこの文章にはある意味が隠されている、帝國における、ではなく帝國が保持する、とあえて書いているのです。帝國自体は保持しません。なぜなら帝國は国会というような国家代表組織を持つ立憲君主制を取っていない。皇帝一人が国家の代表として成り立つタイプの君主制を取っています。この帝國はつまるところ皇帝なのです。閣下、現在の皇帝は名ばかりの軍の所有者です。ですが、殿下はそう書いた。更に、公的機関としての機能も請け負っている。通常ならこんな表現の仕方はなさらないでしょう。請け負っている、一体誰からですか? 普通の学生ならそう思う。しかし、殿下はそう書いた。請け負わせているのは、もう歴史を遡ってこの世に一人しかいないでしょう。」


 腰を漸く据えて、元帥は解答用紙を覗きながら手をひらひらくるくると動かした。


「……つまり、君はこう言いたいのか。殿下は、殿下はその……こう耳の沢山ありそうな場所で口にしたくはないのだが。」


「そうです閣下。貴方が仰りたい通りです。これは、軍への改革の声明です。この解答は本当によく出来ている。まだ粗も見えますが十七の青年です。全ての将校に見せて、我々にとっても、彼らに取っても、彼が一次試験を合格するに相応しい男だと知らしめましょう。」


 * * *


 二月、バスカヴィルは実技試験を受ける為に指定されたような服装で幼年学校の校庭へ向かった。指定された服装とはすなわち、体の線が見える服。ブラウスにぴったりとしたベスト、同じくラインに合った乗馬ズボンに乗馬靴である。校庭と言っても、直轄領の校庭は天幕がかかるようになっており中は比較的暖かかった、


「なんだよあれ! あんなにお偉いさんが来るもんなのか!?」


「いやでも、元帥閣下がいらっしゃるなんて前代未聞じゃないか……?」


 伏し目がちに乗馬ブーツの汚れを取っている中、前にいた青年達が口々に囁いていた。バスカヴィルは髪が邪魔にならないように高い位置でくくると、試験の係員である軍人に連れられて天幕の中に出来た小さなテントから出ていった。成程、青年達が盗み見た通り、元帥と、その隣には嫌というほど見た老齢の男が座っていた。


(……すっかり老け込んだな、パーシヴァル。)


 少々赤が残っていた髪も、今ではすっかり真っ白になっていた。全員が並び終えると、軍人は声高らかに言った。


「本日の試験には、光栄にも元帥閣下、及び将軍閣下他将校閣下達がお越しになっている! 皆、全力で試験に挑むように。」


 大勢の肯定の声が上がった。バスカヴィルはその元帥の顔をよく見ようと皆と同じように顔を上げた。小洒落たカイザー髭に、黒い髪はしっかりと七三に撫で付け、うなじはきちんと借り上げているように見える。体は軍人にしては痩せているほうで、どちらかというと親しみやすさがあった。全員が待機列まで案内されてベンチに座ると、まず乗馬の部門が始まった。障害と馬術、それが乗馬部門の内容である。バスカヴィルは試験の内容をじっと見つめていた。どの馬も素晴らしい毛並みで、しっかりとブラッシングされて艶も美しい。


(癖のある馬種は使っていないのか?)


 これが乗りこなせなくてはバスカヴィルでも試験失格にするだろう。バスカヴィルは用心深く馬を見つつ、客席の将校が一人立ち上がったのを見とめたが、気にはしなかった。




 士官の一人が順に馬を校庭に入れている中、席を立ったその小太りな将校はその順番に目を光らせていた。そして一頭の馬が、彼の心眼に叶った


「うむ、この馬はなかなかに鼻息が荒いな。」


「は、はっ! ウルリヒ閣下! この馬はよく暴れやすく……。」


 白いカイザー髭を摘みながら、馬の首をぽんぽんと叩いてみせる。


「おい、そこの士官。次はこの馬を連れて行け。気を付けろ、少々気が立っているようだ。」


「は、は? あ、いえ、分かりました。では交換致します。」


 不機嫌な黒い馬は、鼻息荒く首を振りながら遠ざかって行った。ゲオルクと呼ばれた将校は、満足げに鼻を鳴らすと、またゆうゆうと歩いて校庭の中へ戻っていった。


「受験番号七八二六六六六! バスカヴィ……? バ、バスカヴィル……――」


「呼び捨てで構いませんよ。」


 バスカヴィルはゆっくりと立ち上がると、膝に置いていた乗馬鞭を持って運ばれてきた馬に歩み寄った。士官は少し戸惑いがちに手綱をしっかり握っている。随分と鼻息が荒いな、とバスカヴィルは感じた。どうやら不機嫌らしい。黒い馬は何度も手綱を嫌がって首を振っている。


(せわしない、随分と落ち着きのない馬だ。)


 馬の鞍の向こうで元帥とパーシヴァルが耳打ちでなにか話しているのが目に入った。さては暴れ馬だな、とバスカヴィルは目を細めた。あぶみに足をかけた途端、士官がなにか言いたげに口を開いたが、バスカヴィルは無視をした。基本係員は受験生に声をかけてはいけない。それに、この馬の不機嫌さは見ただけでよく分かった。バスカヴィルが手綱を握った瞬間、その一瞬の、手渡される時の緩みで馬が駆け出そうとした。


「ひっ……!」


 士官が情けない声を上げたが、それもその筈だった。頭上高く馬の足が振り上がったのだ。踏みつけられれば一溜まりもない。しかし、バスカヴィルは脇を引き締めてその手綱を隙なく思い切り引いた。フェラーリした馬の前足が右にそれる。


「いい子だ、落ち着きなさい。」


 バスカヴィルがゆっくりと首を撫でると、暴れ馬は多少大人しくなった。思わず腰を浮かせた元帥が、若干及び腰で椅子に座り直した。


「だ、だれだねあんな整備不良の馬をか……。寄越したのは……。」


「いやしかし、あの馬の勢いを落ち着かせる程の力で引いたとは。ほら見てください、きちんと屈撓してます。」


 暴れ馬といえど、バスカヴィルの馬術は並の上を行った。


(十八にしてなんたる技術力。喜ばしい事です。)


 ほっと息を吐いて、思わず涙が溢れそうになったのを抑える。


「いや、しかし彼は黒い馬が似合うな。皇太子の時は白い馬ばかり乗っていただろう。」


「王宮は白い物を好みますからね。ですが確かに、あの髪とお似合いになるのでしょう。」


 暴れ馬を乗りこなしたバスカヴィルは、清々しい顔でゆうゆうとベンチへ戻っていった。

毎日夜0時に次話更新です。

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