殿下の忠告
「随分と仲がいいのだな」
ガチャリと扉が開かれ、現れたのはルベルト殿下とエルバード。
既に顔見知りだからと談笑していた、私とシルクのことを言っているらしい。
ルベルト殿下! と即座に背を正したシルクには、明らかな緊張が。
反対に、殿下ともすっかり"気の知れた"関係である私は、「殿下」と優雅に礼をしてみせる。
「事情はシルクから聞きましたわ。長きに渡るお心配り、心より感謝申し上げます」
「ああ……あなたには、頬のひとつでも叩かれる覚悟だったんだが。どうやら杞憂だったようだな」
「あら、ならばご期待に添えましょうか。私、怒ってはいないとは一言も申しておりませんもの」
途端、シルクが「えっ!?」と声を上げ、
「ミーシャ、さっき許してくれたんじゃなかったのかよ!」
「それはシルク相手の話でしょう? 殿下への怒りがないとは言っていないわ」
「そんな……っ、俺は、本当に殿下にも感謝してて……っ!」
「シルク」
強い抑揚で遮ったのはエルバード。
彼は殿下と視線を交わしてから、
「今後の護衛活動において、伝えるべきことがある。一緒に隣の部屋へ」
「承知しました、エルバード様」
(……二人とも、すっかり"師弟"の顔をするのね)
私の知る、六年前の二人のやり取りがとても懐かしく思える。
二人が「失礼いたします」と部屋を出たことで、私と殿下が残されたわけだけれど……。
(シルクに聞かれたくない話があるのね)
「人払いまでしてくださるなんて。おかげで殿下の頬を叩きやすくなりましたわ」
「あなたがそれを望むのなら、俺は潔く腹をくくるが?」
「結構ですわ。不敬罪で投獄は御免ですもの。それで、何のお話ですか?」
無遠慮にソファーに腰かけると、殿下は「忠告に来た」と私へと歩を進め、
「くれぐれも、周囲には気をつけてほしい」
「っ!」
ソファーの背もたれに手をつくようにして、私を見下ろす顔の近さに思わず息をのむ。
けれどここで"愛らしく"動揺しては、彼の思う壺だもの。
それではなんだか悔しいから、私は意図的にぐっと顎先を上げ。
ほんの先にあるルビーレッドを見返す。
「お話が抽象的すぎて、何ひとつ理解が出来ませんわ。もっと分かるようにお話くださいませ」
と、殿下は「それもそうだな」と双眸を細め、身体を退けた。
妙に機嫌が良さそうだけれど、いったいこの一連の動作になんの意味があるのか。
私には、皆目見当がつかない。
「審判の日まであと二年足らず。あなたも気が付いているだろうが、権力者たちは水面下で、自身にとって都合の良い"聖女"の獲得を目論んでいる。特にこれから、神殿での奉仕活動が増えるだろう。けして、奴らの甘言に乗せられるな。アレに気を許したら最後、骨の一片まで利用され続け……どうした。妙な顔をしているが」
「あ……申し訳ございません。その、殿下が神殿をそのように敵視してらっしゃるとは知らず、驚いてしまいまして。皇室と神殿は代々、良好な関係にあると習ったものですから」
「"良好でなくてはならなかった"、の間違いだな。なんせこの国の根幹は"聖女"であるにも関わず、必ずしも存在し続けるわけではない。互いに"聖女神話"を守り続けることで、"聖女"が不在の間もその存在と権力を維持する。ようは、利権関係に基づく"友好"ということだ」
「……ならば、仮に"聖女"が神殿に信頼を寄せたとて、神殿側は皇室の顔色を窺い続けるのではありませんか? 今代の"聖女"亡き後は、また協力体制を組まねばならないのですから。わざわざ恨みをかう必要は――」
「あなたは、敏いようでどうにも伝わらないな」
「はい?」
「俺は"聖女"ではなく、"あなた"に忠告している。ミーシャ嬢」
「……え?」
「俺はあなたが俺以外に心を許し、その身を費やすのが気に入らない。これまではまだ我慢が出来たが、これから先は事情が変わってくる。あなたの意志は尊重したいが、俺はあなたを手放す気も、奪われるつもりもない。神殿にも、欲にまみれた貴族どもにも。そして無論――アメリア嬢にも」
「!」
「彼女の考えはわからないが、彼女を"聖女の巫女"に祀り上げようと画策する連中が動き出してもおかしくはない。いや、アメリア嬢自身が"聖女"であるため、決断を下す可能性だってある。"姉"と呼ぶことを許すほどだ。彼女が"特別"なのは理解しているが、彼女にとってあなたはもっとも疎ましい存在なのだということを、覚えておいてほしい」
ミーシャ嬢、と。
殿下は驚愕に固まる私の髪を優しい指先でひと房すくって、口づけを落とす。
「何があろうと、俺の前から消えることは許さない。……よく、胸に刻んでくれ」
「――殿下、は」
――よせばいいのに。
冷静な私が、耳の後ろで嘲笑う。
分かっている、つもりなのに。
せり上がる感情は、止められなくて。
「殿下は、私が"聖女の巫女"だと確信されているのですか? ですから以前より、こうして私の関心を買おうと躍起になられているんですの?」
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