隠されていた護衛騎士
「お、お姉様? どうしてこちらに……」
皇家の使用人に案内された謁見室に踏み入るなり、先に入室していたアメリアが顔を曇らせた。
アメリアのドレスは、コバルトブルー。それも、初めて見る上等なもの。
(ああ、なるほどね)
アメリアは、呼ばれたのは自分だけだと思っていたのね。
パーティーでもないというのに、やけに飾り立てているのは、アメリアの歓喜が反映された結果ということ。
「私も殿下にお呼び立てされたのよ」
こちらは想定通りだといった風ににっこりと微笑んで見せれば、アメリアは動揺を隠しきれないぎこちなさで「あ……そうだったのですね」と視線を落とす。
浮かれている様を私に見られて、さぞ羞恥と落胆でいっぱいなのでしょうね。
この場にアメリアを慕う人がひとりでもいれば、即座に駆け寄り励ましの言葉をかけたのでしょうけれど。
(生憎、私は"良い姉"ではないの)
その時、王座に一番近い扉が開かれた。
あの扉から入れる者は限られている。私とアメリアはさっと頭を下げ、スカートを摘まみあげた礼の形を取る。
「揃ったようだな」
階段を上ったルベルト殿下が、玉座の前に立つ。
「ミーシャ・ロレンツ嬢、アメリア・クランベル嬢。双方ともに、顔を上げてくれ」
私達が顔を上げるのを待った殿下は、一呼吸おいて、
「あなた達は十六の歳を迎えた。神殿における"聖女候補"としての役目も、活発化すると聞いている。そこで、特別な"贈りもの"を用意した。……入室を許可する」
殿下の合図で、前方の扉から二人の騎士が現れた。
そのうちの一人の横顔に、心臓がドクリを強く胸を打つ。
(う、そ。いいえ、そんなはずがないわ)
一つに束ねられた、燃える炎に似た赤い髪。
前を見つめる瞳は、もうすっかり馴染み深い、明るいオレンジの色。
(いったい、どうして)
二人の騎士が、私達のそれぞれの前方に立つ。
私の前方に立った彼――護衛騎士の制服を纏ったシルクは、私の驚愕の瞳を受け止めると、悪戯が成功した少年のように微かに目尻を和らげた。
***
「シルク……? 本当に、シルクなのよね?」
指定された部屋で、私は未だ信じられない心地でシルクを見上げる。
殿下の用意した"特別な贈り物"とは、私とアメリア、それぞれにつく護衛騎士のことだった。
今頃別の部屋ではアメリアが、彼女付きとなった護衛騎士のザック・フィスコと話をしているよう。
「護衛騎士は常に側に控えることになる。気に入らなければ、交代させよう」
そう言って殿下は私とアメリアに、それぞれの護衛騎士との顔合わせの時間を作ってくれたわけだけれど。
(アメリアはきっと、ザック卿を受け入れるでしょうね)
新緑の色をした髪に、アメジストに似た美しい瞳。
歳はたしか、二十三だったかしら。
その華やかな容姿はもちろん、剣の腕もなかなかの実力者のようで、ご令嬢方に人気の高い護衛騎士だもの。
彼が"聖女候補"の護衛騎士に選ばれることは、なんの違和感もない。
だからこそ。
「これで"人違いです"って言ったら、ミーシャは信じんの?」
ニッと悪戯っぽく笑むシルク。
幼い頃から何度と交わされた、"公爵令嬢"相手にも怖気づかない憎まれ口。
「どうして……? だって、シルクはそもそも皇室騎士ではないでしょう? いいえ、騎士としての訓練だって」
シルクとの手紙のやりとりは未だに続いていたし、一年は一度はザハールに赴いていた。
付け加えるのなら私が改革した領地のひとつはザハールで、年に何度も訪れていたことだってあるのに。
体格が良くなったのは、猟に出る為に身体を鍛える必要があったからだと聞いていて。
シルクからはもちろん、ザハールの誰からもシルクが騎士になっただなんて、一言も。
「あーと、怒らないで聞いてほしいんだけど」
シルクはバツが悪そうに頬を掻きながら、視線を逸らす。
「実はさ、六年前からちょいちょい指導を受けててさ」
「……なんですって?」
「六年前にミーシャが帰った後、エルバード様が一人で来られたんだよ。それで、騎士になるための訓練を受けるつもはないかって聞かれてさ。俺、ミーシャを守れるくらい強くなりたくって、すぐに頷いたんだ。したら、エルバード様が"条件がある"って」
「……それが、私には秘密にって?」
シルクは苦笑いで頷く。
「なんでも俺を育ててみてもいいって判断したのは、ルベルト殿下らしくさ。んで、ミーシャの大切な"友達"をそそのかしたなんて知られたら、二度と口もきいてくれない程に怒らせるだろうから、くれぐれもこの件は内密にって。村の皆にも、エルバード様がこれは将来的にミーシャのためにもなる可能性が高いからって説明までしてくれたもんだから、もう協力的だのなんの」
「……そう。見事に私だけが欺かれてたってこと」
村の皆が知っていたのなら、ルーンをはじめとする館の皆も知っていたのね。
おそらくは、エルバードがルベルト殿下の名を使い、そちらにも口止めを計っていた。
「ほんっとにゴメンって! 言い訳にしかなんねーけど、村の皆も心苦しく思ってたんだぞ? けどさ、やっぱりそれ以上に、皆ミーシャが心配だったんだって。その立場や能力を妬んだり、自分のモノにしようと無茶するようなヤツが出て来てもおかしくないから、せめて俺だけでもミーシャを守れる"剣"になれってな」
「…………」
「で、一年前に殿下直々に護衛騎士の話があって、こっそり皇室騎士の試験を受けたんだ。エルバード様のありがたーい教育のおかげで、一発合格。ミーシャにバレないようこそこそしながら、しっかりお勤めを果たしてたってワケ」
すると、シルクは肩を竦めて、
「ミーシャには昔"騎士になるな"って言われたのに、ごめんな。やっぱり俺、ミーシャを一番に守れる存在でいたい」
「……本当よ。私はずっと、あなたを信じていたのに。悲しくてたまらないわ」
「! ミーシャ、本当にごめ――っ」
「騎士になっても"友達"でいてくれなければ、死んでも許せないわよ。シルク」
「!」
シルクは驚いたように目を丸めたけれど、「もちろんだろ!」と嬉し気に笑む。
「誓うよ。他の目のない、ミーシャだけの前では、絶対に跪かない。俺はミーシャに忠誠を捧げるためじゃなくって、ミーシャが思うままに進んで行くための手助けをしたくてここに来たんだ。つーことで、ん」
眼前に差し出されたのは、屈託のない右手。
「友達として、護衛騎士として。今後ともよろしくな、ミーシャ」
「……ええ。頼りにしているわ、シルク」
六年前のあの夜のようにその手をとると、手袋越しでも彼の手がごつごつとしているのがわかった。
(……剣を振るう者の手、ね)
シルクは今年で十八歳。村で誰かと結婚して、新しい家族を支える存在となっていたって不思議ではないのに。
私が縁を繋いでしまったがばっかりに、新しい選択肢が出来てしまったのね。
それが彼にとって幸運だったのか、不幸だったのか。
今の私にはまだ、判断が出来ない。
(シルクの"幸せ"は、私ではなくシルクが決めるべきだもの)
「あー……とさ、ミーシャ」
「どうしたの? シルク」
歯切れの悪い声に見上げると、シルクはちょっと気まずそうにそろりと視線を逸らして頬を掻く。
「色々と悪いことをしちまったってのは、よーく分かってんだけどさ。その……ミーシャは、喜んではくれねーの?」
「え……? あ、そうね。シルクがこんなにも頑張って皇室騎士になったのだもの。お祝いをしなくっちゃ」
「いや、そーじゃなくってさ」
シルクは繋いだままの手を拗ねたように左右に振って、
「俺、ミーシャの護衛騎士だし。これからは堂々と、好きなだけ一緒にいられるじゃん。嬉しくねえの?」
「!」
ちろりと向いた伺う瞳は不満そうにも、照れているようにも見えて。
(どんなに畏まった服を着て、名誉な肩書を得ても。やっぱり私のよく知るシルクだわ)
妙な安堵に、自然と頬が緩む。
「嬉しいわよ、もちろん! 私の護衛騎士がシルクで、本当に良かったわ」
嘘偽りなく告げた私に、シルクは「そ、そうか! そうだよな!」とますます手を揺らして、
「俺もすっげえ嬉しいぜ、ミーシャ!」
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