白百合、邸での一波乱
久々に感じる邸に戻ってみると、何だか慌ただしい。
そんな中でベンジャミンが迎えてくれる。
「ベンジャミン、何か有ったのか?」
「おかえりなさいませ。使用人が揃わず、申し訳御座いません。
カミーユ様、お客様が参られているのですが……少々此方へ」
「あぁ。シルヴィ、部屋に戻っていてね」
「分かった。何か有れば呼んでくれ」
不穏な空気な為に、シルヴィには一度部屋に戻って貰う。
もう少しすれば挨拶に色々な人間が来る頃だが、それにしても早すぎる。
「で、何事なんだ?」
「実はシルヴィア様の義弟だ、と仰る方がいらっしゃっているのですが……どうやら訳ありの様でして」
「義弟?」
「此方のお部屋です」
とりあえず、深呼吸してからベンジャミンに合図を出す。
コンコン
「メルフィン様、主をお連れ致しました」
『どうぞ』
「お待たせ致しました。此方の領主をしております、カミーユ=アルディアンと申します」
「どうも、本日は突如で申し訳御座いません。サムディ=メルフィンと申します」
「本日はどういったご要件で?」
「シルヴィアと二人で話をさせて頂きたい」
お祝いの言葉が一つも出てこない。
多分、いや…間違いなく彼は私を敵視している。
「畏まりました。ベンジャミン」
「…カミーユ様」
心配なのだろう。ベンジャミンは私にだけ聞こえる様な声を出す。
分かっているとコクリと頷いて、シルヴィを呼んで来てもらう。
「お茶も出さずに申し訳無かった。さ、座って下さい」
「失礼します」
「シルヴィの義弟さん、でいらっしゃいましたかね?」
「はい。分家の男爵家から養子に」
「成程。留学されていたとお聞きしていましたが」
「…休みです」
「左様でしたか」
話しを広げようとしたが、彼は必要最低限の礼儀だけでそんなに話したくもない事がビシバシ感じられる。
その後も何個か質問をしたが似たような短さで中々続かなかった。
すると、ローザンヌと共にシルヴィが到着した。
「サムディ!」
「姉様、ご無沙汰しています」
「サムディ様、シルヴィは私の妻。
御家族とはいえ二人きりでお話しとはいきませんが、此方のシルヴィ付きの侍女を。
私共は隣の部屋でお待ちしております。お話しが済みましたらお声掛け下さい」
「感謝します」
「シルヴィ、久々に義弟さんとお話しすれば良いよ」
そう言ってシルヴィの頬を触る。
彼女は真っ赤になりながらコクコクと頷いた。
シルヴィの反応を見る限り本物の様なので、手荒な真似は流石にしないだろう。
とは思い、隣の部屋に行く。
だが、私が侍女を入れているからといって本当の姉弟では無い男女を二人きりなんぞにするか。
「ベンジャミン」
「御意」
ベンジャミンに部屋のカーテンを閉めさせて灯りを暗くし、壁に掛けてある絵を移動させる。
一部分だけ明るい方から見ればただの壁だが、暗い方からは見える様になっている。
擬態虫の粉末で作った特殊な壁を眺める。
そして、先程シルヴィのピアスのスイッチを押しておいた。
念には念を。嫌な予感がするのだ。
嫉妬も有るがね。
ソファに座り息を潜め、聞き耳を立てる。
「どうした?留学はまだ終わって無いだろう」
「…そんなもの今はどうでも良いだろう。あれは何だ」
「あれ?」
「何故あんなのと婚姻などしたんだ」
「それはサムディの知る所では無いさ」
「お前、知っているのか?彼奴がどんな奴か」
「彼は優しい、それに紳士だ」
「それは女に慣れているからだろ。
彼奴は色情魔だぞ、お前のような女に本気になる筈が無い。弄ばれて悲しむだけだ」
「なっ!?」
「聞いた事は有るはずだろ。女を取っかえ引っ変えしてるような奴だ。確かな筋からの証言も有る。
それに、その服は何だ?あの男の趣味か?
全く、趣味の悪い」
「…それくらいは知っている。
服は私が好きで着ている」
「じゃあ、何故!?」
私はいつから色情魔になったのだろう。
女を取っかえ引っ変えした様な覚えも無い。
まぁ、それは良い。良くある事。
これは推測だが、シルヴィに心の傷を負わせたのは彼だ。
彼女は今、淡い色のズボンと少しリボンが大きめの可愛らしいブラウスを着ている。肩口から手首迄ある緩やかなフリルが華やかだ。
好きな物を着て似合わない訳無いだろ、何処が悪い。
溜息をつきたくなるがグッと堪える。
「…彼は私が必要だと言ったんだ。サムディが領主になる時、私は邪魔になる。家を出る為にも丁度良かった」
「はぁ!?そんな事の為に彼奴と婚姻したのか!」
「悪いか」
「馬鹿か!今すぐ婚姻は破棄だ。式も挙げていない今しかないぞ」
「馬鹿はお前だ。私達は書面上でもう夫婦の契りをした。それを今更塗り替える事など余程の事が無い限り出来ない」
「では、余程が有れば良いんだな。
お前は元々、このままいけば俺の妻になる予定だった。それが、遅いか早いかだけだ。今すぐ帰るぞ」
サムディはシルヴィを掴もうとした。
「メルフィン様、シルヴィア様は私共の大切な奥様で御座います。お返しする事は出来ません」
「黙れ、使用人の分際で」
ローザンヌが前に出て止めるが、サムディはそれを押し退ける。
これは、いけない。
そう思い、立ち上がった。
だが次の瞬間、鈍い音と共に彼は床に沈んだ。