15. 不安とヒロイン
ペットとして連れ帰ってきたクロとルシフェルは反りが合わないのか。
毎日のように喧嘩を繰り返している。
「俺のソフィアに近付くなと言ってるよね。お前の脳には皺がないの。」
「魔王様だからってソフィアの独り占めはズルいぞ。」
シャーシャーと威嚇しながらそういうと彼の額に青筋が浮かび、魔獣の姿へと変わっていく。
この光景、そろそろ見飽きたと話題の中心人物である彼女は城の庭へ移動すると散歩を楽しんでいた。
「ソフィア様、まだ朝は冷えますよ。」
「ありがとう。」
「魔王様を許してあげてくださいね。」
「え?」
「ソフィア様にご自身以外を愛でられると不安になるのです。魔王様はとても繊細な方ですから。」
「ふふ、エリス王子とのことで理解したけれど本当に一途に思ってくださるのね。あの時、処刑されると諦めた私を救い出してくれた恩人だもの。それ以上の人なんて居ないのに、ね。」
「それは嬉しいけど、俺としては恩人じゃなくて夫として愛してほしい。」
「ルシフェル様!?ま、まだ婚姻はしてませんよね?」
「まだ、ね。でも俺と婚姻するのは確定事項だといったはずだよ。ソフィアの気持ちが追い付くまでは待つつもりだけど。」
「そ、そうでしたね。」
「…もしかして嫌なの…?」
「違います!ただ…。」
「ただ?」
王子の時のようにいつ物語の強制力が働いて手のひらを返されるかわからない。
そう心の中で呟いた。
エリス王子の事もそうだ。
とても大事にしてくれるのはよくわかる。
でも、心の何処かでまた失うのではないかと失っても大丈夫なように覚悟し続けなければならないと不安が過るのだ。
こんな事話せるはずもなく、そのまま黙り込んでいると何かを察したのか。
いきなり抱き上げられた。
「…ソフィアの不安な気持ちがなくなるなら何度でも言うよ。俺は君を愛してる。」
「…ルシフェル様。」
「キスしたら怒るかな…。」
それと同時に唇に触れるふっくらとし感触。
数秒のはずなのにとても長く感じた。
頬を赤く染めていると楽しげに笑みを浮かべ、愛おし気に髪を撫でられる。
魔王のこれほど優しい表情は皆、見たことがあるのだろうか。
「俺のソフィア。例え君が俺の事を好きじゃなくても、永遠に愛し続けると誓う。」
触れた髪にキスをされていると視線の端に映った女性の姿。
何故ここに…とつい声が漏れてしまった。
彼女に気付いていなかったルシフェルは視線をゆっくり動かし、誰だという表情を向ける。
「魔王様、この人間が入口で倒れていたそうです。」
「ふーん。」
「ま、魔王様。私はリリナ・マローンと申します。折り入ってお話が…。」
「何の用?」
「ここでは…。二人でお話できませんか…?」
瞳を揺らしながらそういった彼女に出たと溜息を零した。
王子との間に物語の強制力が働く直前にもこういうシーンを見ただけに、どうしてこうも不安の種は開花してしまうのだろう。
良かったと思えるのはまだ、ルシフェルに対して恋愛感情を自覚していなかったことだけだ。
このままもし…。
「俺、今取り込み中。ソフィアを甘やかすので忙しい。」
「この件は、貴方様にも関わる重要な…!」
「煩えな。言っただろ、俺は取り込み中だと。邪魔すると機嫌悪くなるけどいいの。」
「リリナ様、魔王様はお忙しいようですから少し時間を開けましょう。」
「忙しいって…どこが…。」
強制的に退場させられた彼女の声が遠くで聞こえてきたが、とりあえず今直ぐに強制力が働くというわけではないらしい。
でも、きっとヒロインである彼女が現れたということは近い未来起きる可能性は十分にある。
断罪によって落とすはずだった命。
もう一度落とす気などさらさらない。
だったらやることは一つだ。
強制力が働く前にここから逃げ出すこと。
国外れに小さな村があったはず。
そこなら辺鄙な土地ということもあって質素に暮らしていれば気付かれることは無いだろう。
これから自らの身に起きる変化に小さな溜め息を零すのだった。




