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あなたの悪魔とわたしの天使  作者: 鈴森 心桜
19/22

第十九話「女王陛下」

上へ戻ると、何やら騒がしかった。

その騒音は玄関付近から聞こえてくる。

私とルシファーはお互い顔を見合うと、

同時に首を傾げた。

騒音と言っても、

いつものサノンとソルベイトが

喧嘩をしているような怒号ではなく、

何だか慌てふためいたような声が

聞こえてくる。


ミカエル「…何を騒いでいるんだ。」


玄関前の広いホールに顔を出すと、

住人全員が集まっていた。

その中でも特に

いつもと様子が違ったのはサノンで、

ホールを端から端まで歩いている。

反対に、母さんやレヴェートは

落ち着きながらソファで寛いでいる。

各々が個性的な反応を見せる中、

その元凶を探すべくホールへと足を踏み出した。


サノン「あっ、ミカエル!ねぇ如何しよう、本当に如何しよう!」


ミカエル「落ち着けサノン。朝から騒いで何なんだ、一体何があったんだ。」


私の声に、ホールに居た

私とルシファーを除く住人全員が

玄関へと目線を向ける。

つられて私も視線を辿り、

玄関の扉を開けようと足を動かした時、

また新しい音が聞こえた。


?「この館の主よ、どうか姿を現し給え!」


野太い男の声だった。

だが通る。

森全体に広がったのでは

ないだろうかと思うほどに。

つまり音が大きかったのだ。

それを扉越しだが、

至近距離で拾った私達は耳を痛めた。


ガルデン「あの男、もう一時間も前から居るよ。図太く返事を待ってるみたいだけど、如何するのミカエル。」


耳を塞ぎながらガルデンが

此方に問うてくる。

そうすれば全員が私へ視線を向けるわけで、

七つの視線が私を貫く。

何だか居た堪れない感じだ。

それは私が、此処の「館主」だから。

こういう時にこの役柄は面倒臭く思える。


ミカエル「恐らく奴は返事が来るまで待ち続けるつもりだろうな。それじゃあ外を出歩く事も出来ないし、気は乗らないが…仕方ないか。」


もし奴が私達を殺そうとしてきても、

双子神の言う通りループが無いのなら

誰も死ぬことはない筈だ。

万が一、そうなったとしても、

あの神ならまた"シナリオ"を

入れ替えるんだろう。

私が玄関へ歩を進めだすと、

ルシファーなど他のみんなは

扉の先の人物に対して身構える。

私が扉を開けたとき、

何があっても瞬時に反応出来るように。

かと言って私も例外ではない。

例え今死んでしまったとしても、

終わりを迎えるわけではないだろうが、

それは最終的な結論であって、

其処までは辿り着かせない。

最終的結論に至らせないために

私とルシファーは

記憶を受け継いでいるのだ。

そして私は静かに扉を開けた。


?「っ…(いら)えよ!き、貴君がっ、この館の主であるか!」


扉の先には、

何だかパレードでもするのかと

問いたくなる程派手な服を着た男が

約数十人立っていた。

その真ん中に立っていた少々小太りな男が、

扉を開けた私達の姿を見て

一瞬息を呑んだようだが、

震える声をかき消すように大きく第一声を放った。


ミカエル「…そうだけど。何用だ人間。」


セディク「私はハルデヴィアン王国大臣、セディク・ドラッセン!貴君に女王からの言伝を預かっている!」


ミカエル「…女王?」


セディク「然り!我が女王、イーリス・ハルデヴィアン様である!」


"イーリス・ハルデヴィアン"

きっとこの国でその名を

知らない者は居ないだろう。

元々はこのハルデヴィアン王国の

第一王女だが、

先王が亡くなられて

四〜五年程前に兄妹の争いに勝ち、

若くして即位した新しい女王だ。

大臣、セディクは後ろに控えていた者から

一通の手紙を貰うと中身を取り出し、

声に出しながら読み始めた。


セディク「"汝、異能を操る者、従える者。此度の戦場に赴き、我が国の為、一国民としてその炎を燃やせ。"…以上だ!」


ミカエル「…"此度の戦場"?」


ルシファー「まさか…、鳴帝国との?」


やはり私達の予想は当たっていたようで、

ハルデヴィアンは鳴と戦争する気らしい。

鳴が軍事国家なのに対して、

ハルデヴィアンは戦力が弱い。

王兵は毎回犠牲が絶えない、

と随分前に乙女が言っていた気がする。

だから、女王は私達を使うことにしたのか。


セディク「女王自らの命だ!有難く思うが良い!」


ルシファー「要するに、"死ね"って意味だよね。」


ミカエル「それ以外考えられないな。」


セディク「これは決定事項である!貴君らには迷う権利も、断る権利も無い!早急に準備を始め、此度の戦地…ピエトラへと赴くのだ!」


ピエトラとは、私達が住んでいるフォレと

真反対の海側の区域だ。

迷う権利も断る権利もないとは、

随分酷い扱いだ。

私達は彼らから生き物として

見られていないのだろう。

現にセディクの後ろに控えている男達は、

此方を恐ろしい化け物を見る目で視線を送ってくる。


ルシファー「"一国民として"って言うけど、絶対思ってないわね。」


セディク「最後に、館の主である貴君の名は何と言う!」


ミカエル「…お前に名乗る名前なんて無いよ。」


私が答えた瞬間、

彼らは全員どよめいた。


ミカエル「勝手に話を進めてもらっては困るな。私達はその言伝、聞かなかったことにするから。」


セディク「女王からの命だぞ!断ることは極刑に値する!」


ミカエル「別に。殺したければ殺せばいい。殺せるものならね。」


脅すようにジロリと視線を送ると、

案の定怯えて後退りをする人間達。

今回の主題が鳴帝国との戦争だとしても、

誰かに指示されて動くのは好きではない。

この試練を乗り越えるのは、

別に直接関わる必要はない筈だ。

わざわざ女王の駒として戦場に赴く必要もない。


?「…何故王族が貴君らのような下民に力を頼るかわかるか。」


ふと横から声が聞こえた。

随分と低い声で、聞き取りずらい。

セディクはその男のことを

「副大臣」と呼んだ。

彼も少々太り気味だった。

その男、副大臣は人混みを分けて

私達の前に立つと、再び口を開いた。


副大臣「此度の戦争は、余りに此方が不利だからだ。鳴帝国の色兄弟姉妹に適うほどの兵士も、助けてくれる同盟国も、我が国には居ない。」


ハルデヴィアンは疑り深い。

他国を信じる事も、

利用する事も出来ないのは、

王族の性格に関わってくると

聞いたことがある。

改めて考えると、随分人見知りな国だ。


副大臣「だから貴君らだ。街民に恐れられている森の化け物である貴君らに力を借りる他無かった。」


其処でふと、違和感を感じた。

一瞬、副大臣の顔が

ザザッと歪んだ気がしたのだ。

一度違和感を感じてしまえば、

それに気を取られてしまう。


ミカエル「…お前、誰だ。副大臣じゃないだろ。」


まず顔が歪むなんて事は有り得ない。

そうしたら残る選択肢は一つしかない。

この目の前に居る

"副大臣は、副大臣じゃない"のだ。

変身魔法だろうか。

何かの魔法で誰かが副大臣に

成りきっているのだ。


副大臣「おや。もうバレてしまったのか。つまらないな。」


副大臣の声は一気に高くなり、

顔は溶けていく。

溶けた後に現れたのは、

少々歳を召している女性の顔。

その肌は、

病気ではないかと思う程真っ白だ。

金髪だからか更に目立つ。

高価な服を着て立つその姿は、

決して一般人には見えない。


セディク「じょっ…女王陛下!!」


姿を見た途端、

セディクが声を荒らげ、

周りに居た男達も全員膝を曲げ跪いた。

彼の発した言葉に私達も驚く。


イーリス「無論。私がこの国の女王だ。」


ミカエル「…女王が直々に会いに来てくれるなんてね。」


イーリス「お前達は簡単に命令を聞くと思わなかったからな。」


長い前髪を払い、

緑玉色の瞳を此方へ寄越す。

鋭い切れ目な目に似合わぬ色だった。

セディクを避けて前に出てきた女王は、

他の男達とは違って、

私達を前にしても堂々と胸を張った。


イーリス「それ程此度の戦争は不利な状況なんだ。お前達は我が国の為に闘うのだ。」


ミカエル「…お前達は、随分と虫が良いらしい。」


流石に我慢の限界が来る。

以前まで私達の存在をかき消すように

襲撃を重ね、殺そうとしたと言うのに、

今は協力を求めようとする。

これ程身勝手で傲慢な事があるだろうか。

自然と、手を握る力が強まり、

掌に爪が喰い込むのが痛い程わかる。


ミカエル「…私達が何を言っても、お前達は聞き入れなかっただろ。そんな相手に協力する莫迦が何処に居るって言うんだ。」


イーリス「でも、お前達はどの道戦争には関わるんだろう。でなきゃ何故今回の戦の相手が鳴だってわかるか。」


私の睨みにセディク達は

ビクッと肩を揺らすが、

女王には全く効かない。

これが一つの国を抱える王の威厳か。

狡猾で、傲慢な振る舞いは

如何にも王族らしい。


イーリス「別に私の軍として闘わなくても良い。どうせハルデヴィアンの力にはなるんだからな。」


「何もかもお見通し」

そう言われている気がしてならなかった。

彼女が双子神のことを

知っている筈がないのに。

女王の見据える瞳がただ腹立だしかった。

これ程怒りを感じたのは

久し振りかもしれない。


イーリス「さて、帰るぞドラッセン。」


女王は言いたいだけ言うと、

そそくさと身を翻して歩いてく。

そんな女王の跡を慌てて男達が付いて行く。

だのに、セディクだけが

足を動かそうとしない。

此方の様子を伺っているのか、

ビクビクと視線を送ってくる。

恐らく女王でも化け物にこんな態度を

とってしまって殺されたりしないだろうか。などと思っているのだろう。


ミカエル「早く行けタマ無し。」


私の一言に、

セディクは目を真ん丸にすると、

顔を真っ赤にして女王の後を追った。

反対に、ルシファーや館の中に居る

住人達は必死に笑いを堪えようと

下を向いたり、口元を抑えたりしていた。

玄関の扉を閉めて私がため息をつきながら

母さんとレヴェートの間に座ると、

みんな笑いがおさまったのか、

深呼吸をしだす。


サノン「ふぅっ…ねぇミカエル、私達が戦争に加わる必要あるの?」


ミカエル「ハルデヴィアンの戦力じゃ、結局ピエトラから此処まで鳴の火が来るまで時間はかからない。そしたら私達の館も荒らされてしまうだろう。それを防ぐ為に闘いに行くんだ。」


息を整えたサノンの問いに答えていると、

バルティニュムが「お疲れ様です」と

珈琲を持って来てくれたので、

お礼を言って有難く頂戴した。

サノンが「そうかー」と納得したのか、

体を横にして浮遊しだす。

すると今度はソルベイトが

レヴェートを抱え、

自身が先刻までレヴェートの

座っていた場所に腰を下ろすと、

彼女を膝に座らせた。

そして私に問うてくる。


ソルベイト「で、メンバーは如何する?」


ミカエル「いつも通り乙女は置いて、全員で行く。鳴の色兄弟姉妹は八人、此方も同勢で一人が一人を相手しろ。だけど…忘れるな。危なくなったら、相手を倒す事よりも自分の命を優先しろ。応援を呼ぶでも、私やルシファーの元に逃げて来ても良い。必ず命を無下にするな。」


そうして、

ハルデヴィアン王国と鳴帝国の

大きな戦争が始まる。

誰もが予想したとおり、

ハルデヴィアンの

負傷者、死亡者は数多く、

それは私達にも無関係ではなかった。

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