第13話 王太子と第二王子
「あれ?君たちはもう準備が出来たのかい?」
その声に振り返ると、アドニスが乗馬用の服で優雅に微笑んでいた。
うぅむ。流石メイン攻略キャラ。
顔がいい。
余裕ぶっこいた表情が非常に癪に障るが、この人がいるからこそ今日この日に意味があるのだ。
何としてもリリアンヌ様との仲を取り持って、彼女の破滅フラグを根こそぎ一掃してくれる!
そんな決意を固めながら不意に隣のフェルを見上げると。
「あ、あにう…え…っ」
赤面しながら固まっていた。
え?こいつ、何でこんなことになってるの?
今まで何度も乗馬の訓練なんてあったでしょうが。
何今更そんなにとろけちゃってるのよ。
「ちょ、ちょっと、フェル?アドニスさまのじょうば服すがたなんて、みなれているでしょ?なんでいまさらそんなおとめなはんのうをしているの?」
「…今まで兄上とは乗馬のタイミングをわざとずらしていたんだよ」
「え?なんで?」
「…こうなるからだよ…!」
「は?」
「お前だって逆の立場で考えてみろ!推しのスチル以外の新規服だぞ!?こんなの、見たら、身悶えしちまうだろっ!!」
はっ!!た、確かに!!
私だって、リリアンヌ様の新しいドレス姿とか見せられたら、身悶えしちゃう。
幸い、乗馬服は回想や授業のスチルで見たことあるけど。
それ以外の新規衣装は垂涎ものだもんね。
ごめんよ、フェル。
私が悪かった。
そうだよね、よく考えたら乗馬の授業は男女別だもんね。
主人公が見られない衣装のスチルなんて、ゲームでは出てこないもんね。
そりゃあ、そうなっちゃうよね。
あ、ここまでのやり取りは全て小声で行っております。念のため。
「フェル?どうしたんです?」
アドニスが私達のこそこそ話を不思議そうに見て言う。
小首を傾げるその姿が、あざといと思ってしまうのは、私だけだろうか?
「い、いえ、なんでもありません」
フェルが少し慌ててそう言う。
その頬は、やはりまだほんのりと赤い。
傍から見ていると何とも格好の悪い話だけど、同志である以上気持ちは痛いほどわかる。
「アドニスさまがあまりにもしゅうれいでいらっしゃるので、きっとフェリクスさまはきんちょうしてしまわれているのですわ」
だから、助け舟を出してやろう。
「フェリクスさまはいつも、わたしがやいてしまうくらいにアドニスさまのじまん話をしていらっしゃいますもの。あにうえはすごいおかただ、あいうえをそんけいしている、って。それはもう、すごいんですのよ?」
「ちょ、アリス!?」
いきなり何を暴露してくれてんだ!というように、フェルが慌てて私の方を見る。
しかし、私はそんなフェルを完全に無視。
せっかくだから、フェルがアドニスの前に立ち塞がる壁になど成らないということをここで本人に理解して頂こう。
アドニスとフェルのどちらも王としてこの国の頂点に立つ可能性がある。
マジラバのフェリクスルートでは、アドニスを排してフェリクスを国王に、という声が臣下から多数上がる。
それは、フェリクスが黒髪の王子だから。
この国で唯一の神秘の黒を纏う者だから、フェリクスは王太子であるアドニスを差し置いて王となるのだ。
何故黒髪だというだけで王になれるのかというと、黒髪は他者よりも膨大な魔力を持つからだ。
実際まだフェルはその魔力を開花させていないが、私もフェルもフェリクスというキャラの魔力がこの国の誰よりも多く強いことは知っている。
だからこそ、今のうちからフェルがアドニスに憧れているという事実を明らかにして、彼の敵には成り得ないとここで明確にしておくのは悪手じゃないと思う。
「おや、そうなのかい?いつも私を避けているようだったから、私は嫌われてしまったのではないかと思っていたのに…」
目をぱちくりと瞬いているアドニスは、本当に驚いているようだ。
それもそうだろう。
王太子である自分を差し置いて貴重な黒髪の王子として生まれた双子の弟…。
はっきり言えば、アドニスにとってフェリクスという存在は邪魔でしかないのだ。
そんな邪魔な弟が実は自分を尊敬していた(本当に本当のことを言えば崇拝に近いけど)なんて、正に寝耳に水というものだ。
きっとアドニスは、フェルも自分を邪魔だと思ってるって考えてたんだろうなぁ。
「嫌いだなんて、とんでもありません。兄上は王太子としてとても立派なお方です。己お考えを確りと持って、民のために何ができるか何をするべきかを常に考えて行動しておられます。おれ…いや、私はそんな兄上を心からすうは…じゃなかった、尊敬しています」
おっと。今「崇拝しています」って言いそうになったな?
本音がボロボロ零れているよ、第二王子様。
「それは…ありがとう」
その時、アドニスはおそらく無意識だっただろう。
ふわりと華が綻ぶように笑ったその笑顔は、今までのどんなスチルの笑顔よりも魅力的なものだった。
あ、フェルが合掌して涙流してる。