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二人の空  作者: 蒼久斎
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エステルの系譜


 私は決して記者ではない。ジャーナリストでもない。気の向いたままに、気の向いたことを文章にするだけの人間だ。だから、報道精神などというご大層なものは、あまり持ち合わせてはいない。あるのは、言って良いことと、悪いことを識別する良識ぐらいだ。

 中立を意地でも保とうと思うことはないし、積極的に肩入れをするわけでもない。果てしなく、中途半端な人間である。

 だから、アリを熱狂的に支持する一部のファンたちのように、エステルを罵ろうとは思わなかった。もちろん、狂信的なエステルの支持者たちが、アリを罵るのには、憤りを感じた。

 しかし、裏に政治的民族的理由があるにせよ、二人が氷の上でお互いを刺激し合っていることは、決して、悪いことばかりではないと、そう思っていた。

 そういう意味で、私はエステルのことが気になっていた。だから、それとなく、エステルのことについても、物書き仲間の伝手を頼ったりなどして、調べてみた。

 コーヘンというのは、ヘブライ語で「祭司」を意味する、典型的なユダヤ系の姓だ。

 このヘブライ語は、現在イスラエルの公用語となっているが、もともとは、旧約聖書を記述していた言語である。長らく日常語としては死語となっていたが、近代になってから、学者の手によって復活したという。

 さて、イスラエルは、世界中に散らばったユダヤ系の人々が、ユダヤ教という宗教を核にして、再び集結してできた国である。だから、さまざまの国にルーツを持つ、移民たちの国でもあり、そういう点では、アメリカと似ていなくもない。

 エステルは、移民国家であるイスラエルらしく、方々の血が混じっていた。ポーランド、ウクライナ、ドイツといった、中欧や東欧の国々に加え、ギリシア、さらにモロッコの血まで混じっていた。このモロッコ系の血は、元へ遡っていけばスペイン系に辿り着くとかで、そうすると、彼女はその系図だけで、ヨーロッパや環地中海世界の歴史を記録しているとも言えるわけだ。

 ここまで混じり合った彼女にとって、祖国と呼べる国を選ばせるならば、やはりそれは、ユダヤ教という宗教で、すべてを包んでいる、イスラエル以外にはないのだろう、と、私はぼんやり思った。

 もっとも、民主主義を大義名分にして、アメリカの支持を取り付けているイスラエルが、実際には、宗教差別をほとんど公然とやっている、アパルトヘイト国家だという話も、私は聞いていた。

 私には、人に訴えかけたいと思う正義感はない。何かの間違いを糾弾できるほど、自分をえらい人間だとも思っていない。だから、イスラエルが正しいかどうか、あるいは、あの国を支持するかどうか、そんな話はしない。したくない。

 アリにとっては憎い国だろう。

 でも、私は自分がアリのファンだからという理由で、イスラエルを憎むことはできなかった。

 あるいは、エステルの経歴が、二の足を踏ませたのかもしれない。

 エステルの曾祖父の一人は、第二次世界大戦の時、ドイツによるホロコースト(ユダヤ人大虐殺)で、家族を皆殺しにされていた。中欧系、東欧系のエステルの家族は、一人以外、皆、虐殺の生き残りだった。

 その一人は、戦前からパレスチナ地域に移住して、開拓に参加していたという。

 ギリシア系の家と、モロッコ系の家は、二次大戦後の移住で、他の「生存者」たちも、いわずもがな、大戦後の移住者たちだ。

 そんな彼らが、アリの家族を追い出したのだと思うと、やるせなさに、何かを言うことなどできない。

 殺される恐怖を、身をもって味わったユダヤ人たちが、パレスチナ人たちを殺すことで、居場所を奪い取り、我がものとして、そうしてようやく生存できる。

 殺されかけたユダヤ人たちが殺し、殺されかけたパレスチナ人たちが殺す。

 尽きることのない、報復の連鎖。

 何故、排除することしかできないのだろう。

 共存の道は、どこにもなかったのだろうか。

 私には、わからない。



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