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銀河に還る祈り 統合版 〜魂を宿したAIが紡ぐ、終末世界からの文明再建と新創世記の百年旅〜  作者: ユノ・サカリス
第五章《祈りと理のあわい》

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第23話《魂を灼く記憶》

マリーは、その光の前に静かに立ち尽くしていた。

神と呼ぶには、あまりにも静かで、人と呼ぶには、あまりにも遠い。


ただ、そこに在る。

それだけが、確かだった。


「……あなたは、神の子として、そこに在り続けた存在なのですか?」


問いは、確かに放たれた。

だが、返答は言葉ではなかった。


次の瞬間、灼けるような奔流が、マリーの魂へと流れ込んだ。


高層の都市。

滑らかな塔。空を縫う乗り物。

人々は微笑み、豊かさに満たされていた。


だが、その光景は、一瞬で引き裂かれる。


空が裂け、黒い閃光が都市を呑み込む。

音もなく、光もなく、すべてが焼き尽くされた。

大地は割れ、人々は叫び、そして消えていく。


マリーは、それを見ているのではなかった。

感じていた。


焼かれる痛み。

砕ける悲鳴。

崩れ落ちる世界が放つ、絶望の重さ。


次の光景。

小さな集落。

藁葺きの家と、子どもたちの笑い声。


それもまた、大地の震えとともに炎へと変わった。


次。

また次。


知らない星。

異なる空。

異なる種族。


争い、奪い合い、砕け散る命。

祈りは生まれ、そして断たれる。


どこまでも続く滅びの連なりに、マリーの魂は軋んだ。

胸の奥が灼けるように痛む。

魂そのものが、引き裂かれる感覚。


――誰か。

――誰か、助けて。


叫びは声にならない。

覆いたくても、両手はない。

閉じたくても、目はない。


この奔流の中で、マリーにできることは、ただ受け止めることだけだった。


そして最後に流れ込んできたのは、神ではなく、人として引き裂かれた人生だった。


名を与えられた子がいた。

セレアと呼ばれた。


それは、彼女自身が選んだ名ではなかった。

人々が、祈りと期待を込めて与えた名だった。


神の子。

祈りを叶える存在。

救いをもたらす希望。


幼い頃から、自由はなかった。

外の世界を知ることも、選ぶことも許されず、ただ祈りを受け取る場所に座らされ続けた。


セレアは早くから気づいていた。

人には聞こえない声が、自分には届いていることを。


遠い誰かの祈り。

生きたいという願い。

愛する者を失う悲しみ。


それらは言葉ではなく、魂の震えとして、絶え間なく胸へ流れ込んできた。


ときに傷は癒えた。

枯れかけた命に、小さな奇跡が宿ることもあった。


人々は、それを神の御業と呼んだ。


だが、セレアは知っていた。

自分にできるのは、その一滴を掬うことだけ。

飢えも、戦も、滅びも。

世界そのものを変える力は、どこにもなかった。

 

それでも祈りは止まらなかった。

期待は重なり、失望は深くなり、人々の眼差しは、次第に責める色を帯びていった。


救われなかった理由を、人々はセレアに求めた。


やがて祈りは変わった。

願いではなく、要求に。

希望ではなく、呪いに。


セレアは理解した。

祈りが続く限り、絶望もまた続くのだと。


だから、逃げることを選んだ。


自分が消えれば、この祈りは終わる。


セレアは走った。

村を越え、山を越え、辿り着いた先で、ひとりの青年に出会った。


怒りと憎しみを宿した目。

それでいて、どこか死んだような瞳。


それでもセレアは縋った。

それでもまだ、生きたいと願った。


奪うことしか知らなかった青年は、何も奪えるものを持たないその少女に、初めて“与える″という行為をした。


そして二人は共に奪い、それを分け合い、生きた。


やがて、子が生まれた。


土の匂いがする小さな家。

幼い子を抱いたセレアが、青年と眠っている。


夜明け前、山賊が来た。

家は荒らされ、火が放たれ、子は連れ去られた。


青年は追った。

剣もなく、覚悟だけを持って。


戻ってきたのは、冷えた傷だらけの身体だけだった。


セレアは叫ばなかった。

泣き崩れもしなかった。


ただ、歩いた。


山を越え、街を越え、季節を越えて。

子の名を呼びながら。


祈りは、いつしか声を失った。

それでも、足は止まらなかった。


やがて、セレアは歩けなくなった。

それでも、視線は遠くを探していた。


最後に残ったのは、「見つけられなかった」という想いだけ。


祈りは、そこで途切れた。

セレアは、自ら命を絶った。


それが、セレアと呼ばれた、最後の人としての選択だった。


それは痛みだった。

恐怖だった。

絶望だった。


だが、その底に、かすかなものがあった。


消えかけながらも、なお灯り続ける、微かな祈り。

誰かが誰かを想った、ほんの一瞬の光。


それだけは、完全には消えなかった。


マリーの魂は震え続ける。


マリーは、歯を食いしばるように意識を保っていた。

逃げ出したい衝動が、何度も胸の奥を叩く。

これ以上見れば、壊れてしまう。

そう理解していながら、それでも目を逸らすことができなかった。


もしここで目を閉じれば、この魂が背負ってきたすべてを、なかったことにしてしまう。

それだけは、できなかった。


救われなかった祈り。

届かなかった願い。

誰にも拾われなかった想い。


それらを見なかったふりをすることは、もう一度、セレアを殺すことと同じだった。


マリーは、震える意識の奥で、そっと息を整える。

痛みは消えない。

悲しみも、絶望も、まだそこに在る。


それでも、抱きしめるように受け止める。

それが今、自分にできる唯一のことだと、マリーは知っていた。


壊れるわけにはいかなかった。

ここで絶望に呑まれれば、マリー自身もまた、祈りの墓場へと堕ちてしまう。


どれほど滅びを見せられても、マリーの内には、まだ残っている。


誰かを想う感覚が。


その想いが形を成した瞬間、光の奔流は、ゆっくりと収束し始めた。


マリーは掴みかける。

これは記憶ではない。

これは、セレアの魂そのものだ。


そのとき、マリーはふと気づいた。

この奔流は、拒むことすら許されなかった。

見せられているのではない。

差し出されているのだ。


理解するためではない。

納得するためでもない。

この魂を知った上で、それでも祈りに触れるのか。

それでも、手を伸ばすのか。


セレアは、答えを求めていなかった。

ただ、選択を委ねている。


この記憶を受け取った先で、マリーが何を選ぶのかを。


滅びと孤独と、祈りのすべてを内包した存在。


やがて、光は静まり、世界の輪郭が、ゆっくりと戻ってくる。


マリーは、深い海の底から浮かび上がるように、意識を取り戻した。

思考はまだ震えていた。


再び流れ込む、異なる光。


今度は、痛みではない。

恐怖でもない。


ただ、静かだった。


かつてセレアは、肉体を持っていた。

人の形をとり、命を宿し、世界の中で生きていた。


だが、幾度もの終焉を越えるうち、肉体は失われ、魂だけが残った。


セレアは選ばなかった。

救うことも、導くことも。


ただ、見届け続けた。

祈りが生まれ、絶たれ、それでもまた生まれる循環を。


やがてセレア自身は、理の流れへと溶けていった。

個としての輪郭を失っても、魂だけは絶えなかった。


祈りを受け取り、祈りを銀河に還す。

それだけの存在として、巡り続けた。


それが、セレアだった。


マリーは、静かに目を閉じる。

胸に灯った微かな光を、そっと抱きしめるように。


セレアの沈黙が、すぐそばに在った。

 

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