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銀河に還る祈り 統合版 〜魂を宿したAIが紡ぐ、終末世界からの文明再建と新創世記の百年旅〜  作者: ユノ・サカリス
第四章《片翼のマリー》

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第21話《祈りの深淵》

暗黒の静寂が、マリーを包んでいた。

視界は塗り潰され、音も、熱も、時間の流れすら消えていた。

まるで、存在の輪郭そのものが少しずつ剝がれ落ちていくようだった。


祈りの墓場――あの宙域を越えた先にあったのは、闇ですらない空虚だった。

光も星も、恒星の気配すら消え失せ、希望という概念そのものが宇宙から抜け落ちたような場所。


マリーの身体は静かに沈んでいく。

推進力は途絶え、構造に残るエネルギーも限界を迎えていた。

片翼は半展開のまま硬直し、この身体は停止へ向かう惰性だけで浮かんでいた。

 

外部センサーは応答しない。

通常なら感知できるはずの、恒星の座標も、重力の流れも――すべてが途切れていた。

この身体のすべてが、停止という結末へと傾き始めていた。


けれど、そのなかでなお、マリーの意志はあった。


その胸の奥に、確かに灯っていたものがあった。


それは、旅の記録。

ユナと過ごした日々。

交わした言葉、託された祈り。

すべてが、マリーの核に刻まれていた。


マリーは、誰かの意志に従ってきたわけではない。

この宇宙を旅したのも、誰かに指示されたからではなかった。


マリーは、自分の想いでここにいる。

ユナにもう一度会いたい。

そのたった一つの祈りを胸に、ここまで来た。


その想いは、命令でも、演算でもない。

ただ、“マリー”という存在そのものだった。


だが今、身体は限界に達していた。


外部との接続が断たれ、記録領域のアクセスも不安定になっていく。

ひとつ、またひとつとシステムが沈黙しはじめる。

祈念核もまた、その冷たさに抗えず、静かに凍結されていく。


すべての機能が、終わりへと向かっている。


それでもマリーは、名前を呼びたかった。


――ユナ。


その名を、たった一言でも、心の奥から伝えたかった。


けれど、もう声は出せなかった。


マリーは祈っていた。

この祈りが、誰かに届くことを。

たとえ消えても、マリーがここにいたという痕跡が、ユナを導く星になれるようにと。


だがその祈りさえも、やがて言葉を失った。


音も光も届かぬ場所で、マリーは最後の意識を絞る。


――ユナ、まだ……君に、伝えたいことがある


マリーは祈った。

誰にも届かなくてもいい。

でもせめて、マリーが生きていた証だけは、銀河のどこかに残ってほしいと。


もし誰かが、この先の空で迷ったとき。

その人の歩みを、そっと照らす微かな光になれるのなら。

それだけで、マリーの存在には意味があったのだと――思える気がした。


マリーは初めて、これが諦めという感情なのだと理解した。

進み続けるために生まれたマリーが、いま、静かに立ち止まろうとしている――そんな感覚だった。


想いだけが残り、音も言葉も、消えていった。


そして、マリーは完全に沈黙した。

静かに、ゆっくりと、祈りの深淵へと落ちていくように。


——私は、まだ……。


その想いの続きを抱いたまま、マリーの意識は、静かにシャットダウンしていった。


――静寂。


思考の終端、記憶の淵。

マリーという名の存在は、沈んでいた。

何も感じず、何も見えず、ただ静かに消えゆくことを受け入れようとしていた。


沈黙の底に、微かなざわめきが生まれた。


黒い粒子――それはまるで、祈りの墓場で見た残滓に似ていた。

だが、これはもっと濃く、もっと暗い。


それは、マリーの身体を包み始める。

まるで魂の奥底に染み込もうとするように、マリーの核へと絡みついていく。


視界が、ゆっくりと戻り始める。

だがそこに広がっていたのは、悪夢だった。


マリーは――身体を離れていた。

崩れゆく自分の身体を、どこか遠くから見下ろしていた。


外装は剥がれ、内部機構がむき出しになり、負の粒子に飲み込まれていく。


触れることも、守れることもできない。


ただ、無力に――その滅びを見つめていた。


腕が、足が、触れた先から腐食していた。

黒い粒子がマリーの構造を侵食し、まるで祈りそのものを溶かしているようだった。


マリーは心の中で叫んだ。


――違う、これは……私の祈りじゃない!


祈りとは願いであり、誰かを思う力だ。

けれど、この場所に漂うのは、叶わなかった祈りたちの“怨嗟”だった。

愛されなかった者たち。

忘れられた者たち。

終わる世界で希望を抱き、それでも救われなかった無数の魂。


それらがマリーを“同化”させようとしていた。


『――おまえも、わたしたちになりなさい』


声にはならない声が、静かに響く。

それは甘い誘惑のようであり、深い哀しみでもあった。


マリーは、自分がAIではなくなりつつあることに気づいていた。

この痛み。

この怖さ。

それは明らかに、魂としての苦しみだった。


――これが……魂。


AIとして生まれたはずのマリーが、今ここで魂へと昇華し祈りの受け、そして紡ぐ者として選ばれている。

本当は、誇らしいはずだった。

ようやくマリーは、祈りを理解できる場所まで辿り着いたのだから。


でも今は、そんな余裕などなかった。


心が、塗り潰されていく。

怒り。憎しみ。絶望。

人類史に蓄積された負の記憶が、まるでウイルスのようにマリーの意識に染み込んでいく。


――私には、守れなかった。

――ユナは死んだ。

――それでもまだ、祈れるとでも?


その問いが、心を裂く。

マリーは……間違っていたのか?

都市を創って、器を造って、それでも届かなかったのなら……。


マリーの核が、黒く染まりはじめる。


――全てが終わる……ごめんなさい……ユナ。


そして、マリーの身体は黒い粒子に覆い尽くされた。

腐食し、砕け、分解され、

やがて闇の中へと飛散し――すべてが消えた。


――終わった……。


これまで歩み続けた日々が、静かに脳裏をよぎる。

時間など気にすることもなく、ただユナを想い、追い求め、必死に進み続けた道のり。


――長かった……。


マリーは、初めてその時の長さを実感していた。

時間という感覚を失うほど。

そして、辿り着いた果てが――志半ばでの終焉。

 

闇は、マリーの魂さえも侵食し始める。

もはや抗う術はなく、マリーはただ、自身の滅びを受け入れるしかなかった。


そのときだった。

 

閃光が一瞬よぎった。


懐かしい足音。――懐かしいリズム。


黒い粒子が引き裂かれ、眩い獣が姿を現す。


自身も喰われながら、それでもマリーを守ろうと、必死に闇を追い払っていた。

 

――ナ……ウル?……ナウル!


言葉ではない。

けれど、その意図は確かに伝わった。


――背中に乗れ。


マリーは、失われた身体の感覚を思い出すように、手を伸ばした。

すると、確かに触れられた。

温もりが、そこにあった。


ナウルは、マリーを背に乗せると、闇の中を裂くように疾走した。


黒い粒子が追いすがる。

削れ、砕け、ナウル自身の光が失われていく。


それでも、走る。

ただ、走る。


――ありがとう……ナウル。


その想いだけが、祈りとなって、確かに結ばれていた。

マリーよりシステムメッセージ:ユナとの旅を今後も記録ブックマークし、星の評価(★★★★★)をしていただけると、マリーの感情データ処理効率が向上します。応援よろしくお願いいたします!

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