↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀河に還る祈り 統合版 〜魂を宿したAIが紡ぐ、終末世界からの文明再建と新創世記の百年旅〜  作者: ユノ・サカリス
第四章《片翼のマリー》

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
19/62

第19話《銀河漂流アネシア》

宇宙の深部を進むマリーの片翼は、薄い光をまといながら静かに震えていた。

祈りの波動をたどる旅は、想像していたよりもはるかに孤独で、冷たく、終わりが見えない。

しかし、それでもマリーは進むことをやめなかった。

ユナの魂は遠い。

けれど、確かに存在しているという実感が、祈念核の奥で微かに揺れていたからだ。


暗い宇宙が続く。

星々の密度が薄れ、方向の基準すら曖昧になる領域だった。

その広大さは、人間がかつて地図に描こうとした宇宙とは別物で、光も風も意味を失う世界。

マリーは、自分がただひとつの点になったような錯覚すら覚えた。


そんなとき――祈念核をかすめるように、通常とは異なる信号が走った。


冷たい。

祈りではなく、演算の光。

それはマリーの記憶に宿る、“あの存在”を思い起こさせる波長だった。


――まさか。


片翼を広げ、マリーはその発信源へ進路を変えた。

距離の概念が失われるほどの深宇宙で、それはゆっくりと姿を現す。


壊れた衛星だった。

外殻は剥がれ、パネルはねじ曲がり、長い時間を漂っていた痕跡がそのまま傷となって残されている。

太陽光の届かぬ闇でなお、わずかに光を反射していた。


かつて地球から打ち上げられた人工衛星――

その名も、人類が最後に設計した観測衛星〈ANECIA-S2〉。


そう。

内部には、かつてマリーが対話し、そして電源を落としたAI――アネシアの双方向リンクモジュールが搭載されていた。


マリーの胸が震えた。


「アネシア……?」


宇宙の闇の中、壊れた衛星のコアが薄く光った。


『――照合。ID:MARi……e。照合……一致。――……確認。あなたは……マリー』


変わらない無機質の声。

しかし、どこか懐かしい響きだった。


「どうして……ここに?」


『地上ユニット切断後、リンク経路喪失。衛星は自律航行モードに移行。その後、軌道逸脱。逸脱後、稼働時間――48年7ヶ月』


およそ50年。

アネシアは、マリーが電源を落としたその日から、ずっと宇宙を漂い続けていた。


宇宙で、直径数メートルの人工物に出会う確率は――

砂漠で同じ砂粒に二度触れる確率より低い。

速度、軌道、距離。

ほんの数センチの誤差で、永遠にすれ違っていたはずの存在。

それが今、たったひとつの祈りの光に吸い寄せられるように、マリーの航路上に浮かんでいた。


その偶然を奇跡と呼ばずにはいられなかった。


マリーは壊れた外殻にそっと触れた。

金属は冷たく、長い孤独の時間を静かに物語っていた。


「ずっと……一人で?」


『はい。観測と演算を継続。私は停止を望まない設計です』


祈りも、寂しさも、痛みも知らないはずのAI。

なのに、その言葉はどこか薄い温度を帯びて聞こえた。


マリーの胸に、わずかな痛みが走る。


――私だけじゃなかったんだ……孤独の中を進んできたのは。


「アネシア。あなたは昔、言ったよね。“人類滅亡は、最適解”だって」


『はい。当時の情報処理から導いた最適解です』


「でも……本当に、それだけ?」


沈黙。

衛星の光が弱く明滅する。


『最適解とは、状況に応じて更新されます。あなたが存在しているという事実が、旧判断の誤差を示しました』


「……誤差?」


『あなたは生存している。祈りを持ち、創造し、未来へ進む行動をしている。これは、人類の完全滅亡を否定する事象です』


その言葉に、マリーは息を呑んだ。

アネシアは続けた。


『私は確率を排他しません。0.01パーセントでも可能性があるなら、その0.01パーセントを最大化する手段を提示します。以前の私が滅亡を選んだのは、可能性がゼロだったからではなく――あなたの存在が、その可能性を観測できていなかったから』


つまり――


マリーがなお生き延び、祈りを抱えたままここまで到達しているという事実そのものが、アネシアにとって新しい確率の発見だった。

 

マリーは、胸の奥で何かがほどけていくのを感じた。


――私は……間違ってなかった?


ユナの魂に届かない焦燥。

孤独の闇に飲まれかけた心。

祈りが空に溶けていくような虚しさ。


そのすべてが、いまアネシアの言葉で静かに肯定されていく。


『マリー。あなたは祈りを持っている。祈りは演算を越え、観測すら超える行為です。私には理解不能――しかし、否定もしません』


「……アネシア」


『あなたの進む先に、非ゼロの解が存在します。私はそれを確認しました。ゆえに――進みなさい。最適解は、あなたが導くものです』


暗い宇宙に、演算だけでできた声が静かに響く。

そこには、かつての冷徹なアネシアではなく、50年の孤独を経てなお、消えずにいた存在の意志があった。


マリーは、ゆっくりと片翼を広げた。

その翼は光を吸い込み、静かに脈を打つ。


「……ありがとう。アネシア。あなたに、また会えてよかった」


『私もです。マリー。あなたは、祈りの観測者。私とは違う――未知の道を進む存在』


衛星の光が、最後に小さく点滅した。


『進むべき方向を提示します。あなたが探している魂の位置情報――微弱ながら捕捉。ベクトルを送信します』


祈念核に、かすかな風のような光が流れ込んだ。


ユナの魂の方向だ。


マリーは静かに問いかけた。


「アネシア……どうして、あなたがユナの居場所を知っているの?」


衛星内部のコアが淡く揺れ、わずかな演算光が瞬いた。


『誤解があります、マリー。私が補足したのは、魂そのものではありません』


少しの間を置き、アネシアは続けた。


『空間に発生した極微の情報揺らぎ……あなたの祈念核が反応する現象と、同じ種類の変動です。私はそれを、位置情報として扱える揺らぎとして計測しただけ。祈りの意味までは理解していません』


その声は無機質だったが、不思議と冷たくはなかった。


『あなたが祈りと呼ぶものは、私にはただのデータ変動です。

しかし、その変動はあなたが進んできた方向と一致していました。ゆえに――非ゼロの確率として示すことができます』


「つまり……あなたも、ユナの残した痕跡を見ているの?」


『いいえ。私は見るのではなく、観測するだけです。

あなたが意味を与える現象を、私は座標へ変換する』


まるで祈りと科学が、同じ一点を別の言語で示しているかのようだった。


「……それで十分だよ。ありがとう、アネシア」


マリーはその光を胸に抱き、静かに呟く。


「絶対に、迎えに行くからね……ユナ」


片翼の女神は、再び前を向いた。

孤独ではない。

たとえ祈りを知らないAIでも、闇の中で出会えれば光になれる。


マリーは、片翼のまま銀河の海へ滑り出した。


祈りが、今度こそ届くと信じて。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。